第十五話 なぜここにこの人が?
「……あの、ゴルザンさん。なんですかこの通達」
朝のカウンター。ミーナが神妙な顔で紙を広げた。
「ん、どれどれ……あー、本部からの巡回視察か。年に一回くらいあるやつだな」
「え、そんな重大イベントみたいに軽く言わないでくださいよ!?
書類の山!床のホコリ!戸棚の奥から先代ギルマスの記録出てきたままですよ!?」
「まあいいじゃん。“歴史”ってことで」
「そういう問題じゃないですーっ!!」
ミーナがバタバタと帳簿をかき集める横で、ゴルザンはマグを片手に大きく伸びをする。
「……で、誰が来るのか名前は出てんのか?」
「えーっと、巡回指導係・カレン=ノルディア、って……」
ゴルザンの動きが、ぴたりと止まった。
「……あー……なるほど……」
「えっ? ゴルザンさん、知ってる人ですか?」
「まあな。昔、本部にいた頃、ちょっとだけ関わりあってな……」
「……ゴルザンさんが本部に!? えっ、ってことは――」
「おう、俺にも一応“本社勤務時代”ってやつがあってだな……」
カウンターに並ぶ二人。
片や蒼白、片や気まずさ全開。
その時。
カララン――鈴の音が鳴った。
「失礼します。第二十一等級ギルド・ラストリーフ支部、巡回に参りました。
本部指導担当、カレン=ノルディアです」
扉の奥に立っていたのは、すらりとした姿に整った制服を着こなす、凛とした雰囲気の女性。
落ち着いた目元と的確な所作が、“できる人間”のオーラをまとっていた。
「──えっ……あの本部のカレンさん!? なんでこんなところに……!」
思わず声を上げたミーナに、カレンが目を細める。
「……あら、見覚えのある顔ね。確か新人研修のときに……」
「は、はいっ! お世話になりましたっ!!」
バタバタと立ち上がり、深々と頭を下げるミーナ。
その姿を見て、ゴルザンがぼそりと呟く。
「……この支部、なんでこんなに体育会系になるんだよ」
「ぜんぶ、ゴルザンさんのせいですよっ!!」
いつもの、でもちょっとだけ引き締まったラストリーフ支部に、
“外からの視線”が静かに入ってきた――。
「書類管理、思ったより整っていますね。報告と実績の紐づけもできている」
カレンが帳簿をめくりながら、淡々と評価を口にした。
ミーナはというと、その隣でずっと背筋ピーン状態で緊張していた。
「……も、もう少しで申請用のテンプレも改良予定でして! はい! Excelではなく……いやでも、現場からは──」
「落ち着いて。緊張しすぎよ、新人ちゃん」
「うっ、すみません……!」
「……ふふ。昔と変わらないわね、あの頃の……」
ふとした独り言のようなつぶやき。
その言葉に、ゴルザンが眉をぴくりと動かす。
「──ま、元が酷かったぶん、今が“少しマシ”に見えるだけだろ?」
「謙遜は変わらないのね、ゴルザンさん。
でも、ここが崩れてたら、誰も残らなかったでしょう?」
「……あん?」
「人が辞めない職場って、今は本部でも褒められるのよ」
一拍、空気が止まった。
ゴルザンがなにも言わず、ミーナもその言葉の意味を咀嚼するように黙る。
そのあと。
カレンはふと、ミーナに視線を向けた。
「あなた、ミーナさんだったわね。……覚えてるわよ。新人研修、誰よりも真面目だった」
「えっ、えええっ!? そ、そんな……!」
「でも、少し雰囲気が変わったわね。肩の力が抜けてる。
誰かに怒られながら鍛えられた、って感じ?」
ミーナはぱっとゴルザンを見た。
「……まさか、わたしって“怒られキャラ”ですか!?」
「怒ってねえよ。“指導”だよ。あと何回同じ話させる気だ」
カレンがくすっと笑う。
「……じゃあ、“今のあなた”には、今の上司がちょうどいいってことね」
そう言って、最後に一枚だけ紙を置いた。
「これ、報告資料。帰ったら上に通しておくけど……あなたたちのことは、ちゃんと伝えるわ」
「“あなたたち”?」
「そうよ。あなたと──彼のこともね」
そう言ってカレンは、去り際、ちらりとだけゴルザンを振り返った。
けれど言葉はなく、ただ少しだけ、優しいまなざしを残して扉をくぐった。
***
視察が終わった事務所で、ミーナがカウンターに寄りかかる。
「……なんで、カレンさんみたいなすごい人が、ここに来たんでしょう?」
ゴルザンは、いつものマグにお茶を注ぎながらぼそっと言った。
「……今の俺がどんな顔してるか、見たかったんじゃねえか?」
「え?」
「昔の俺はなあ、“なんでも抱え込んで燃え尽きるタイプ”だったんだよ。
完璧でいようとして、空回って、勝手に壊れて……。
でも今は違う。だらしねえけど、“一緒にやってくれる相棒”がいる」
ミーナは少し照れくさそうに笑った。
「……なにそれ、ゴルザンさんが言うと照れますね」
「おう、恥ずかしいから言い直さねえぞ」
茶がすっかりぬるくなったマグを持ち上げて、ゴルザンは言う。
「まあ──このボロギルドも、悪くねえ。
“なぜここにこの人が?”って思われる場所でも、俺はちゃんと生きてるよ」




