第二話 油断せず行こう
私はメエ子と言う。本名ではない。前世の名前でもない。
ただこの世界で、王立魔術学院に入ってすぐ、王子様に出会い、転んだ私の手を王子様が取ってくれてときめいた矢先に、大勢の脱走ヤギに囲まれ、そのままヤギたちによってドナドナされたからだ。
多分ドナ子でもよかった。
この世界は乙女ゲームの世界だ。そしてその世界に転生した女子が大量にいる。
そりゃあれだけ人気のあった乙女ゲームだもの。転生したがってる女子が一人や二人じゃ済まないことくらい理解出来る。
ただし、フラグが建たない。意地でも建たない。絶対建たない。
この世界には、恋愛フラグ絶対へし折る神様が、いる。
「おや?」
昼休み、私は二階の廊下からふと中庭を見て、そこを歩く男子生徒の姿に目を瞬いた。
あれはヒューザリオン様だ。公爵家の跡継ぎにして、攻略対象の一人。
銀髪の美しい髪の儚げイケメンだ。
その実、仲良くなるとなかなかに愉快犯な性格だというのが発覚するのだが、普段は猫を被っているためどう見ても薄倖系イケメンにしか見えない。
そのまま中庭を横切っていくヒューザリオン様を見送ったら、そのあとに王太子のラインハルト様が中庭にやってきた。
どうやらまとわりついてくる婚約者の座狙いの女子たちを撒いたところらしい。
以前はその中に私たち転生女子もいたんだけど、最近は転生女子たちは諦観しちゃってるからね。多分転生女子じゃない玉の輿狙いの貴族子女たちだろうね。
と、考えて、ふと思いついた。
私は制服のポケットから魔法式通信端末を取り出し、ラインハルト王太子の端末にメールを送る。それも、きっちり発信者がわからないようジャミングをかけて、だ。
「今、駅前にいるの」
「今、校門の前にいるの」
「今、中庭の前にいるの」
そう、メリーさんごっこだ。
有名人なのでメルアドくらい知ってるのでね。
しばらくやっていたらベンチに座ってたラインハルト王太子が不意にすっと立ち上がったので「あ、やべ。バレたかな」って思った矢先におそらく購買でパンを買って戻って来たヒューザリオン様を見て、
「ヒューザリオン。…少々話があるんだがいいかな?」
「は? なにが?」
って無関係のヒューザリオン様が連行されてった。
私はヒューザリオン様に合掌した。
「身代わりありがとうございます!」
「おい」
拝んでお礼を言ったら横手から呆れ返った声がかかった。
視線を向けたら三年生の転生女子が立っている。
「あれ、ホシ子さんだ。どうしたんですか?」
「どうしたんですかじゃないわよ。なにさらっとヒューザリオン様を生贄にしているの」
「する気はなかったんですよ。ラインハルト王太子様が勝手に勘違いしただけで」
「自首しなさい」
「嫌です」
「おのれドナ子」
「あ、そうそう。メエ子よりドナ子がいいです」
この学院に通う転生女子には大体なにかしらのエピソードにまつわるあだ名がついている。具体的に神様に恋愛フラグへし折られた時のエピソードのあだ名が。
トンチキあだ名の洗礼を避けられないなら、せめて私が気に入ったあだ名が良い。
「とにかくヒューザリオン様を身代わりにすな」
「あの人、なんか毎回間が悪いですよね。
以前もそんなことありませんでしたっけ?」
「ああ、文化祭のお化け屋敷で休憩していたのにラインハルト王太子を脅かしてびびらせた戦犯だと勘違いされて詰められてたやつ」
「あれ、真犯人は転生女子だったんですよね。
なんでしたっけ」
「キュウ子さんだ」
ああ、そうだキュウ子さんだ。
怖がって抱きついてきたラインハルト王太子といい雰囲気になることを狙って魔法を使って脅かしたらびびったヒューザリオン様が衝立を倒してしまい、その下敷きになって怨霊のような声をあげた転生女子。
「割とヒューザリオン様、ラインハルト王太子関連の巻き込まれ率高くありません?」
「あそこ、幼なじみ設定だからなあ……」
ホシ子さんが遠い目になった。ちょっとヒューザリオン可哀想、とか思ってそう。
「ていうか転生女子本当に多くありません?」
「そんだけドリームナイト好きな女がいただけって話じゃん!
人気ゲームの世界に一人だけしか転生出来ないほうがおかしいわ!」
「それはそう」
それはそうです。自明の理。
「あ、そういや私も以前、ヒューザリオン様がラインハルト王太子に、
「おまえ頻繁に縮めって言うけどおまえの頭が低いだけじゃん!」
って盛大に地雷踏み抜いて強制鬼ごっこしてたの見てるからヒューザリオン様はそういうひとなんだなと把握しました」
「ヒューザリオン様、縦に細いのに身長高いですからねえ。それ禁句」
ラインハルト王太子は身長を気にしています。公式情報。
まあヒューザリオン様は原作()からしていい性格してんなあと思ってたけどね。
そんな話をしながら、ひとまずその日はホシ子さんと別れた、のですが。
その数日後、中庭でランチしようかなと思っていた私の前にホシ子さんが現れた。
「おいメエ子さん、ちょっと面貸しな」
「え? 絞められます?」
「私は絞めない。だが」
そこまで言ってホシ子さんは背後を親指で指さした。
「ヒューザリオン様はなんと言うかなあ!?」
「絶許」
なぜかホシ子さんの後ろに、ヒューザリオン様がいた。
そんなわけでひとまず人目を避けるため、屋上に移動した。
いいよね。屋上。転生してから気づいたの。
屋上って入れるのかなって。
普通さ、屋上って生徒立ち入り禁止じゃん!?
でも漫画の世界の屋上の登場率半端ないじゃん?
屋上行ったら普通に扉開いてるのね!
さすがゲームの世界!
自由に出入り出来んのね!ってハッスルして行ったわ。
来て気づいた。
私、特に屋上行きたいって思ったことねえじゃんって。
「ということなんだけどメエ子さん」
「あ、はい?」
「聞いてなかったか? あ? 怒りのワンスモアするか?」
「アデリーペンギンのようなガン付けやめてくださいすみませんでした」
気づいたらホシ子さんに睨まれていた。本当すみません。
「もう一回話すから、ちゃんと聞いてね」
そうため息を吐いたホシ子さんが話し出す。
「まず一昨日、屋上に薄い本持って行って読んでたのよ」
「ちょっと待って」
「え? なんで?」
「なんでじゃないですよ。なにさらっと薄い本って話してるんですかヒューザリオン様聞いてますよ。ていうか薄い本を学校に持ってくるんじゃない」
「舐めんな。私の前世では中学校に持ってくる猛者がいた」
「あなたの前世の猛者は例外です」
ちなみにここは小声です。ヒューザリオン様に聞こえたらまずいので。
でも薄い本はばっちり聞こえちゃった、よね?
「ていうかこの世界に薄い本ってあるんですか?」
「多分転生した女子たちが製造から販売の販路整えた。
ほら、みんな貴族子女だから」
「これだから金持ちは」
「ブーメランブーメラン」
まあ私も貴族子女だから金持ちですが。
「だから薄い本持って行って読んでたのよ。
そしたらガチャッて扉開いてさ、
馬が来た」
「はい???」
「馬が来た」
「あの、それは、ホシ子さんの頭をむしゃあしたお馬さん?」
「もしそのお馬さんだったら私の薄い本は無事じゃない」
ホシ子さんはよどんだ目で仰った。
まあ確かに、もぐむしゃあされている可能性はある。
でもじゃあ馬ってなんなんだよ。
そう視線ににじんでいたのだろう。ホシ子さんは話を続けた。
「馬面マスク被ったやつが来たのよ」と。
もうかわいげの欠片もないリアルな馬面マスク。
見つめ合う私と馬。私の手には薄い本(触手系)。
馬はすっと背を向けるとダッシュした。
私は焦った。
焦ったけど相手の名前がわからない。
「う、馬アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
「咄嗟に出たのがこれでしたね」
そう遠い目で語ったホシ子さんに、私は撃沈した。
うずくまってヒーヒー言う私に、ホシ子さんが「死ぬなよ。ナハ子さんの二の舞になるぞ」とか言っている。
そういえばあの人、先日蝶葬の刑に処されたんだっけ。気をつけないと。
いやでも、馬ってどういうことだよ。
「なんで馬面マスク装備したやつが貴族学校にいるんですかねえ。
つか薄い本(触手系)見られたってやべーな」
「いや本当それなんだけど、だからって『馬アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』は草だった」
「どんなスリラー映画だよ」
「いや明らかにコメディだろ」
そうツッコミつつ、ホシ子さんは話を続けた。
私はその馬を探した。
しかし相手は男子生徒だったために足が速くもうどこにもいなかった。
顔がわからないので探しようがない。
屋上で出会ったあの馬は誰…!?
「そんなあなたい○ご100%じゃねーんだから」
「正体不明の美少女を探すみたいなアレだけど相手は馬ですからね」
「馬面100%」
「ブッフ」
ツッコんだらホシ子さんが吹きだした。
むしろ「馬の名は」では、と思った。
ただ一応心当たりはあって。
ヒューザリオン様ってよく屋上に出入りしてるじゃん。
おまけに愉快犯じゃん。
まさかアレはヒューザリオン様では?と思って。
ただ普段、気配消してるから見つけるの難しくてね。
だからこんなもん用意してみた。
と説明してホシ子さんは端末を取り出し、撮影した画像を見せてくれた。
【よくある木の棒で支えたザルの下に魚の干物らしきものがある画像】
吹いた。
「漫画の古典的罠!!
おま、そんな獣の罠じゃねーんだから!
今時こんな罠に引っかかる獣自体いねーよ!」
「完全に敬語どっか行ってるがキャラブレ大丈夫かなメエ子さんや」
「私モブなので問題ないです。
ていうかザルちっさ!」
「そんな人が入るようなでかいザルが現実に売ってると思うなよ!?
だいたいそんなもんがあったとして学院に持って来たら生活指導の先生に御用改めされんじゃん!
そもそも学校に持ってくる道中クッソ目立つじゃん!
このザルだって鞄の中に入らないからって頭に被ってきたらおまわりさんに
「え、きみ、あの、それはヘルメットの代わりかなにか?」
ってすごく奇怪なものを見る目で聞かれたからな!?」
「ヒィ」
もう笑った。呼吸困難になるほど笑った。
なにやってるんだホシ子さん。
ていうかずっと黙っているヒューザリオン様が怖い。
あとなんで私呼ばれた?
「大きめの袋に入れるんじゃ駄目だったんですか?」
「そんな都合の良い大きな袋が必ずしも家にあると思うなよ」
「それはそう」
「ともかくそんな罠を設置した結果」
【魚の干物を手に掴み、ザルを頭に被った男子生徒】
「獣か!!!」
「馬が、古典的罠に引っかかっている」
なんということでしょう。
馬面マスクが、古典的罠に引っかかっている。
「あとこの罠の下に置いてある缶詰なに」
「ヒューザリオン様の好物の隣国スウェーテンの特産品、シュルストーレミング」
「テロ物質じゃないですか」
「テロってないからいいんだ。開けてないからまだテロってないんだ!」
そう、この世界は日本産の乙女ゲームなので、現代日本の知識がちょいちょい挿入されている。
隣国スウェーテンはあのスウェーデンだし、その特産品シュルストーレミングは世界一臭いニシンの缶詰シュールストレミングのことだ。
オマージュってやつだ。
よく考えるとこんな儚げビジュアルしといてすごいゲテモノ好きだなヒューザリオン様。
「そして私は懇々とヒューザリオン様に諭しました」
「というか今時こんな古典的罠に引っかからないでください。
獣か」
「だって俺のシュルストーレミングが!」
「正直者にはそのシュルストーレミングをあげましょう。
あの馬の名は?」
「ヒューザリオンです!!!」
ってわけでその魚の缶詰はヒューザリオン様に進呈しました。
公爵邸でテロが開催されることは些細な問題なのだ。
「ていうかなんで馬だったの?」
「いやなんか俺には覚えがない罪をラインハルト王太子に着せられて逃げてた」
「覚えのない罪?」
「どんどん迫ってくる現在地を告げるだけのメールをラインハルト王太子にしたとかって」
そこまで言って、ホシ子さんはこちらに指を向けた。
ヒューザリオン様もこちらを見た。
「おい、メエ子さん、お前の仕業じゃねーか」
「誠に申し訳ありませんでした」
五体投地しました。誠に申し訳ありませんでした。
「本当にマジすみません。いや馬じゃなくても薄い本見られたら死ねるが」
「いやそもそもラインハルト王太子を怒らせたからって馬にメタモルフォーゼするヒューザリオン様もどうかと」
「それな」
「俺が悪いことにすんない。
だってラインハルト王太子怖いんだもん。頻繁に魔法使って足払いかけて転ばせて来るし」
「ああ、あのクアッとしてカッとなる技か」
「ブッフ」
なんかヒューザリオン様が吹いた。私はなんとなく思ったことを言っただけだったが。
「え? だって王太子がクワッと目をかっぴらいた瞬間に発動するじゃん?」
ヒューザリオン様が腹を抱えた。
「クアッとして絶望」
転ばされる側からしたらクアッとして絶望じゃないのかとね。
「クアッとして絶望」
ホシ子さんまでヒーヒー言って笑いだした。
人づてに聞いたナハ子さんの二の舞にはならないようで安心しましたが、まだ油断は出来ないぞ。
というわけで、これからも油断せず行こう。




