第十六話 重箱の四隅まで
「さあミーナ、朝の体操やるぞ!」
ゴルザンが突然立ち上がって、謎テンションで指をくるくるさせながら構える。
「……朝の体操なんて、いつもやってませんよね?」
「上、上、下、下、左、右、左、右、BA!」
「……BAって何ですか?」
「わかる人にはわかる」
「絶対にわかってほしい人への説明放棄やめてください!」
そんなくだらないやり取りをしていたその時。
カララン、と鈴の音が鳴る。
「失礼します……えっと、すみません、今日はこっちの相談で来ました」
扉の奥には、やや緊張した様子の青年と、その隣にやけにフレンドリーな男が立っていた。
「なんか、うちの職場でうまくいかなくて。こいつ……っていうか彼が、まあ……ちょっと、細かすぎるというか」
「細かいのは悪いことじゃないですよ!」
青年がすぐに言い返す。「たとえばこの前だって、承認印のズレが3ピクセルもあったんです」
「いや、誰もそこ見てないから……!」
ミーナは苦笑いを浮かべながら、ゴルザンに視線を送る。
ゴルザンはマグをくるりと回して、ぼそっと呟いた。
「これは……重箱の四隅に恋しちゃったやつだな……」
***
話を聞けば、青年の名前はノル=ビアルク。
システム構築プロジェクトに携わっていたが、設計もPMもできず、
会議中に毎回「その言い回し、ユーザーに伝わりにくくないですか?」と空気を止めるタイプ。
「でも、ミスを事前に潰せるのはすごく助かるっていう声もあるんです。
ただ、誰も褒めてくれないから、本人もどこにいたらいいのかわからなくなってて……」
ミーナが真剣に話を聞いている横で、ゴルザンがカウンターからひとつ書類を取り出す。
「ちょうど出てたわ。マニュアル作成+システムテスト補佐の依頼。
“絶対にユーザーがやらない操作”をやってバグ出せる人、だとさ」
「それ、ぼく得意です! 説明読まずにエンター連打するユーザー想定とか、日常です!」
その熱意に、ミーナが思わず吹き出した。
「それ、すごく大事なスキルです!」
***
数日後。
ノルはデバッグ要員として即採用され、
彼が作った手順書は、「想定外がひとつも残らない」と関係者の間で話題になった。
ゴルザンがその報告を見ながら、ぼそっと言う。
「重箱の四隅って、見方を変えれば“支え”になるんだよな」
「……それって、深いようでふざけてません?」
「ふざけてるようで深ぇんだよ。……まあ、どっちでもいいけどな」




