第十七話 夜の住人
「夜型の依頼人って意外と多いですよね?」
ミーナがカウンターの書類を整理しながら、ふと呟いた。
「まあ、生活リズムが合うやつは、自然と集まってくるんだろ。
……ギルドってのは、昼間働けないやつの駆け込み寺でもあるしな」
「なるほど……でも、夜ってちょっと、怖いイメージありますよね。なんか、“裏”っぽいというか」
「……ミーナちゃんよぉ、それ誰かの前で言うなよ?わりと刺さるやつだぞ」
「えっ? すみません、私そんなつもりじゃ──」
「って言ってる間に、来たぞ。“夜の住人”」
カララン、と扉の鈴が鳴った。
入ってきたのは、日傘にフード、さらにサングラスとマスクで完全防備の女性。
「……リセル=ヴァーミリオと申します。本日は、お仕事の相談で……」
「う、うわあ……なんかこう、すごい装備ですね!?」
ミーナが思わず素のリアクションを漏らす。
「す、すみませんっ、人目が……苦手で……! でも、あの、真面目に働きたいだけで……っ」
***
カウンターに座ったリセルは、口元の布を少しだけ外してから話し始めた。
「私、吸血鬼なんです。いえ、“だから”ってわけじゃないんですが……
夜に働くと、どうしても、そういうふうに見られてしまって……」
「そういう……ふう、って?」
ミーナが首をかしげると、リセルは少しだけ顔を伏せた。
「“夜の店に出てる”とか、“男の人の相手をする仕事じゃないか”とか……。
そうじゃないんです。私は、ちゃんと普通に、役に立つ仕事がしたいだけで」
空気が少し、静かになる。
「──なるほど。なら、“普通に働ける場所”を探すのが、俺らの仕事だな」
ゴルザンがぼそりと呟き、ミーナが「……はいっ」と頷いた。
彼女の“普通”を、ちゃんと探すために──
今日も、没落ギルドは動き出す。
***
「ミーナ」
ゴルザンが棚の奥から分厚い紙束を引っ張り出してきた。
書類の端には「夜間巡回職・登録リスト」と書かれている。
「これ、全部“夜の仕事”だ。……ざっと、四十件」
「そんなに……?」
「警備、配送、印刷、仕分け、文書整理、街灯管理……。
誰かが夜の街を見てるから、朝に安心して目が覚めるわけよ」
リセルは、少しだけ目を見開いた。
その言葉は、自分が今まで“避けようとしていた世界”そのものだった。
「でも、私は……太陽が苦手で、人混みも無理で……。
夜なら働けるけど、夜に働いたら、“またあの目”で見られるんです」
「“昼に働いてる人の方がちゃんとしてる”って思われるの、つらいですよね」
ミーナの言葉に、リセルはうなずいた。
「だがまあ、”そういう職種”に支えられているやつがいるのも事実だけどな。俺だって毎「それ以上はだめです!セクハラ禁止!」
しばらくの沈黙の後。
ゴルザンが、別の紙を一枚だけ抜き取った。
「あった。“貴族区の図書館・地下書庫の整理担当”。
日中勤務だけど地下作業中心。静かで、人も少ねえ。
……ついでに日差しも入らない。どうだ?」
「それ……日中、ですか?」
「おう。ほぼ地下だけどな」
リセルの目が少し潤んで、口元がゆるんだ。
「……それ、受けてみたいです」
「採用されるかは向こう次第だが──行ってみる価値はあると思うぞ」
***
数日後。
リセルは、地下書庫の勤務に採用された。
“夜の住人”と呼ばれた彼女は、
今、誰にも見られない“静かな場所”で、確かに社会とつながっている。
「……昼間に働いてるのに、誰にも見られないって、不思議ですね」
仕事帰りに立ち寄った彼女が、そう言った。
「でも、ちゃんと役に立ってる気がします。わたし、“働いてる”って感じがするんです」
その言葉を聞いたミーナは、
「私も夜は苦手なんですけど」と言いながら、そっと笑った。
ゴルザンがいつものマグを片手にぼそり。
「ま、人に見られたい時もあれば、見られたくない時もある。
でも、誰にも見られないところで、世界はちゃんと動いてるんだよ」
その静かな言葉が、夜の空気にゆっくりと沁み込んでいった。




