第三話 転生女子定例会議①
ある日の昼休み、薄暗い図書室には数人の女生徒の姿があった。
ここは第四図書室。
マンモス学園なこの学院、生徒数が多いため図書館も一つでは足りず、増設して行ったがこの第四図書室は場所が悪く、陽当たりがないため灯りを付けても薄暗く、そうこうしているうちに幽霊の噂が流れたりして、利用する生徒はほぼいなくなってしまった。
そこに目を付けたのが転生女子たちだ。
ここは既に、転生女子たちの恒例会議などの目的で集まるたまり場になっていた。
「ということで、第137回定例会議を行います」
議長は持ち回り。今回の議長となったのはキュウ子さんだ。
「で、今回集まったのは八人なのね」
慣れた風に零したキュウ子さんに、ほかの面々が「まあそんなものよ」と返す。
「みんな、それぞれの交友関係に加えて貴族子女だから家同士の付き合いとかもあるし、毎回集まってはられないね」
「それはそう」
「中身のない回数だけ多い会議とか万死に値するからね」
「それこの恒例会議が中見ないって言ってる?」
「中見があったら怖かろうフラグの建たないこの世界で」
「それもそう」
などと話し、用意していたお茶菓子を机の上に広げる。
図書室で物を食べるのは、と言われそうだが、この第四図書室に集められる本は一定以上の期間、貸し出しがない本であり、また絶版ではなく購入が容易い本ばかりである。
それでも誰かの大切な本かもしれないと、転生女子たちは決してお茶菓子を食べた手で本を触ったりはしない。本を机の上に置いたりもしない。
大体が元オタク。本への配慮は完璧だ。
「それで、ええと、キリ子さんとマユ子さんと、あとの二人はあだ名がまだないんだっけ?」
「ないねえ。なんだそのあだ名がないのが不名誉なことのような言い方は」
「あのあだ名はどう考えても不名誉だぞ」
「フラグへし折られた証のあだ名だからね」
それはそう、とキュウ子さんは致し方なしという顔で頷いた。
「あ、でも」
「なに」
「あだ名が出来るかも………いや、やっぱりなし。忘れてくれ」
「やらかしたな。フラグの神様がやらかしたな?」
「やめてくれ! セミ子だかのあだ名はいらない!」
そう嘆いて一人が顔を手で覆った。
「ほう。セミ子さん」
「リピートアフターミーしないで」
「そしてそちらのお嬢さんも、なにかあだ名に心当たりがあるね?」
「ぎっくう」
「さあ、じゃあ聞きましょうか。あなたたちの輝かしいあだ名継承の経緯を」
ふ、と怪しく微笑んだキュウ子さんにキリ子さんが「無駄に格好良く言わないの。爆死の記録よ」と淡々と突き放した。
ちなみにキリ子さんの名前の由来は攻略対象の王子と探しものをしていた時、これはチャンスだ、とドキドキしながら告白しようとしつつ開けた棚に、卒業生が仕込んだカマキリの卵があり、…………やめよう。この先の話は、あまりに可哀想だ。
「じゃあまずは私から行くわね」
かけていた眼鏡をくいっとあげて、キリ子さんが話し始めた。
あれは昨日の授業中。いきなりおなか痛くなっちゃってやばい保健室行きたいってなってたけどちょうどそのときアステリオス先生の授業だったのね。
アステリオス先生が心配して声掛けてくれてさ、でもあのひとナイスミドルでダンディーなおじさまじゃん。
しかも私、攻略対象の第三殿下と同じクラスだったのよ。
正直におなか痛いのでトイレ行きたいですは恥ずかしいじゃん?
「すみませんぽんぽんぺいんなので退室していいですか!」
結果としてもっと恥ずかしいことになりましたね。
盛大に三人の女子が吹きだした。
「おっま、バッカ」
「ぽんぽんぺいんなのでじゃないよ」
「やらかしてるじゃないか盛大に」
「もうクラスメイトみんな吹いたよね。
アステリオス先生、『は、…うん?』みたいなぽかん顔になってたわな。
45歳の厳格なダンディーイケオジ教師に通じるわけねーわ。
でそのときはトイレに駆け込んだわけなんですが今朝、アステリオス先生に
「ああ、あの、ぽん?なんとかは腹痛のことらしいな?
だいじょうぶだったか?」
と至極真面目に心配されて死んだ」
三人の女子が撃沈しました。
今度はお前たちの腹が大丈夫か。ぽんぽんぺいんしますか?
そうよどんだ目で聞いたキリ子さんに全員が震えながら「ノー」と答えました。
それはそう。
「よくわかったな先生」
「娘さんに聞いたそうです」
「聞いたんか」
「個人的に厳格で真面目な父親からぽんぽんぺいんの意味を尋ねられた娘さんの心境が知りたい」
「娘さんも転生女子だったんだな……」
などと話しながら、紅茶を一口飲んで喉を潤すキリ子さん。
「ねえ、攻略対象じゃないけどサブキャラのリンダスくんいるじゃない。
あの体格の良い大男イケメン。
それが市井の話を聞いて、『ったく、知らないやつから物をもらうなよ。どうなってんだあいつは』って第二王子のバーナード様と第三王子のチェレスタ様との会話の中で言っていたのね。
だから私が近寄って行って『はい、あげる』ってチョコパイ差し出したのな。
「お、くれんの? サンキュ!」
おいおまえ今なんつった?」
また全員が吹いた。本当に、おい、お前なんつった?
「おい」
「過去最速のおまいう」
「お前が言うな」
「いやもうチェレスタ様が『ブッフ』って吹いててさあ」
キリ子さんが遠い目で話し出す。
「ちょっとリンちゃんだってもらってんじゃん」
「あんたねえ、…それでよく人のこと言えたわね…」
「え、いや、その、だってこいつはクラスメイトで知らねえやつじゃ………………………あれ、おまえ同じクラスだっけ?」
そのあとチェレスタ様とバーナード様と一緒に「知らない人から食べ物もらっちゃいけません」って懇々と言い聞かせました。
「知らないやつじゃん」
「おまえが言うなほんと」
「バーナード様が呆れてらっしゃる」
「いやこれあきれるって」
呆れるだろう。呆れないやついるか? いやいない(反語)。
「あ、そういや私も同じクラスだけど私は最推しがバーナード様でね。
もうここが『ドリームナイト』の世界だとわかってからはドキドキで、大好きなバーナード様とフラグがいつ建つのか、とわくわくしていた時期が私にもありました…」
そう、名無しさんが遠い目で話し出す。
「盛大な過去形」
「なにやったの???」
「怒らないから教えてごらん?」
名無しさんはふっと笑って話を続けた。
ある日、廊下を歩いていたら背後から声をかけられたの。
もう声でわかったわね! あの諏○部ボイスでね!
「はっ、はい!」
って元気よく返事して振り返ったはいいんだけど後ろにいたのよ。バーナード様。
しかもあのひと190㎝近くあるじゃん?
要するにぐりんっと勢いよく首回したあげく190㎝の位置まで首上げたんだわ。
ぐぎぃ!って首からすごい音がして激痛走った。
もう絶叫したよね。
「いだだだだだだだだだ!!!!!!」ってなったよね。
バーナード様には心配してもらえたけど痛みでそれどころじゃなかったわ。
ただほかの転生ヒロイン()と思しき女子たちに
「だいじょうぶよ誰もが通る道だから!」
「よくあることよくあること!」
「正面から八時の方角首回してファッ!ってなるのよくある!」
「ストレッチを怠るな!
あいつら背が高いからね油断するとやられるよ!」
ってめっちゃフォローやアドバイスもらいました。
キリ子さんたちが腹筋押さえて机に突っ伏している。
そうだろう笑うだろう。こちらがやらかさなくても向こうからやってくる。
それがフラグクラッシャー。
「なんかめっちゃ既に通った道のやつらがいる」
「まああるあるなんだけどさあドリナイキャラみんな身長クソ高いから」
「ドリナイにハマってから男性の身長の感覚盛大に狂ったまま戻らないオタクです」
「よう私」
「あれ、私がいる」
「ただ『正面から八時の方角首回してファッ!』ってなに」
「勢いよく首回して振り返ってぐぎってやって痛みで『ファッ!?』ってなったやつがいたんじゃね」
「だいじょうぶかそいつ」
呼吸困難になりながらもツッコミの合いの手は止めない。
愛の手です。恵まれない転生女子に愛の手を。
「さてここでドリナイの巨人率の高さに慣れすぎてラインハルト王太子に会ったときにうっかり安心して
「やっぱりラインハルト王太子様は背が低いからほっとするね」
「ほう」
ってやらかした私の話でもしますか」
また盛大に吹いた。今度ぶっ込んだのはもう一人の名無しさんだ。
「待て」
「盛大に自爆すんな」
「アッホ」
「最早フラグが迷子だよ」
「だからフラグは家出してるっつってんでしょ!」
「うちのフラグ知りませんか!?」
なんか逆ギレ気味の方がいらっしゃる。ふええフラグの行方は知らないよぉ。
「この前空に暗雲が出てて風吹いてたから屋上に行って、
「まさか、ヤツが…!?」
ってちょっと厨二発症して言ったら、
「ああ、ついにヤツの封印が解かれたみたいだぜ…」
ってすげーナチュラルにヒューザリオン様出て来てクソびびた」
今度ぶっ込んだのはキリ子さんだ。
残りの三人がまた机に突っ伏す。
腹筋が鍛えられていいですね。
「なんかよくある厨二ごっこ」
「ヒューザリオン様、普段から屋上に常駐してるから」
「バカおまえ屋上行ったらヒューザリオン様とイベント発生するって攻略サイトに書いてあっただろうが!」
「イベント(ただし恋愛イベント除く)」
「それな」
「出現ポイントが屋上だからね。
屋上に出るキャラだからね」
「そんな発生場所の決まったポ○モンみたいに」
「はぁい私、第四王子のターザナイト様と同じクラスのヒロイン()!
先日誰もいない放課後の校舎の廊下で『マックロクロスケ出っておいで~!』って歌ってたら
「あ? 呼んだ?」
って空き教室でサボってたターザナイト様出て来てはい一機死んだ!」
今度話したのはマユ子さんだ。マユ子さんのあだ名の由来は戦闘授業でターザナイト様とペアになったのでドキドキしていたら眉毛を全部(誤って)刈り取られたエピソードに基づいている。
「ヒィ」
「歌うな」
「確かに浅黒い肌のキャラだから二次創作とかでよくマックロクロスケって言われてたけど」
「だからって本人出るなよ」
「おそろしいほどのタイミングの良さ」
「つか残機減ったみたいに言うな一機しかねえわ」
各々腹を抱えながらツッコむ転生女子たち。
そこで不意にさらっと髪を靡かせてキメ顔をしたのは名無しであり「ヘラ子だかカブ子」希望のようなことを言っていた彼女だ。
「私の、話をするときが来たようね」
「すごいキメ顔」
「なにがあった」
「腹筋崩壊の準備は出来ている」
「さあ来い」
名無しさんは仲間たちの応援(?)の声にキメ顔のまま話し始めた。
先日、暑い中校庭歩いてたらふと気配を感じて足を止めた私。
目の前にはターザナイト様。
彼は驚いた顔でこう言ったの。
「あんた、…………………なんかすげーセミの音しねえ?」
ハイ。ついさっき気配がしたと思ったら私の背中にセミがへばりつきやがりました。
「ブッフ」
「待って」
「気配ってそっち!?」
「蝉なの!?」
いやもう背後でミーンミンミンミンってうるせえのなんの。
「なんかすげーセミの鳴き声すんだけど、あんたの声、じゃねえよな?」
んなわけあるか、と言いたいのをぐっと堪え、
「私のスタンドです!」
とどや顔で言い放ちました。
どうも、セミのスタンドを背負った女です。
「おま…っ、おま…っ」
「おまえバッカだろ!!!!!!」
「自分でフラグベキベキって折ってない????????」
フラグ? 知らない子ですね?
ちなみにターザナイト様が去ったあとにセミはひっつかんで自然に帰しました。
ガチ田舎民(転生前)舐めんなよ。
その後、また廊下でターザナイト様に会って、
「あれ、あんた、スタンドどうした?」
「スタンドは家出中です」
って会話しました。
嘘です自然に帰しました。
「だからさあ」
「フラグを、盛大に折っていくな」
「セミのスタンド背負った女とか恋愛ゲームにいてたまるか!!!!!!」
「お前の名前はもうセミ子さんだ!」
めでたく名前がセミ子となった元名無し転生女子の横に座っていた同じく名無し女子がすっと手を挙げました。
「私の、話を聞いていただけますか?」
真剣な表情で、彼女はそう言ったのです。




