第十八話 常に全速力
「さあミーナ、今日も元気に──朝の体操!」
ゴルザンが唐突に立ち上がって、謎のポーズを決める。
「えっ、そんな習慣ありましたっけ……?」
「上、上、下、下、左、右、左、右、BA!」
「だからBAって何なんですか!」
「わかる人にはわかる」
「説明放棄、やめてください!!」
ミーナが半分呆れた声を上げたその瞬間、
ギルドの扉が──
バァンッ!
「おはようございます!!! 求人、まだありますか!!?」
風とともに飛び込んできたのは、汗だくの青年だった。
「……今日の依頼人か?」
「え、え、早くないですか!? 時空歪んでます!?」
***
「名前は、カイン=ガロットです!!」
既に椅子に座っても、息は上がったまま。
「はい、よろしくお願いします。ご出身は──」
「南の港町、コルド! 走ってきました!!」
「……えっ、えぇ!?」
「得意なのは、早口読み上げと、高速移動です!!
あと、“多少のミスなら巻き返せる”って、よく言われます!!」
「褒めてるんでしょうか、それ……?」
カインはとにかく、速かった。
話すのも、動くのも、記入も、リアクションも。
でも──
「えーと……これ、希望職種“農業”ってなってますが……?」
「はいっ! 一昨日までは“配送”で、その前は“飲食”でした! 全部、全力でやってます!」
「……えっと、続いてる仕事は?」
「ありません!! ぜんぶ、やりきって終わりました!!」
後ろで聞いていたゴルザンが、ため息交じりに呟いた。
「……やべぇやつ来たな。頑張ってんのに、空回るタイプだ」
***
「頑張ってるのに、どうしても失敗しちゃって。
でも、止まると……なんか、ダメな気がして。だから、とにかく走ってて……」
カインの声は、思ったより静かだった。
「なあ、カイン」
ゴルザンが珍しく、真正面から名前を呼んだ。
「お前、“速くてすごい”って思われたいわけじゃないよな。
“頑張ってること”を、ちゃんと認めてほしいだけだろ」
「……」
「でもな。速さは、使い方を間違えるとただの“事故”になる。
お前は方向転換が下手なんだよ。スピードだけあっても、カーブで曲がれなきゃ壁に突っ込む」
「……でも、止まるの怖いっす」
「止まらなくていい。止まらなくていいから、“直線の仕事”をすりゃいい」
***
数日後。
カインは、緊急伝達専門の“走り屋”として登録された。
ギルドで扱う依頼の中には、
「ここの書類を三軒先の部署に即時届けてくれ」
「搬入ミスを急ぎ別支部に伝えてほしい」といった**“人力伝令系”の仕事**もある。
しかも、ギルド内では短距離伝達・急送依頼が絶えない。
「彼、速いけどミスしないよな」
「間違っても自分で気づいて戻ってくるから助かる」
──それは、ゴルザンの言った“直線の仕事”だった。
「仕事って、止まらなくてもいいんですね……」
報告に来たカインが、ちょっとだけ照れたように言った。
「俺、向いてるって、初めて言われました」
「全速力も、“ちゃんと向いた方向に”走れば、武器だ」
ゴルザンのその言葉に、ミーナもにこりと笑った。
「……でも、せめてドアは静かに開けてくださいね? 毎回すごい音しますから!」
「はーい!! 次からは“静かに全速力”で頑張ります!!」
「……なんか矛盾してません!?」
ギルドの扉は、また全力で開かれた。
でもそこにいたのは、
“ただ走るしかなかった”男ではなく、
“走る先を見つけた”ひとりの仕事人だった。




