38話 梅子、地雷になる
バックが不穏すぎますが梅子は何も知らない状態です。頭を切り替えてお読みください。
アルフレッド様に梅子であることを告白した。結果、玉砕。梅子を否定されました。とほほ。いや、とほほとか言っている場合ではないのだけど、とほほとしか言いようがない。とほほ、とほほだ。こんちくしょう! あー……泣きすぎて目が痛い。
(ジェシー様の目を腫らしてしまった……)
鏡に写ったジェシー様を見つめてため息をつく。真っ赤に腫れた目がお痛わしい。私は冷たいタオルを目元につけて目を閉じた。
魔法とか使えば目の腫れも治せそうだ。だけど、私はそれをしなかった。
この痛みは味わうべき痛みだ。簡単に治してはいけない。よーく噛み締めて、痛みを味わっておく。じゃないと、元気になった時に思い出して泣いてしまう。
今だけは失恋した痛みに浸るんだ。
ちゃんと笑えるように。
◇◇◇
ぐだぐだで終わった運動会の次の日は休みだった。1日ぐちぐちできた。バランスボールに八つ当たりして思わず穴をあけてしまった。
すまない、黒次郎。補修はして元通りにしたが、大きなばってんマークの傷ができてしまった。
ちなみに、黒次郎とはバランスボールの名前だ。この名前は昔仲良しだった犬の名前から拝借した。黒次郎は賢くはない犬だったが、黒が似ているので名付けをした。
さて、黒次郎に乗って思案開始だ。
1度、状況を整理しよう。もちろん、アルフレッド様のことだ。
彼は本気でジェシー様のことが好きだ。それが分かった。ただ、気になるのは「置いていくな」発言。対象はジェシー様だろうが、あのアルフレッド様が泣くほど追い詰められている。ただらならぬ事情がありそうだ。
…………うん。わからん。
梅子を出したことにより引き寄せられた言葉なので、梅子が関係ありそうな気がするが、さっぱりわからん。これは保留案件だな。次にいこう。
さて、次は今後の身の振り方である。ヒロインがジェシー様だということにより、自称悪役令嬢は退場しなければならない。自称とつけているのは私は令嬢ではないからだ。ご理解頂きたい。しかし、どうやって退場するかが問題だ。
(えっと、私の場合は……異世界転生の部類になるよね?)
そう。私の愛するweb小説では、悪役令嬢といえば、異世界転生である。異世界転移もあるが、あれは確か姿が変わらずそのまま異世界に召喚されるものだ。
だよね? あってる……よね?
(スマホっ! 今すぐ定義の確認したい!!)
異世界転生と異世界転移。私の中ではハイファンタジーとローファンタジーの違いが分からないくらい定義が曖昧だ。
まぁ、いい。スマホはないのだ。曖昧な定義のままでいこう。
気を取り直して、異世界転生である。これは前世の記憶を引き継いだまま、全く違う人物になるものだ。ここで重要なのは全く違う人物でも、その人物のその後の人生とかその人物をよく知っていることだ。乙女ゲームの悪役令嬢とかでは定番である。
さてさて、私の状況を当てはめてみよう。
問、私は全く違う人物になっている。
答、ぴんぽん!だから、異世界転生だな。
問、私はその人物の人生を知っている。
答、ブッブー! 残念!
(――はっ。残念とかじゃない! 私はジェシー様のことを知らないじゃない!)
そうだよ。つい浮かれすぎて忘れてたよ。私はジェシー様の先の人生を知らない。前世知識チートが生かせない。
……参ったな。うん。次にいこう。
ジェシー様に体をお返しするのだ。その目的が達成できればいい。では、その方法を考えよう。
定番はあれだ。現実世界に帰るというもの。本に入ってしまったので、出てくるというものである。代表作は不思議の国だ。
……本には入ってないな。
ではあれだ! 召喚! 召喚! ほら、よくあるじゃない。聖女を召喚したとか……
……魔法陣とかあったか? 目が覚めたらふかふかベッドだったぞ?
おいっ! 誰が召喚したのだ! 誰がこの現代日本人、田中梅子、三十路にようがあったというのだ! 教えてくれ!!
はぁはぁ……いや、まて最後の切り札がある。
――夢オチだ!
そうだよ。夢オチ。目が覚めたら元の世界に戻ってました。いい夢だったね。ちゃんちゃん。というやつだ。これだ! 私のエンディングはこれしかない!!
……夢オチって、どうやって起こるの?
なんか事故に巻き込まれたとか? 感動のハッピーエンドとかを迎えたとか?
前者はダメだ。ジェシー様を傷つけるなんてもってのほかだ。では、後者か? そういえば、アルフレッド様告白されて、キスシーンまでかましてしまったぞ。端から見れば感動のハッピーエンドだろう。なら、夢オチ条件には当てはまっているはず。
そうか! 寝ればいいんだ!
私はベッドに横になった。そして強く念じた。
(夢オチこい! 夢オチ夢オチ夢オチ夢オチ!!)
…………。
運命とは無情である。
今、私はこの言葉の真に理解した。
「はぁ……」
思わずため息がでた。私は着替えて学園に行くことにした。アルフレッド様と顔を合わせづらいが、引きこもっても問題は解決しない。出たくないときこそ、外に出ろ! おばあちゃんに言われて叩き出されていた。嫌なことがあっても、うつむくんじゃない。自分の人生を恥じるな。そうも言われたっけ。だから、外に私は出ていく。傷ついたって、外に出る。
それに思ったのだ。
夢オチエンドが起こらないということはまだ条件を満たしてないのだろう。真に感動するエンドか単なる事故が待っているかもしれない。
キーマンはやはりアルフレッド様だ。そして地雷はきっと、田中梅子だ。あの動揺っぷりを考えると、地雷に違いにない。
(好きな人の地雷が自分とかしんどすぎる……)
だが、梅子地雷を踏まなければ先に進まないような気がする。くっ。傷を恐れるな。踏んで、華麗に散れ! それが私の自称悪役令嬢の道だ!
私は涙を飲んで進むことにした。
◇◇◇
顔の腫れはひいている。キリッとした表情は完璧だ。そして、今日のジェシー様の髪型は美少女戦士ヘアー。お団子頭して、一部長い髪を出している。戦闘モードは完璧だ。よし、いくぞ! 突撃!
私は学園へ転移した。
そして思い知る。
恋のエーティーフィールドの前では私の闘争心など実に小さいものだと。
「おはよう、ジェシー」
(はい。もう、死にそうです。なんですか、その甘い声とフェイスは……!)
目の前に好きな極上イケメンが笑いかけて挨拶をしてくる。いつもの光景なのに激甘に見えてしまう。くっ。これが恋の力かっ。強制力がすごい。
「ん? どうした? そんなに顔を赤くして。まさか……」
近づいた恋の塊がふっと手を伸ばす。あんぐり口を開けているとおでこに武骨な手が触れた。
「熱……あるのか? 熱いな」
思わず腰が浮いた。心配してくれているだけだと分かるが、なんですか、その優しさは……!
(いつもみたいに、”俺を意識しているのか?(低音ボイス)”ぐらい言いなさいよ! 急に優しさ見せないでよ! ときめいちゃうでしょ!)
理不尽な悪態をついて黙っていると、そっと手を外された。
「ジェシー、気分は平気か?」
心配そうな顔にぐっときてしまう。私はエーティーフィールドを全開にして、ツンデレモードを発動した。
「だ、大丈夫です。熱はありません」
「ん? 顔がますます赤い。熱があるんじゃないのか?」
「そ、そんなことありません。行きましょう」
そう言うと、ふっと手を差し出された。見上げた顔は優しげだ。
「手を繋いでもいいか?」
控えめな声に本当に熱が出そうになる。調子が狂うと文句を言いたい。いや、文句を言おう。
「……アルフレッド様こそ、熱がありませんか?」
「俺が? なんでだ?」
「……いつもはそんなことを言わないではありませんか?」
「いつも? あぁ、そうだな……」
ちょっと考え込むようなしぐさをされる。どうやら計画的犯行ではないようだ。
「ジェシーが嫌ならしないだけだ」
ふわっと風のような優しい微笑。それに声が詰まる。……ダメだ。ときめくな。私に微笑んでいるのではないのだから。
「っ……似合いません。アルフレッド様なら気を使わずに手を繋ぐのでは?」
動揺で可愛くないことを言った。それなのにアルフレッド様は微笑むだけだ。
「確かにらしくはないな。……だが、ジェシーを甘やかしいたいんだ。許せ」
あぁ、もうずるいな……なんでそう言う言い方をするんだろう。そんなことを言われたら手を取るしかなくなる。
私はゆっくりと手を差し出した。
「手、繋ぐんですよね?」
そう言うとダークネイビーの瞳は優しく揺らいだ。ゆっくりと絡みとられた手は指の間に入っていく。しっかりとした武骨な手が握られ、心まで絡み取られそうだ。
見上げた顔は優しくて、私は見ていれられなくて視線を逸らした。
……たぶん、私は幸せな時間を過ごしているのだと思う。
好きな人に優しくされて、大事にされて、甘やかされる。
それは私にとったら願ってもないことだ。
ジェシー様のふりを続けていればこの幸せが手に入る。それな甘美な誘惑だ。つい堕ちそうになる。
だけど、たぶん、それじゃあダメなんだ。
人は欲張りだから、もっとと欲しくなる。
このままジェシー様のふりをし続けてもいつか私は思うだろう。
“梅子を好きになって”と。
だが、今の彼は梅子を受け入れてくれない。それに私は理不尽に怒りそうだ。彼は悪くないのに当たってめちゃくちゃになりそうだ。それは辛い。お互いに。
だから、私は勘違いをしてはダメなのだ。
――この人が好きなのはジェシー様。
私はその甘い体験を一時しているだけの存在。いつかは消えなくちゃいけない存在だ。
それを心に刻んで華麗に散っとけ。
「アルフレッド様」
「なんだ?」
大丈夫だ。あんなに泣いたんだから、傷つく覚悟はできている。
「お話したいことがあります。田中梅子のことで」
ピタリと止まった足につられて止まる。見上げたダークネイビーの瞳は揺れていた。
もしも、気になるかもしれない方がいらっしゃるかもしれないので、先に言っておくとエンディングは夢オチではありません。




