a010――カレイドスコープ(3)
――王都のダンジョンは活気に溢れていた。
このダンジョンが一部の者たちに独占されていた弊害は非常に大きく、十分にレベリング出来なかったせいで、無理な探索をして命を落とした冒険者は少なくない。
だが、障害は取り除かれ、ダンジョンから流れる富と経験値は、ギルドの新しい支援制度と合わせて、多くの貧しい者の生活を支え潤すことだろう。
冒険者の生活が安定すれば、彼らの子供たちもハンディキャップを背負うことなくより良い未来への選択肢を手にすることができる……このことは、メシアという存在を後押ししてくれると、私は期待する。
メシア出現のプロセスは複雑で、全知を持ってしても完全に解明は出来てはいない。
それに関わるパラメータが膨大で確率に支配されている因子がある上に、厄介なことに未確認の上位存在が関係している可能性が非常に高い。
進捗は順調に進んでいるが、その道のりは果てしなく遠く険しい。
・・――◆◇◆――・・
王都のダンジョン内では冒険者たちが、新種の魔物四体を全て仕留めようと果敢に挑戦していた。
剣を持った大猿のような魔物は“収集家”と呼ばれ多くの眷属を従えている。
縄張り意識が強く攻撃力は高いが、知能は低く御し易い上にレア度の高い武器をドロップするので探索者たちはこぞって狩りの対象にしている。
金色の鳥型の魔物は“極楽鳥”と呼ばれ、多彩な攻撃魔法で探索者を苦しめる強敵だが、彼女は見事な輝く尾羽を持っていて、市場では高値で取引されている。
貴婦人たちはそれを競うように買い求め、ドレスや髪のアクセサリー素材に使われ、その絢爛な美は肖像画や詩で永遠に讃えられるだろう。
水の階層に潜む魚人の魔物は臆病で滅多に人前に姿を現さず、発見してもすぐ水底に逃げ出してしまう。
しかし、幸運にも討伐できた者には大量の銀貨が手に入るとの噂が広まり、彼女は“賭博師”と呼ばれ、運試しに挑戦する冒険者から常に追い求められる対象となった。
そして、最下層近くに出没する新種は頭部を無数の触手に覆われ、それに触れた者の経験値を吸い取る忌まわしい魔物だ。
討伐するのは困難でレベルダウンの危険が伴い、遭遇すること自体がハイリスクで有ったが、倒すと大量の経験値が入手出来ると発覚してからは、高レベル冒険者たちによって、安全に狩るための研究と対策が練りに練られ、それらは口伝えで広まっていった。
彼の討伐に成功した冒険者は王都のダンジョンを攻略したとみなされ、その存在は冒険者が一人前になるための通過儀礼となった。
後に彼は“地底の王”、“レベリング先生”、“卒業試験官”、などと呼ばれるようになる。
姿は変わったとはいえ、彼らの願いは概ね叶ったのだから文句はないだろう。
・・――◆◇◆――・・
ギルド幹部である、アサシン・ウルラは王都のダンジョン前にあるテナント――ソルラエダの事務所であった部屋から窓の外を眺める。
すでにギルドと行政による調査は済み、書類や記録は関係部署に運ばれ、家具の大半も処分されて閑散としている。
長年の間、悪の牙城であった高賃料の建物は売りに出されるが、新たな買い手は簡単には付かないと予想され、ギルドか龍族が買い取る計画も立ち上がっている。
王都のダンジョンが多くの冒険者で賑わう様を眺めつつ、彼女は独り言を呟く。
「ここに来るまで……長かった……」
彼女がダンジョンの入り口に立ちふさがっていたパリエースを説得することによってソルラエダに纏わる問題は一気に解決へと導かれた。
それは彼女の努力と執念の結晶でもあった。
・・――◇――・・
「いい加減にしなさい、パリエース。そこを退きなさい」
アイディは不機嫌さを露わに高圧的に言い立てた。
「エルス族の言うことに耳を傾ける義理はない」
彼は大樹の指輪を装備していて、ここ数日の間ずっと同じ体勢を保ち、大盾を構えて侵入者を防いでいる。
「私たちは冒険者ギルドの幹部としてここにいます。調査の妨げとなるのなら容赦はしませんよ」
「俺は仲間と約束した。戻ってくるまでここを守る、と。約束を守ることは正しく、破ることは正しくない。だから俺はここを動かん」
「……何なのよ……こいつ……全然話が通じないわ」
パリエースは不屈の精神で入り口で盾を構えて侵入者を防いでいる。
行政の警吏が駆けつけても、彼はダンジョンの入り口前の通路を陣取ったので、数で対処することも出来ない。
都市内で高レベル重戦士の盾役を力ずくで排除するのは困難を極めた。
焦れたアイディは魔術で対処しようとインベントリから巻物を取り出すが、同行していたウルラはそれを制止する。
彼女はパリエースにゆっくりと近づき、彼の防御スキルが適応される範囲手前で立ち止まった。
「俺は他人の言うことは聞かん。説得しても無駄だ」
「パリエース、あなたはソルラエダが正しいと本当に信じているの?」
この質問に彼は一瞬怯む。
「仲間は信じなければいけない……」
「あなたは……盗賊のヤコブスをどう思っているの?」
彼は長く考え、かつての仲間を思い出そうとした。あの輝く微笑みの少年を。
「……彼はパーティーの財産を持ち逃げして行方知れずとなった。正しくない仲間だった」
「あなたは、それを信じているの?彼がそんな人間だったと?」
彼は苦悶の表情を浮かべた。
「計算も満足に出来なかったあなたに基礎を教えて、度々相談に乗ってくれた彼が、そんな事をすると本気で信じているの?」
パリエースは目を見開いて驚いた。
仲間の中で彼だけが無知な戦士を笑わず、根気強く学習に付き合ってくれた唯一の存在だった。
「俺は……わからない……どうせ、考えたって無駄なんだ……俺は頭が悪いから……」
「私はあなたの考えに聞いているんじゃない、あなたの心に聞いているの!あの人はそんな事をするような人だったの?!」
――違う。
彼は絞り出すように呟いた。
自分も貧しいのに、龍の恵みの家に寄付し、率先して社会奉仕活動をするような善良な少年だった。
「……あんたは……一体……」
「私は、彼の……ヤコブスの日記を持っています」
彼女はそれを何度も何度も読み返し、その文言は一語一句正確に記憶している。
「私は……私たちは……十数年前に、このダンジョンで何が起きたのかを確認しなければいけない。その為にも、制御室に行く必要があるんです。協力してください、パリエース、本当の正しさの為にも……お願いします」
彼女は誠意を尽くして重々しく頭を下げた。
・・――◇――・・
ギルド幹部ウルラはこの王都のダンジョンを初めて訪れたはずだった。
しかし彼女はトラップを見つける前に解除し、隠し通路を容易く見つけ、あっさりと制御室の前に到達した。
この事にパリエースは驚いたが、ウルラは平然と答える。
「……全部日記の通りよ」
制御室の扉に貼られていた結界はアイディが消し、頑丈な南京錠はウルラのスキルで解錠された。
一瞬の躊躇いの後、ウルラは制御室の扉を開け放った。
辺りを見渡すと、薄暗い部屋の片隅に、ヤコブスと思われるミイラ化した少年の死体が横たわっていた。
十数年前に、王都の下町にある集合住宅に住んでいた時の服装のままで……。
「……にいさん」
ウルラは小さな死体に駆け寄り、座り込んで涙を流した。
「やっと……やっと迎えに来れた……やっと……」
泣き続けるウルラの肩にアイディは手を置く。
「ごめん……ウルラ。先に管理者権限をなんとかしないと……急がないと奴らが来てしまうかも」
この言葉に彼女は涙を拭い、立ち上がった。
「コンソール!」
彼女の呼びかけに制御室が目を覚ます。
「管理者権限の委譲、及び、仮登録状態の管理者から権限の剥奪を要求します。承認プロセスを起動!」
『アカウントID参照:87763792-7081-3520-8375-************……登録された管理者候補を確認――パスワードを入力してください』
それは日記にも記されている。
彼女が幼い頃、兄から聞いたおとぎ話、彼らの先祖――マーナガルムの古い物語にでてくる言葉。
――『スコールハティ』
彼女はそれを入力した。
『パスワードを確認しました。登録された管理者候補“スカーレ”こと“ウルラ”を正式な管理者として承認。他の仮登録状態の管理者から権限を削除します』
無事に管理者権限の奪取に成功の旨を伝えるメッセージにホッとするアイディ。
「さぁ、これから忙しくなるわね。まずは本部に連絡して応援を呼ばないと……あなたは休んでいて。ここからは私一人でもできるから」
「いえ、私も最後までやりとげるわ……まだギルド幹部としての役目があるもの」
ウルラはいつも通りの冷徹な口調で言ったが、その表情はどこか穏やかだった。
過去を清算できた事で文字通り憑き物が落ちたのだろう。
そして、それとは対照的に……
「……正しくなかった……俺は……今まで……ずっと……」
パリエースは呆然と立ち尽くしていた。
・・――◆◇◆――・・
所は変わって、王都から離れた郊外の道、そこに数台の馬車が辺境を目指して走っている。
「本当に人間領域の王族と話を付けてくれるんだね?パシオ君?」
馬車の中で、カタリ家族長ケレベルは娘イーリスの元婚約者でポンス家の長男パシオに尋ねた。
「ええ……婚約が破談となったとはいえ、カタリ家の窮状には胸を痛めておりました」
パシオは多少やつれてはいるが、以前イノの前に現れた時よりは身繕いしており、落ち着いた様子だったが、よく観察するとその目には怪しい光が見え隠れしていた。
「イーリス嬢を是非、王家の側室に迎えたいとの申し出ですから、願っても無い縁談でしょう」
ケレベルは生まれて初めて体験する困窮状態で心身ともに衰え、実際の年齢より遥かに年老いて見えた。
辺境の地で恵まれた自然とダンジョンでのレベリングで健康を取り戻し、若返ったニヒル・セネカとは正反対だった。
「カタリ家が……私が王族に……くくく……」
彼が耄碌してなければ、目の前の青年の邪心にも事前に気付けただろう。
・・――◇――・・
「お嬢様!お急ぎください!こっちです!!」
イーリスは森の中で執事に手を引かれて必死に走っている。
国境を超え、森に入ってすぐに、一行は野営の準備を始めたが、パシオが奴隷商人とおぼしき者たちと密談している所を執事が盗み聞きして、即座に逃亡することに決めたのだ。
この後、感づかれた事を察知したパシオはケレベルをあっさり殺害して、使用人たちを奴隷商人に引き渡し、対価である銀貨を受け取った。
「一番高く売れそうな二人に逃げられるとは……」
誤算だったのは、執事の両親が人間領域出身で、彼自身も冒険者として長年のキャリアを持つ猛者であったことだ。
「追っ手は差し向けている。足手まといと一緒だ。そう遠くには逃げてない。所詮はタダの人間だ」
奴隷商人はかつてレイドの元で働いていたエルス族のゲットだ。
鉱山送りになって、地獄の苦しみを味わっている時にエルダーエルスのシングルトンに拾われて以降、後ろ暗い仕事を一手に引き受けてる。
「無能の分際で……おとなしく出荷されればいいものを……どこまでも役に立たない女だ」
パシオの目はかつての婚約者に、いや、同じ人間に向けたものとは思えないほど冷ややかだった。
・・――◇――・・
イーリスは崖っぷちに立たされていた。そう、文字通りに。
目の前には頭に矢が刺さった執事が倒れている。
綺麗に眉間を撃ち抜かれているので、流石に死んでいるだろう。
そして、奴隷商人の追っ手がじりじりと迫っていた。
「……なんで……」
彼女は青い顔で絶叫する。
「なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよーーー!!!」
叫んだ勢いと追っ手から逃れようと後ずさった結果、彼女は崖下に落下していった。
・・――◆◇◆――・・
龍王国の辺境、アースガード自治区……古参の支配種族による新しい試みを遠くから眺めるモノがいた。
鳥の形をした使い魔は高い木の上から自治区の全景を視界に入れる。
これ以上近づけば、あの神経質な龍族に感づかれるだろう。
しかも、最近、魔族の侵入を許したばかりだ。
内に秘めた怒りの波動は、感覚の鋭い者なら、ここまで感じ取れるほどだ。
使い魔を操るもの――エルダーエルスの一人、シングルトンは物思いに耽る。
当初は、龍族が辺境とはいえ領地を人間に任せると聞いた時は、愚かな気まぐれだと、一笑に付していた。
しかし、彼らの成し遂げた成果を見て、彼はそれまでの人間に対する認識自体を改める事になる。
彼にとって人間はメシアを産むための土壌に過ぎなく、メシアさえ確保できれば他は必要ないとすら考えていた。
そのメシアですらも、遠い未来に訪れる破局を回避する能力を所有するもの、という認識で、それが何かさえ判明すれば、メシアという存在自体にも拘らないという男だった。
「――しかし……」
そう、しかし、この自治区が短い間に成し遂げた事を見るにつけて、彼のその認識は覆りつつある。
人の子が持つ可能性……それをまざまざと見せつけられたのだ。
空間を切り裂く兵器、黄金林檎の果樹園、言葉で綴る術式、見たことのない異世界の道具……どれもエルス族の叡智と歴史の中では出てこなかった物だ。
今まで人間を宝のように扱うゲンマを嘲笑していたが、あの自治区は宝石箱のように輝いている。
それに、最近クオート経由で気がかりな情報も届いている、信憑性に疑問を感じてはいるが。
「欲しい……」
それは彼の偽らざる本心から出た言葉だろう。
「……しかし無理だな。どう考えても」
彼はエルス族の特徴でもある傲慢な性質の持ち主であったが、軍人らしくリアリストでもあった。
「エルダーエルスが束になっても、ゲンマ一体に勝てなかったのだからな……おまけにシステムはガルム族を差し向けてきた……話し合いの余地すらない」
彼がそんな思索に耽っていると、強い視線を感じた。
領事館の塔の上からこちらを睨みつける赤龍ゲンマ。
その敵意の強さに怯んだ彼は使い魔を撤退させる。
「全く……龍族の独占欲にも困ったものだ」
彼は深く息を吐いた。
エルス動乱の後、プロークシーから同盟の打診はあったが、彼は裏切りではなく、隠居を選択した。
現時点で龍族に勝つ未来が彼には見えなかったからだ。
「時間だけはたっぷりある……私も理想郷の一つや二つ、作ってみてもおかしくはないだろう」
・・――◆◇◆――・・
イーリスは崖下で目を覚ます。
奇跡的に木の枝がクッションとなって死には至ってなかった。
「ここで死ぬのかしら……私……」
だが、骨折を含む重症で身動きすることも出来ない。
茂みを掻き分けて何かが近づいてくる音が次第に大きくなる。
追っ手にせよ、獣にせよ、見つかったらタダでは済まない、彼女は自分の命運が尽きた事を悟ったのか顔を歪めた。
「ああ……システムの女神様……天界のお母様……お願い……助けて……」
彼女は横たわったまま目を閉じて涙を流した。
『たすけてほしいの?』
彼女の脳裏に幼い声が響く。
ハッと見開いた目に飛び込んだのは、空中に浮かぶ異形だった。
カラスのような黒い羽を生やしたボブカットの黒髪の少女で、こめかみからも黒い羽が生えていた。
『たすけをもとめているの?』
明らかに人外の存在であったが、その無邪気な微笑みは彼女の心を溶かした。
「――たすけて……おねがい……」
彼女はなんとか小声で助けを求めた。
「みつけたぞ!こっちだ!」
追っ手が彼女を発見すると同時に、黒い翼の少女は高く飛び上がった。
『――チーム・アルスター集結!!悪漢から怪我人を救出せよ!!――緊急ミッション開始だよー!!』
追っ手が見慣れない異形の少女に怯んだ隙に、少女はクロスボウをインベントリから取り出して撃ち込んだ。
「くそ!魔獣か!?」
「しっつれーしちゃう!あたしは夢魔族のモリーちゃんだよー!!」
彼女はクロスボウで悪漢を次々に撃ち抜くが、その中の一人であるエルス族の魔法剣士は攻撃を回避し、魔法攻撃で反撃する。
「ええい!ちょこまかと……《 ガウ 》!!」
彼女の小さな体は爆撃魔法の爆風で弾き飛ばされた。
「いやん!!」
攻撃が有効であるのを確認して、男は連続で魔法を放つ。
「はははは!落ちろ落ちろ落ちろ!!」
「――調子にのるな」
「は?」
珍しい種族の少女が仕留められそうだという欲に駆られて夢中になるあまりに、エルス族は迫る者に気づくのが遅かった。
彼は振り向く間もなく、背後の男に切り捨てられた。
「遊びすぎだぞ、モリー」
「ごめーん。クーちゃん。たすかったー」
彼女はパタパタとホバリングしながら降りてきた。
「怪我人というのはアレか?」
「うん。そうだよー……本隊はほっといていいのー?」
「今日の任務は偵察だ。それに我々だけでは全員の救出は厳しい……怪我人がいるのなら尚更のこと。人命を優先してこそヒーローだ」
イーリスは二人が近づいてくるのを確認して、意識を手放した。
・・――◇――・・
次にイーリスが目を覚ますと、そこは天幕の中だった。
彼女が無意識に身を起こすと、怪我は骨折を含めて綺麗に治っていて、痛みがない事を驚いているようだった。
恐る恐る外を覗くと少し離れた所の焚き火を三人の人物が囲んでいた。
「あ、気がついたー?」
夢魔族のモリーと名乗った少女はパタパタと近づいてくる。
「お腹すいたでしょー?一緒に食べよー」
モリーに招かれて彼女も黙って焚き火の近くに腰掛ける。
先に腰掛けていた二人は男性で、黙々と食事を摂っていた。
一人は先ほどエルス族を倒した青年で金髪を無造作に後ろに束ねた長身の美丈夫で、器に盛られたスープを口に運んでいた。
もう一人は青い顔の白衣の男でこめかみに金属製の部品を付けた少し不気味な年齢不詳な人物だった。
「あの……助けていただいて……ありがとうございます」
イーリスが恐る恐る言うと、二人は顔を上げる。
「気にするな……俺たちは通りすがりのヒーロー、これが仕事なんだ」
「そうそう。限りなく無償労働に近い強制労働ですがね」
「私は……」
「カタリのイーリス、だろ。知っている。それに父君のケレベルは助けることができなかった……力不足ですまない」
「まぁ、自業自得の範囲です。法の裁きに引き出せなかったのは残念ですが」
「ダグちゃん、無神経ー。マイナス百ポイントー」
彼女は身勝手な父親の行く末には予感があったのか、表情の陰りは見せたが、動揺はしなかった。
「俺はクーフリン、人間の剣士だ。こっちは治療師のダグ、クオート族だ」
「怪我を治していただいたのですね……ダグ様、ありがとうございます……」
「よろしく……もっとも、偽名ですがね」
「モリーちゃんでーす、はい、どーぞ」
満面の笑みで具沢山のスープが入った器を差し出され、彼女もぎこちなく笑みを浮かべた。
・・――◇――・・
「さて、と、あんた、これからどうする?」
食事が終わって焚き火を見つめながらイーリスは小声で呟いた。
「……わかりません……行く宛も……縁も……全てがなくなりました」
尽きせぬ富、思うがままの権力、空気のように当たり前にあると思っていたものが、世の流れと奸計によって瞬く間に消え去ったのだ。
困惑するのも当然だろう。
「だろうな。カタリ家は恨みを買い過ぎた」
「今までの事を考えると憎まれるのも仕方がないと思います……しかし……そこまで悪かったのでしょうか……確かに、私は世間の事に疎く、無知でした……でも、これほどの罰を受けるほどの……罪だったのでしょうか?」
カタリ家の没落が始まってから、その周囲に群がる人は潮が退くように消え去った。
そうなって初めて彼女は自分の家が世間にどう思われているのかを知ったのだ。
彼女は知らなかった――自分たちが当たり前のように消費していた富が、どのような犠牲の上に成り立っていたのかを。
クーフリンは少し考えて、言葉を紡ぐ。
「俺の考えでは……無知であることは罪ではないが……死因にはなるだろうな。それ自体は悪いことではないが、情報が足りなかったせいで死ぬのは良くあることだ。でも、知ろうとしなかったことに後ろめたさを感じているなら、それは向き合うべき罪なのかもしれない。だが、それはあんたの人生の問題だ。他人が結論を押し付ける問題ではない」
彼女はこれまでの人生でここまで真摯な言葉を聞くのは生まれて初めてだった。
この言葉は彼女の内部で変化を促した。
「私はこれからどうすればいいいのでしょうか……」
「あんたがこれから真っ当に生きるという決意があるなら、選択肢はそれほど多くないが可能ではあるだろう……無難なのは王都の兄貴を頼る事だな、まだ官僚なんだろう?」
彼女は首を振った。兄たちとはお世辞にも仲が良いとは言えない。
「私は兄の奥様には特に嫌われてます……兄の世話になる事を許されるとは思えません」
「そうか……じゃあ、辺境で一からやり直すとか……だが、裏社会で、あんたの首に懸賞がかかってるんだよなぁ……」
「何やったら、そこまで恨まれるんだよ……まぁ、俺らも人のことは言えないですがね」
「え……?」
「あははー、あたしたちは罪人なんだよー」
その無邪気な物言いにイーリスは首を傾げた。
「俺たちは過去にシステムに害を及ぼす行為をした。だから罪を償うべく、エージェントとしてヒーローの真似事をしている。今回あんたを助けたのもその一環だ」
――罪を償う
その一言は空っぽの器となった彼女を満たして、その瞳に火をつけた。
「あの……私も……私にも罪を償う事は出来るのでしょうか……?」
・・――◆◇◆――・・
私の目は辺境を離れ、再び王都のダンジョン前のテナントの一室に移る。
「そうね。長かったわね」
ウルラが振り向くとそこに長年の友、アイディがいた。
「まだ、あなたが子供の時からだもの、ようやくケリがついてホッとしたわ……それで、これからどうするの?」
ヤコブスが消息を絶った後に隠された彼の日記を読み、ソルラエダがダンジョンの占有行為を開始してから、真相を知る存在として身の危険を感じた彼女と育ての親である叔父は龍王国を出て、エルスの辺境へと身を隠す。
そこで名を変え冒険者としての修行を重ね、過酷な任務をこなすうちに、彼女はギルド幹部となる。そして、復讐の計画を仲間と共に立てて、その機会を我慢強く待ち続けていた。
決して楽な道ではなかった筈だ。
「これから……ね」
彼女はいつも、ギリギリの状況になると、内に秘めた影に問いかけてきた。『兄さんだったら、こんな時どうする?』と。
子供の頃は盲目的に尊敬していた兄だったが、成長して大人になった今では、彼の性善説は甘いと感じる程度の分別は備わっている。
しかし、それでも、道に迷った時に胸に浮かぶ問いかけは同じものだった。
……彼女の兄だったら、きっと、こう言うだろう。
「これから……私も“冒険の旅”ってのをしてみようかと、思うんです」




