段違いで交差する思い (アル&梅子)
時間軸が戻ります。
セナが梅子をさらったシーンからです。
最初はアルフレッド視点、後半は梅子視点です。
セナがジェシーを連れ去っていく。その光景を俺は唖然と見送るしかできなかった。
「セナ!!」
慌てて叫んでもセナとジェシーは遠くに行っている。俺は訳もわからず走り出した。
――くそっ。なんだって言うんだ!
セナがあの輪を外した瞬間、胸騒ぎがした。
アイツがあれを外すなどありえない。
アイツ自身が一番嫌っているものになるのだから。
だが、それならなぜ?
なぜ、セナはアレを外した?
“――今回はマジなんだ。悪いな”
脳裏にセナの言葉が過る。
まさか、自分の本当の姿を晒そうとでもいうのか……はっ。嘘だろ? おい……
なぜ、そこまで。ジェシーにこだわる。
お前は一番目の時、ただの傍観者だったじゃないか。
力を抑制され、マルクスを庇護するだけの存在だったはずだ。
なのに……
くそっ。
これも理を曲げたことによる現象か?
吐き気がする……
まとわりつく汗が気持ち悪い。
心臓が痛くて目眩がする。
ジェシー……
頼むから……
――俺を置いていくな……
セナたちを見失った俺はあてもなく駆けていた。校内を走り、疲れて立ち止まる。
「はっ……くそっ」
早まる心臓が耳障りだ。滴り落ちる汗が不快でしかない。呼吸は乱れ、苦悩の共に熱い息が出る。
「どこだ……ジェシー!」
叫ぶが返事はない。
それに焦燥感が募った。
悪夢が囁く。
“お前は繰り返すしかできない”
“お前は何一つ手に入れることはできない”
“お前は――永遠に愛を手にできない”
「くそっ……!」
それでも俺は足を前に動かした。
抗いたかった。
失いたくたくなかった。
今のジェシーを。
次に出会ったジェシーは俺と向き合ってくれた。俺と目を合わせ、笑い、怒り、ハッキリと意見を言った。
俺の中の獣に抵抗し、逃げてくれた。
どんなに牙を向こうとも。
それに安心した。
それに今のジェシーが俺はどうしようもなく可愛いんだ。
照れる顔もムキになる顔も。
すべてが愛しい。
昔よりも、深く深く、俺は君に恋をしてるから……
「ジェシー!」
俺は君を取り戻したい。
君と愛を交わしたい。
君と未来を進みたい。
焦がれた世界を君と歩みたい。
その為なら俺は俺を殺す。
理性を持ち続けてやる。
俺は狂うくらい君が好きだ。
余裕ぶって熱量を隠しても君への好きが溢れ出してしまう。
格好悪くて、余裕がない。
そんな自分になるのは嫌だが。
俺は獣を殺して君を愛するただの男になりたい。
だから、お願いだ。
お願いだ、ジェシー……
俺を選んでくれ。
俺の手を取ってくれ――!
ぐらついたジェシーの体。
それをしっかりと抱き止めて酷く安心した。そして、目の前の男を見つめる。昏い瞳。感情を殺した目が俺を静かに見ていた。
あぁ、そうか。
これは過去の俺だ――
「返してもらうぞ」
俺は過去の自分と決別した。
◇◇◇
獣を殺した俺は感情が剥き出しになった。
いつもスマートに接していた対応が一切できない。舌打ちはでるし、声も荒げてしまう。本当に格好が悪い。
「セナに何を言われた! なんで、そんな顔をしてる!」
ジェシーを怖がらせるな。これでは尋問だ。なのに、止められない。
ジェシーは顔を真っ赤にして俺と目を合わせない。それがセナと何かあったことを如実に語っていて我慢ができなかった。気が狂いそうだ。くそっ。耐えろ。
耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ!
俺は獣にはならない……!
「は、離して……」
頭を掻き乱されながら届いたのはか細い懇願の声だった。はっと我に返ってジェシーを見る。照れた顔は目頭に涙が浮かんでいた。それに込み上げるものがあった。
そんな顔をしないでくれ……
どうにかなりそうだ。
酷くしたくないのに。
今すぐ君の唇を塞ぎたくなる。
くそっ。心で舌打ちして、呼吸を繰り返す。なるべく落ち着いてジェシーに声をかけた。
「……ジェシー。ちゃんと言え。セナに何を言われた? なんで、そんな顔をしてるんだ?」
ジェシーは答えない。ただ頭をふるだけ。それにムッとしてしまう。なるべく熱量を抑えて俺は脅した。
「言わないとここから出さないからな」
びくりとジェシーの体が震えるが、やはり答えない。何も言わないことに心が不安定になる。怖くてたまらない。
「……そんなに言いたくないのか?」
そう呟いた声は情けないほど弱々しかった。
ジェシーがこっちを見た。
頬を真っ赤にさせて、瞳は変わらず潤んでいる。
だが、何か。
何か今までと違う。
……あの時と一緒だ。
ジェシーにピアスをつけた時に感じたもの。
俺を意識している顔だ。
いや、それよりももっと熱い。
目を離せないほど強烈な思いが。
「アルフレッド様、私は――――」
俺は期待した。
次の言葉はきっと。
“あなたのことが好きです”
だと。
だが、それは叶わなかった。
ジェシーは急にうつむいたと思うと、不意に先ほどまでの熱量を隠した。いや、必死に隠そうとしている顔になる。虚勢を張っているような態度だ。
それが分かるのは、彼女の瞳だけには、熱が残っていたから。
「アルフレッド様……ずっと黙っていたことを話します」
静かに彼女の言葉を待つ。
そして、思い知る。
俺は悪夢には逆らえないのだと。
「私はジェシカ・セルベックではありません。私の本当の名前は田中梅子。この世界ではない別の世界から来たものです」
ごぽり……
昏い沼に感情が落ちていく。
俺はこの感覚を知っている。
妙に心地よくて。
ずっと浸りたくなるものだ。
そして、堕ちた先に待っているのは……
ただの獣だ。
「っ!」
俺は必死でジェシーを抱きしめた。俺が変わらないように、ジェシーを留めるように。強く、強く……
頼むから。
お願いだ。
“ウメコ”
ジェシーを連れていかないでくれ。
君がどれほどジェシーを侵食してもいい。
だが、ジェシーだけは、ジェシーだけは、連れていくな……!
「頼むから……」
感情がぐちゃぐちゃで、目の奥が熱い。
「お願いだ……ジェシー……」
ウメコが好きでもいい。
俺が一番、じゃなくてもいいから……!
瞳から熱いものが流れ落ちる。
俺は祈るように叫んだ。
「――俺を置いていくな!!」
――――………
ひっく……
嫌だよぉ……
――あぁ、小さい私が泣いている。
お母さん……
お母さん、どこ?
お母さん……やだよぉ……
置いていかないでよぉ……
――これは古い記憶。母に置いてかれて悲しくて悲しくて泣いたあの日の記憶。
忘れるしかできなかった。
あの時の痛みだ――
◇◇◇
はっと意識が急浮上した。気がつくと、アルフレッド様に抱きしめられていた。私は困惑した。だって、彼が泣いていたから。
――あの、アルフレッド様が……?
肩を震わせながら悲痛な声を言われて心が傷んだ。
心は酷く痛むのに、妙に冷静だ。
あぁ、そうか。
梅子はいらないんだ。
ははっ……
そうだよね。
いきなり、田中梅子とか言われても受け入れられないもんな……
やっぱり、フラれたか――
泣きそうになって、鼻をすすった。
泣くな、梅子。
今は泣くときじゃないぞ。
後でたくさん泣いていいから。
ほら、上手に演じなさい。
ジェシー様を。
ゆるりと口元を上げようとした。
でも、震えてできない。
いつものようにジェシー様に……
――あれ? できない。
ジェシー様はどんな話し方だったっけ?
どんな表情をしたっけ?
わからない……
あぁ、もう。ほんとっ。
うざいぞ、梅子。
どんだけ、未練がましいんだ。
梅子を愛してなんて望むんじゃない。
私は心を落ち着けた。深呼吸を繰り返した。五回ほど。
大丈夫だ。
存在を否定されたって、大したことではない。
そんなこと過去にもあっただろ。
母が私を置いて出ていったあの日に、とっくに経験している痛みだ。
だから、大丈夫。
立ち直りかたは分かっているはずでしょ? ね、梅子。
さて、これ以上アルフレッド様といるとさすがに取り乱しそうだ。ここいらで離れよう。
「アルフレッド様……」
彼は今、取り乱している。その理由は分からないが、ここは聞かずに落ち着かせよう。慎重に言葉を紡げ。声は震わすなよ。
「アルフレッド様……」
二度声をかけると、抱きしめられた腕が緩んだ。顔をあげたアルフレッド様は年相応の顔をしていた。それにクスリと笑ってしまう。
考えてみれば彼はまだ17歳。私よりもずっと年下だ。多感な年頃だ。こんな風に泣くことだってあるだろう。
「アルフレッド様、置いていきませんよ」
いつか、私が言われたかったことを言う。
微笑んで、慰めるように声を出した。
「私はここにいますよ」
思い出して胸が痛い。傷口から血が溢れそうだ。
「ジェシー……」
頭を両手で抱えられた。今度の抱擁は優しく恐々した感じだった。
「キスを、してもいいか?」
それにドキリとした。思わずすぐはいと答えそうだったから。
――どうしよう……ダメな気がするが……あぁ、好きって厄介だ。
「ダメか……?」
そんな弱々しい声を出さないでよ! あぁ、ごめんなさい。ジェシー様。今だけ、この一瞬だけでいいです。
ジェシー様にならせてください。
「い、いい……ですけっ――!」
答えを待つ前に唇を塞がれた。性急な口づけに目を閉じるのを忘れた。塞がった唇が離れて、アルフレッド様が目を開く。
「好きだ、ジェシー」
とても幸せそうな顔をして、彼はそう告白した。
そして再び近づく唇に私は目を閉じた。
角度を変えて深まる口づけに酔いしれながら、そっと泣いた。
悪役令嬢がヒロインに意地悪する理由が分かる。
だって、ヒーローとの口づけはこんなに甘美なものだから。
この瞬間のためなら、後でどんなに辛くても……破滅の道だろうとなんだろうと選んでしまいそうになる。
唇が離れると、アルフレッド様は幸せそうに笑って、私を抱き締めた。
その心地よさに身を委ねながら、私はひたすらジェシー様に謝っていた。
ごめんなさい、ジェシー様。
ちゃんとお返ししますから。
ヒーローはお返ししますからね。
ほら、私は悪役令嬢だから。
恋は叶わない。
ヒーローはヒロインと結ばれて、悪役令嬢は退場。
それで、ハッピーエンドだ。




