覚悟を決めるとき (&アル)
後半にアルフレッド視点が入ります。シリアス、ダークよりで終わります。本日、二話更新しています。
「場所を変えるか」
そうアルフレッド様は呟くと次の瞬間には転移されていた。着いた先は学園長室だ。遠くで授業の予鈴が聞こえた。少々罪悪感があるが、私にはこっちの方が大事だ。ひっそりとジェシー様に謝って、私はアルフレッド様を見据えた。
「座ろうか」
チョコレート色のソファーに促されて座る。
「話というのは……?」
私は慎重に彼の顔を見た。もしかしたら、傷つけることになるかもしれないから。
見上げた顔は弱々しかった。だけど、取り乱してはいないようだ。話ができると踏んで、私は聞きたいことだけを紡ぐ。
「私が田中梅子と名乗った時……アルフレッド様は動揺されていました。その理由を聞きたいです」
声がちょっとだけ震えてしまった。相手の傷かもしれないことを聞くのは怖い。でも、聞かなきゃ前に進めない気がした。
アルフレッド様はじっと私を見つめた後、予想外のことを聞いてきた。
「逆に聞きたい。ジェシーにとって、タナカウメコは何なんだ?」
……え? 何なんだ??
意味が分からなくて、眉間にシワが寄ってしまう。
いや、私が田中梅子なんですけど……そう言いたかったけど、私はジェシー様なので、梅子だと言っても理解できないかもしれない。弱ったな……梅子なんですけど、ジェシー様ではないんですけどと言いたいが、どうやって説明すべきか……
――ジェシー様ではないという確固たる証拠を示せばいいのか?
でも、証拠ってなに? 趣味嗜好でも晒せばいいのか?
あなたの腹チラが見たくて体操着の下に下着を着用を認めなかったんですよ?とか言えばいいのか? 筋肉フェチでいい足ですね、ぐへへ……とか言えばいいのか? ミアちゃんの体操服を見て、ご馳走さまと拝もうとした……とか言えばいいのか? いつもジェシー様を見つめてはうっとりとしています。踏まれたいですけど、自分じゃできないのが残念です……とか言えばいいのか!? 分からない!
っていうか言えないっ! ジェシー様のお顔でそんな変態思考、言えないっ!
冷や汗を垂らしながら考えているとアルフレッド様が口を開く。
「ウメコは尊敬する人なのか?」
(は? 尊敬する人?)
ナンノハナシデスカ?と思わず固まっていると、アルフレッド様は神妙な顔をする。
「……ウメコは俺たちとは違う文化を持っているんだよな?」
――――はい?
なんだこの噛み合わなさ……田中梅子をアルフレッド様は知っているかのような口ぶりだ。
(え? なんで私のことを知ってるの??)
よく思い出せ。私はうっかり田中梅子であると彼の前で言っただろうか?
……ないな。たぶんない。過去ログを漁れないから確証がないが、恐らくない。
なんかおかしい。話が噛み合わなさすぎておかしい。
「……あの、アルフレッド様。田中梅子のことをご存知なのですか?」
素朴な疑問を口にした。すると、アルフレッド様は声を詰まらせた。そして、視線を逸らされた。
■■■side アルフレッド
――しまった。
ウメコのことは今度のジェシーからは詳しく聞いていない。ジェシーが言いづらそうだからつい余計なことを口にした。
前の君が言っていたから……なんて、言えない。必然的な過去の俺のことを話さなければいけない。
今度のジェシーは過去の俺を知らない。あの放漫な獣の姿を……
っ……
言えるはずない。俺が最低なヤツだったなんて。君を追い詰めて、そして死に追いやってしまったなんて……言えるはず……ない。
――また、嫌われる。
――また、繰り返す。
――また、君を失う。
それだけは……嫌だ。
すまない、ジェシー……
俺は最低な所は変わっていない。
ただの臆病者だ。
横目でジェシーは訝しげにこちらを見ている。答えなければ。焦りながらも、俺は嘘をついた。
「……君が前に夢でポン国のことを知ったと言っていただろう? その国の人物かと思った。……君はポン国に傾倒していたからな」
我ながら苦しい言い訳だ。だが、ジェシーは納得したようだった。
「そう……ですね。ポン国の人物です。田中梅子は」
それにホッと胸を撫で下ろす。それと同時に酷く胸が傷んだ。
――なんだ? この痛みは……
まるで、言いたかったかのような……
はっ。冗談だろ?
誰が死に至らしめた相手を好むと言うんだ。
最低と切り捨てられておしまいだ。
そして、俺はそれを許容できない。
俺は終わらせられない。
もう、ジェシーを愛するしかできない。
――俺はまたきっと……繰り返す。
――時間を巻き戻して、最初から。
っ……
隠し通せ。
隠し通せば、俺の罪は……暴かれない。
ただジェシーを愛する男として生きられる。
そんな夢の人生が手に入る……
手に入るんだ……!
「アルフレッド様?」
手にあたたかいものが触れる。ビクリとして振り向くと心配そうな顔があった。何も知らない。無垢な瞳。
たまらなくなって、抱き寄せた。
「あ、アルフレッド様っ」
焦った声が聞こえたが、あえて無視した。柔らかいジェシーを抱きしめながら、俺は罪悪感で押し潰されそうだった。
――すまない。ジェシー……俺は君が好きすぎるんだ。
嫌われるのがどうしようもなく怖い。
ちっぽけな男だ。
こんな俺の姿を見たら……君はきっと……離れていくだろ?
「あ、アルフレッド様っ! く、苦しいです!」
ジェシーの訴えで我に返り、手を離す。
ジェシーはよほど苦しかったのか大きく呼吸を繰り返す。それに自分に舌打ちする。
ダメだ。うまく感情がコントロールできていない。
あの瞬間、ジェシーが”置いていかない”と言ってくれた時から、頭がおかしくなっている。弱い自分が受け入れられてどんどん弱さをさらけ出したくなっている。
そんなの。格好悪すぎるだろう。
「……すまない。君が可愛くて、自制が効かなかった。許してくれ」
「っ!」
ジェシーは顔を真っ赤にさせてはくはくと口を開いた。その姿がまた可愛くて、目を細めた。
あぁ、幸せだな……
幸せなのに、胸が痛い。
◇◇◇
学園での生活が終わり、俺はセナを呼び出した。エディから本当の姿を晒したいとコイツが言ってきたのがひっかかっていた。何を考えている? セナはその姿を誰よりも嫌っている。それなのになぜ……?
――嫌な予感がした。酷く、嫌な予感が。
学園長室に呼び出したセナは特に変わりはなかった。むしろ吹っ切れたような雰囲気を出していた。セナはソファーに座って足を伸ばしてきた。俺は座らなかった。
「なんだよ? 話って?」
「……ジェシーに本当の姿を見せたいとエディに言ったそうだな……なぜだ?」
そう言うと、あぁとセナは短く答え俺から視線を逸らす。そして、ゾッとするような笑顔を見せた。金色の目が横から俺を射抜く。
「別に。アルにとっちゃ、好都合だろ? バケモノの姿なんて見たら、ジェシカは怖がるだろうし、怖がったら、そこで終わりだ」
くつくつ笑うセナにますます分からなくなる。終わりというわりには、コイツの瞳に悲壮感はない。むしろ堂々と、立ち向かうような……覚悟を決めた目。
――まるで、臆病者の俺を責めているような目。
っ……。
首を振って真意を確かめる。俺にしたらセナの行動はめちゃくちゃだ。わざわざ嫌われにいくなど、どうかしている。
「セナ……前に、俺に言ったな。好かれたいのか、嫌われたいのか、どっちなんだと。そのまま、返してやる。お前はジェシーに好かれたいのか? 嫌われたいのか、どっちなんだ?」
そう言うと、セナは瞬きを繰り返し、ふっと表情を和らげた。
「……どっちも、かな?」
どっちも?
「嫌われたらそれでいいんだ。俺も未練がなくなる。好かれたら、手放しに喜んじまう。それだけだ」
肩を竦めてセナは笑った。とても晴れやかに。
「1か0か。俺は曖昧なのはキライだからな」
言葉が詰まった。覚悟が決まらない俺に突き刺さるような言葉。
「俺には理解できない。好かれたいなら、わざわざ嫌われにいくことはないだろ?」
「そうか? 黙っていてもいずれバレる。その時のジェシカの気持ちを考えたら、先に言っておく方が辛くない。俺はともかく、ジェシカはな」
っ……
どうしてそこまで。
「怖くないのか?……嫌われたらおしまいだぞ?」
セナは笑うのをやめた。代わりに眉をひそめて呟くように言う。
「怖えぇよ……とってもな……だけど、ジェシカに言われたんだ。俺は本気じゃないって。熱が足りないって。だから……俺は全部をさらけ出す。じゃないと伝わらないからな」
セナは顔を上げた。燃えるような金色の瞳が俺に覚悟を突きつける。
「アル。俺、本気になるぞ」
「ジェシカがお前を好きでも、俺は本気になる」
「いいよな?」
覚悟を決めた金色の瞳が俺を追い詰めた。逃げるなと。
はっ……くそ。だから、セナの方が厄介なんだ。こっちの意思を汲むように入り込んで、掻き乱してくる。コイツ自身は意識してないかもしれないが、鼻がききすぎるんだ。
――だが、引けるか。そんなことで引けるなら俺は、ここにいない。
「お前にジェシーは渡さない。それは何があろうと譲らない」
「上等。お前も本気になれよ?」
「手緩いのはキライだからよぉ。お互いに全力でいくとしようぜ」
挑発を続ける金色の瞳に俺は後退しそうな足を意地でその場に留めた。
◇◇◇
セナと話を終え、屋敷に戻った俺は椅子に座り込んで深く息を吐き出した。ふと、視線を窓の外に向ける。いつかジェシーと見た薔薇の星空があった。あの時は楽しかった。ジェシーが子供みたいにはしゃいで、それを見て楽しかった。なぜか、遠い記憶に感じる。ついこの間のことなのにな。
物思いに耽っていると、エディが上から覗き込んできた。
「アル。なに、黄昏ているの?」
「……セナと話してきた。アイツ、本気なんだな」
「そう。それで? 圧倒されたの?」
心を読まれて眉間にシワが寄る。どいつもこいつも察しが良すぎて嫌になる。
「……本気になれと言われた。俺はどうやら手緩いらしいな」
「おやおや」
肩で笑うエディに、深くため息をつく。そして、嫌悪感を隠すように額に腕をつけた。
「どうもうまくいかない……ジェシーは側にいて、幸せなはずなのに、罪悪感ばかりが募る」
「そうなの? 巻き戻したからかな?」
「……そうだな。今のジェシーは何も知らない。隠し通しておけばいいと思うのだが……」
セナの本気にあてられたか。俺が卑怯者のように感じる。
「ここは夢の世界なのに……なんでだろうな……」
結局、繰り返しているような気がする。堂々巡りで出口がない。
「なんか、つまらない男になったね」
ナイフのような冷たい言葉に腕をどける。そこには同じ顔が笑っていた。
「前の君はブレがなかった。迷いもなくジェシカ嬢を愛していた。……方法は間違っていたとしてもね」
ダークネイビーの同じ瞳の中に自分が写る。
「今の君は迷いがありすぎる。そんなんじゃ、セナに取られるよ? それでもいいの?」
「――アルの彼女への思いってわりと小さいんだね」
カッとなって、体を起こす。
「ふざけるな。誰が小さいんだ」
そう言うと、同じ顔はゆるりと笑う。
「じゃあさ、邪魔なヤツは叩き潰しなよ。君はジェシカ嬢以外は、どうでもいいだろ?」
それに眉根をひそめた。真意が分からない。
「はっきり言え、エディ。回りくどいぞ」
「ははっ。そうだね。じゃあ、言わせてもらうね」
深淵のダークネイビーが揺めぐ。
「セナの母国に連絡を取った。いつまでも温いイザコザを続けているくらいなら、いっそのこと、セナの姿を大衆に晒せって」
なに……?
「セナが次期王と認めるか認めないかは国民に審判に下させればいい。そもそも隠し通せることでもないしね」
「アル。面白い余興が始まるよ」
「セナは、人と認められるかな? それとも、やはりバケモノとして、その生を終わらせるのかな?」
そう語る深淵に俺は目を開いたまま黙るしかできなかった。




