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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
第6章 冒険者の条件

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a011――死霊都市

 余の名はディレイ・ル・フィン。

 かつて、人の王になろうとした者だ。


 生まれた時から王になる運命なのだと、母を始めとした身近な者に言い聞かされて育ってきたが、それを無邪気に信じられたのは物心がつく前の幼年期だけだった。


 周りの声に耳を傾ければ、余が王位継承争いで劣勢であるのは明らかだった。

 側室の子であるが長子で武に優れ人脈の豊富な兄フェードと、母が正室であるだけのこれといった取り柄のない次子の自分。

 母曰く、余が王となるのはエンバーク王との約束なのだから、どっしり構えて、みっともなく慌てるなと、努力することすら封印された鬱屈とした子供時代だった。

 そのくせ母は、王の周辺に謀略を張り巡らせて、これ以上対抗者を増やさないように腐心しつづけて、その執拗さはむしろ父の寵愛を自ら損なわせて、余が王となることを遠ざけているようにも感じたものだ。


 そんな母の元に誠の忠臣が集うはずもなく、余の周囲には底の浅い軽薄な者ばかり侍り、真の味方はハーフエルスの奴隷リメンダだけであった。

 父が末子で弟のエンダーの身の上を案じて奴隷商人から譲り受けたハーフエルスの大魔導師モジュローを家庭教師に迎え入れた事が気に入らない母が大量の銀貨と引き換えに買い取った……モジュローの試作体、姉とのことだ。

 最初は母の勝手な見栄で人ならざる者を押し付けられたことを不快に感じたが、彼女は主人に口煩く指図する弟とは違い、控えめでおとなしい性質で、余が出向く時は常に後を付き従う健気な忠犬のように愛らしい存在だった。

 これは今でも自信を持って言える事だが、余の身の上を誠に案じてくれたのはリメンダだけである。

 彼女を余の元に送り届けた、この点に関してのみは、母に対して心から感謝をしている。


 そして月日は流れ……王位継承争いに弟エンダーの名が浮かび上がるようになる。


 余はこの弟が大嫌いだった。


 弱々しい見た目も、無口で嫌味なほど自己主張をしない性格も、役に立たない書物や魔術に時間を忘れて夢中になる所も、それでいてやたらと異性の目を惹きつけるのも、全てが気に入らなかった。

 しかも、奴は世界の平和を祈り瞑想する洞窟の賢者に憧れていると言う噂を聞いて心底呆れ果てた。

 そんな脆弱な精神の持ち主が武力を持って敵を制する人間世界の王族であってはならぬと、不快に思ったものだ。

 余は弟を軽蔑し、相手にするまでもないと、徹底的に無視していた。


 しかし、母の嫌がらせはこの軟弱な弟にまで及んだ。

 弟は一度足を踏み入れたら脱出できないと言われる叡智の迷宮のクエストへと追いやられた。

 まだ若い身空で、形見である黒の魔剣だけを持って死出の旅に向かったのだ。

 余も含めて誰もが帰ってくることはないと確信していた。


 だが、母の思惑に反して弟はクエストをクリアし、結果、余はさらなる窮地に追いやられる。


 長子でもなく、父の寵愛もなく、マギアの証もなく、余の王位継承権は母の(よこしま)な努力でますます色褪せることになった。

 余の強みは古い盟約と正室の子であることのみで、宮廷では母の悋気を恐れて近寄るものもいない。

 こんな状況では勝つのは無理だ、と余は将来を儚んだ。

 しかし、余は母の……あの女の往生際の悪さを見誤っていた。


 次王が兄に決まった時、母はオズリックという奸臣を味方に引き込み、死霊術を継承するよう余に詰め寄ってきた。

 最早、盟約は双方から破棄されたも同然で継承にも簒奪にも大義名分など無い。


 思うに、父は王にしては情が深すぎて、母は……最初から狂っていたのだろう。


 ――そして、余はこの二人の子として生を受けたこと自体が不幸であった。

 この時ほどそれを強く感じたことはなかった。


 血を分けた家族が殺し合うことは、はじめから不可避の宿命であったのだ。



 呪術だろうが禁忌だろうが、強い力で向かう敵全てをねじ伏せれば人間世界の覇者になれる……オズリックはそのように唆し、余は持てる力を奮い、ただ蹂躙した。


 しかし……


「あのなぁ……何で、わざわざ自分から逃げ出したような奴を追い込むようなことをしたんだ?」


 半ば廃墟となったフィン王国の王城の玉座の間。

 余は突然動かなくなった身体を横たえ、弟の姿をした“何か”を見ている。


「俺はこの国のことなんてどうでもいいというのに、しつこく殺しに来るから、ここまで来ることになったんだぞ?分かってるのか?!」


 “何か”は、よく回る口でひたすら喋っている。


 ……違う……弟と同じなのは、見た目だけだ……。

 あのエンダーは、こんな……こんな恐ろしいモノではない……。

 なぜもっと早く気付けなかったのか……弟は訳のわからない“何か”に身体を乗っ取られたと。


「お……お……お前は……誰だ……?」

 それだけ言うのが精一杯だった。

 その問いが“何か”の心に波紋を投げかけたのを感じたが、答えは返ってこなかった。


「生贄を照覧あれ!」


 余はリメンダと共に奈落に突き落とされた。



 気がつくと辺りは何もない荒野であった。

 そのまま呆然と佇んでいても、時間の経過が感じられない、永遠の黄昏の世界だった。

 ここが死後の世界というものだろうか?

 何もない世界だが、不思議と気持ちが落ち着く……ふと、過去の記憶が蘇る。


 領地の視察に行った帰りに側周りとはぐれて、リメンダと二人で打ち捨てられた都市を彷徨った事がある。

 誰もいない廃墟群はとても美しく、余にとっての原体験であった。

 あてもなく歩くうちに、あの無人の都市が物事のあるべき姿の一つであると強く印象付けられたのだ。


「でぃー、しゃ……様、向こうに何かが動く気配を感じます……」

 リメンダは地平線の彼方を指差すと、微かに都市の影が揺らめいていた。



 辿り着くとそこは人の気配のない都市だった。

 動く者たちは皆――屍人たちであった。

 彼らはただ黙って労働し、都市に奉仕していた。


 ――美しい都市。

 雑音も喧騒もなく、ただ静寂と秩序のみで構成された、完璧な都市だ。

 リメンダは不安なのか、ずっと余の手を両手で握りしめているが、余は立ち尽くしたまま、見惚れていた。


 その後、しばらく散策していると、青白い顔の屍人の一団が現れ、余の元に跪いた。

「ようこそ、おいで下さいました、ディレイ・ル・フィン様」

「何者だ?」

「いと尊き御方の使いで参りました。王城へお招きするようにと」

「ほう……そうか。では、案内を頼む」

「はい、ではこちらへ……」

 余とリメンダは使いの先導に従って都市の中央にある一際大きく洗練された建造物へと案内された。



 余は王城の謁見室に案内され、その玉座に腰掛ける者を見た瞬間、身体が勝手に跪いた。

 目の前にいる者は、余をここに叩き落とした、あの“何か”と同じ……いや、その何倍も恐ろしい存在だと一瞬で理解したのだ。

 片目の男は無表情で語りかけた。

「ご苦労だった。ディレイ・ル・フィン」

 リメンダは余の隣で平伏しながら震えている。

「私の名はパレス・ビブリオン。叡智の管理者だ。君に頼みたいことがあってここに来てもらった」

 余は恐る恐る問いかけた。

「……この身は、裁かれるのでは無いのですか?」

「何故、そう思った?」

「ここは……罪人が落とされる、地獄(タルタロス)ではないのですか?」

「いかにも。ここは煉獄(タルタロス)である。君の魂が罪の重さに耐えかねて救済――悪しき(カルマ)をその身ごと燃やすこと――を望むのなら、そうしても良いが……見た所、その必要はないように思えるが?」

 どうやら、余は死後の世界のことを何も知らなかったようだ。

「君をここに呼んだのはこの都市の管理を任せたいのだ」

「えっ……そ、それは如何なる理由でしょうか……?このような美しく素晴らしい都市の統治を担えるのなら大変光栄なのですが……この敗残の王に務まるのでしょうか?」

「理由?……理由か……そうだな、君を見込んで……と言った所だ。前任者はこの死霊しかいない秩序に満ちた環境が性に合わなかったようでな」

 そこが素晴らしいのに……余は思わず呟いた。

「ふむ……やはり、君には適正があるようだ。では任されてくれるかな?」

「ははっ!全身全霊を持ってお引き受けします!」

「はわわ……お、お引き受けしま、しゅ……」



 余に任された都市の管理は、屍人を使った維持修復の他に、巨大な工房――工場というらしい――で、転送されてきた大量の部品を指示書の通りに屍人たちに組み立てさせて、別のどこかに転送するという業務も含まれていた。


 これは何のアイテムなのかと、現場監督の不死者に尋ねると「中間素材です」と返答された。

 ここで作られた中間素材は別の世界の工場で他の素材と合成して完成品となるらしい。

 完成品はダンジョンで魔物を討伐した際のドロップ品として使われるようだ。


 また、隣の工場では、キノコや青菜等の作物を自動で栽培していて、これらも、別の工場で食物に加工し、列強諸国の印を付けられてシステムを通じて流通するらしい。

 なんとも面妖な話だ。


 こうした工場が同じものを大量に生産する様はとても整然としていて、何時眺めていても飽きなかった。



「うむ。きちんと管理してくれているようだな、これなら何とかなりそうだ。ご苦労」

 パレス・ビブリオン――不死者たちが“お館様”と呼ぶ御方は、定期的に現れては進捗を確認をしている。

 どうやら、余の統治は概ね及第点はとれているようだ。


「所で、君の従者は……どうも合成の調和が崩れかけているな……私なら、修復出来るが、どうする?私も忙しい身なので、ここには頻繁に来れるとは限らないのでな、今、処置を施そうか?」

 確かに、ここに来る数年前より、リメンダの具合は思わしくない。

 視力を失い、人の姿勢を保つのも苦労していて、心苦しく思うことは多かった。

 彼女を買い取ったときより、奴隷商にはいつか神獣に魂を呑まれる運命であると、忠告を受けていた。

 もっとも、彼女は余にとって掛替えの無い存在。

 何があろうと手放すつもりはない。

「でぃーサま……私の修復出来るのなら……お願いしまス……」

 余はお館様に修復を願った。


 小一時間、横たわったリメンダにお館様が手をかざすと、彼女の体が発光し、その表情は次第に柔らかくなっていった。


「これで、大丈夫だ。魂の損失分はこれからの生活で補えるだろう」

 修復を終えた彼女はゆっくりと身を起こし、長く閉ざされたままだった目を開いた。

「はわ……でぃーサま……お顔が……見えまス……嬉しゅうごザいまス……!」

 その大きな水色の瞳は涙で潤み、余の顔を眩い笑顔で見つめている。


 ――かわいい。


 ……今まで、心の中でぼんやりと考えていたが、言葉にしてなかったことが溢れ出てきた。

 余のリメンダは世界で一番可愛い。誠に可愛い。

 それだけでなく控えめで大人しく優しい性格で、物知りで頭もいいが、ひけらかすようなことはせず、それでいて戦いの場では勇敢に敵に立ち向かう、そんな奇跡のような完璧な存在かと思いきや、普段は不器用な恥ずかしがり屋で舌ったらずな辿々しい口調すらも愛おしい。

 とにかく、ひたすら可愛いのだ。


「はわわ……そんなに見つめられたら……恥ずかしい……でしゅ……」

 ……真っ赤になって俯く仕草もかわいい。

「リメンダ……」

「は、はい!」

「これからも余の隣にいてくれるか?」

「!――は、はいー!!未来永劫お供いたしましゅ!!」

 お館様は満足げに何度も頷いた。

「では、引き続き都市の管理を頼む」

「はは!有難うございます!」「ございましゅ!」

 余はお館様への一層の忠誠を誓った。



 都市の運営にも慣れて安寧の日々が訪れると、ふと、弟のことが気になった。

 身体を乗っ取られた弟の魂はどこにいったのか?

 その疑問をお館様に尋ねると、御方から“たぶれっと”なる銀の板を授かった。

 このアイテムから、弟の現在の状況が見えるとのことだ。


 弟の魂は背の高い目つきの悪い男の身体に収まっていた。

 此処とは全く別の世界の巨大な都市にいて、高い城の一室に幽閉されている。

 どうやら、その世界では疫病が蔓延していて、外出もままならず、生活は不自由なようだ。

 現在、彼は長い黒髪の背の高い女の虜となっているようで、下僕のように傅いていた。

 おそらくアレは魔女の類で魅了の魔術を使って使役しているのだろう。

 かつては評判の美男子で将来有望な王族として多くの縁談が舞い込んでいたのが、今や魔女の下僕で、側仕えといえば妙な髪の色の少女が一人いるだけの侘しい生活を過ごしているようだ。

 一日中、本を読んだり、アイテムを操作しておかしな文字を並べ立てたり、“たぶれっと”の中の“たんとーのたなかさん”なる人間に頭を下げながら何かを懇願していたりと、哀れなものだ。

 特に傑作だったのは、厠の掃除をする約束を忘れた件で魔女と言い争いになったが、結局押し切られて、不満タラタラで掃除をしている様を見た時は、笑いすぎて死にそうになった。

 王族が御不浄の掃除をするまで落ちぶれるとは!いやはや、無様にもほどがある。

 いけ好かない弟ではあったが、アレに笑いの才能があったとは、思いもよらないものだ。


 後日、お館様に弟の近況を見た感想を尋ねられ、余は『滑稽で哀れと思う』と、率直な意見を述べた。

「しかるに……一つの真理に到達しました」

「ほう……それは何かね?」

「下僕であるべきものが王の継承権を持ち、屍人の王が人間の王になるよう強要される、その不幸の度合いは等しい……そう感じました」

 そう、余は不幸だった。

 そして、余が持つべきと思ったモノを全て持っている弟を妬ましく思っていたが、彼自身も王の器で無いにも関わらず、いたずらに王位継承権だけを持っていたのは、合わない役割を押し付けられた点で、余と同じく不幸であったのだと、やっと思い至ったのだ。


 余がそう述べると、お館様は満足そうに頷いた。

「適応した環境に属する事で客観的に顧みる余裕ができたのだな……所で、此処の運営がうまくいっている褒美を与えようと思うが、何か希望はあるかね?」

 お館様にそう言われて、はたと、困ってしまった。

 余は美しい都市を統べる屍人の王として何不自由ない生活をしている。

 傍らには愛らしいリメンダがいつも付き従っている。

 弟の惨めな暮らしとは比べものにならない王族の生活に不満など……いや……

「……一つだけございます」



 弟の暮らしぶりに羨むことなど殆どないが、唯一、あの“げーむ”なるものは別だった。


 “げーむ”なる画面の中では、耳長の剣士が飛んだり跳ねたり、四角い人間が四角い世界を冒険して城を建てたり、マジックアイテムで敵を攻撃して最後の一人になるまで戦ったりと、様々なことが起きていた。

 初めの内は、延々と変化する画面に向かって何かを操作して何が楽しいのかと馬鹿にしていた。

 しかし、見ていて、その“げーむ”の道理が理解できるようになると、弟の振る舞いが次第にもどかしくなる。


「ええい!そこはさっきも調べただろう!ああ、違う!その道は違う!!」

「だから、そのアイテムを作るには一つにつき鉄五個と木材が八個必要なのだ!貴様は算術も出来ないのか!」

「ほら、後ろに敵がいるぞ!早く隠れろ!ああああ何黙って撃たれているのだ!」


 そう、この美しい都市に“げーむ”なる物だけは存在しなかったのだ。


 そして、今、余の目の前には数々の“げーむ”がある。

 もっとも大きい物は、黒い金属と透明な板で構成された箱で、内部は七色に輝いている。

 弟の“げーむましん”より高性能であるらしい。


 余は今、画面の中で馬よりも早く走る小さな車を操縦して他の参加者と勝負を競っている。

 傍らにはリメンダが体を揺らして眺めている。

 今では週末の安息日に夜通し“げーむ”をするのがすっかり楽しみとなった。


 こうして、余は、やりがいのある仕事と愛するものとの安寧の日々を過ごすうちに、“たぶれっと”の中で、不自由な生活を過ごしている弟が幸せそうな顔をするのを、少しづつ許せるようになっていったのだ。


 余の名はディレイ・ル・フィン。

 今は、地獄(タルタロス)死霊都市(ネクロポリス)を統治する屍人の王である。


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