第一話 ここはそういう世界です
王立魔術学院。ここには王家の子息と、国中の貴族たちが通う。
現在は王家の王子たちが在籍しているため、お近づきになろう、あわよくばその婚約者に、と願う貴族の子女たちが多い。
今もほら、廊下を歩く王子たちに群がる貴族の子女たち。
そういう時は、私は決まってこうするのだ。
「ファイトー!」
「「「いっぱーつ!!!」」」
元の世界で有名だったCMのかけ声をしたら、それに反応して追従したのが十人くらいいた。
王子たちが困惑している。その約十人以外の貴族の子女たちもである。
追従した一人と目が合った。「覚えてろ。この野郎」という顔をしていた。
乗っかるほうが悪いのである、と思いながら、私はその場を離れた。
異世界転生、というものをご存じだろうか。
私の前世の世界では、そういったお話が流行だった。
好きなゲームや漫画の世界に転生し、美しい男性と恋に落ちる。
そんな物語だ。
まあそんなもの、漫画の世界だけだろう、と思っていたら本当に異世界転生してしまった。
この世界は大好きだった乙女ゲーム「ドリームナイト」の世界。
しかし、考えてみて欲しい。そのゲームは覇権ジャンルというほどに人気のある乙女ゲームだった。
ならば、そんな世界に転生したいと望む女が、一人や二人で済むだろうか。
答えはこれである。
この世界には、約百人を超える転生女子がいた。
学院の廊下を歩いていた私は、向かいから歩いてきた一人の貴族子女に軽く手を振られて足を止めた。
「こんにちは、ホシ子さん」
「どうも、ナハ子さん」
「またヤジ飛ばしてたわねあなた。いい加減にしないとガチ叱りが発生するわよ」
「乗っかってくるほうが悪いのよ」
「あれに乗っからないのはアラサーアラフォー女子には無理だって」
などと会話しながら、一緒に歩き出す。
ホシ子さん、というのは私のことだ。
もちろん前世の名前ではないし今世の名前でもない。
単純に攻略対象である王子と学院で世話をしている馬に餌やりをしていた時、干し草のくっついていた私の髪を馬がもしゃあ、と食み、それを王子が必死で「ぺっしなさいぺって!」と助けようとしてくれた経緯から、私のあだ名はホシ子さんになった。
王子と二人きりになれば、恋愛イベントが発生するだろう。
そう思っていた時期が、私にもありました。
ちなみにナハ子さんは役員の仕事で帰宅が遅くなった時、王子と二人きりで帰ることになったため、これは恋愛フラグ!?とドキドキしていたら幽霊が現れ、王子が悲鳴を上げて逃げたので、怒りに震え、
「悪い霊はいねがー!!!」
と悪霊を滅するなまはげになった、という経緯からなまはげの「な」と「は」を取ってナハ子さんになった。
ちなみにナハ子さんの活躍により、学院に巣くっていた悪霊はほとんどが消滅したらしい。怪我の功名だ。
「で?」
「で? ってなにが?」
「フラグ」
「建つわけないでしょ。建ってたらこんなところでふらふらしてないって」
「そうなのよねえ~」
私はナハ子さんと一緒に深いため息を吐いた。
ここは乙女ゲームの世界。だが私たちは乙女ゲームのヒロインでも悪役令嬢でもない、その辺のモブに転生した。
故にか、全く、恋愛フラグが建たない。
いや、前言撤回する。ヒロインでも悪役令嬢でも建たなかった。
「知っている? 男女の友情は成立するのよ」
そう、ピュアな目で言い放った悪役令嬢の発言を覚えている。
この世界、とにかく攻略対象とは全くフラグが建たない仕様だった。
約百人いて一人もフラグが建たないんだから察してくれ。
だからか、段々おふざけに走る女子が出て来た。自棄ってやつだ。
不意に視界を女子の一群が通り過ぎる。
「ねえねえ、大通りに出来たカフェテリア行ったことある?」
「なにそれ知らない。美味しいの?」
「パンケーキとカフェラテが美味しいの!」
「じゃあ行く。行こう」
「私も!」
などとまさしくJKのごとくきゃっきゃする女子たちが歩いて行くのを遠目に眺め、
「ご覧なさいナハ子さん。あれが本来の目的を忘れ、JKに若返ったことにヒャッハーするアラサーアラフォー女子たちの姿よ」
と私は死んだ目でコメントした。
「あー、私そのあたりよくわからない。私、前世二十代前半の女子だったから」
「私はアラサーだったから気持ちちょっとわかるんだけどね。
アラサーアラフォーがJKに若返ったらハッスルしちゃうって」
そう、さっきの一群の女子たちも同じく転生女子たちである。
だが彼女たちは本来の目的(攻略対象と恋に落ちる)を忘れ、JKに若返ったことに喜び、JKの日々を謳歌することに夢中である。
まあ、そもそも全くフラグ建たないんだから正しい判断かもしれないが。
「そういえばホシ子さん、なんかやらかしたの?」
「そこフラグ建った?じゃなくなんかやらかした前提で聞いてくるの痛い」
「事実だから」
さすがナハ子さんは容赦と遠慮がなかった。
「いや、ほらさあ、私、アラサーだったから、学校の勉強なんて十年以上久しぶりだったわけなのね?」
「うん」
「勉強ついていけねえ」
「そこから? まずそこの問題から?」
「うるさい! 数学? 外国語? わかるかボケ!」
まあ元の世界の学問とは内容が全く違っていたが、例えここが現代日本だったとしてもいきなりJKに若返ったら勉強についていける自信がない。
そもそも一時間集中して勉強がしていられない。
スマホとネットに甘やかされた弊害というやつだ。
「しかもこの学校、王立魔術学院だから。
王国の一流の子女子息が通う学校だから勉強のレベルが高くて、……難易度ナイトメアかよ神様」
「あなたの難易度って偏差値なんだ」
「偏差値ナイトメアかよ神様」
そうなのだ。まず勉強についていけない。
問題はそこからだった。恋愛? そんなのしている暇があるかい。
「とにかく勉強ずっとやってたのね。
そしたら昨日、声かけられて」
「声? 誰に?」
「第一王子のラインハルト王太子」
「攻略対象じゃん。フラグ建ったなら言え。ドロップキックの刑に処す」
「いや待って話聞いて。そもそもフラグ建つ以前の問題だったの」
そうして私は語り出す。あれは昨日の三時間目のこと。
机にかじりついて勉強していた私にかかる、涼やかな声。
なんだよ邪魔するなよ、と顔を上げて私は固まった。
目の前に王太子様バーン!キラキラスマイル王子様バーン!めっちゃ睫毛長いクソイケメン様バーン!
「目がっ! 目ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
思わずムスカになった。
「ぶっふ」
話を聞いていたナハ子さんが吹いた。気持ちわかる。
「お前、よりによって王太子にそれはあかんよ。
ムスカはあかんよ」
「なんかクッソイケメンがいることは認識してたのよ。
でもまさかラインハルト王太子だとは思ってなかった私の心境を察して欲しい」
「ごめんだけどムスカは共感出来ない」
「ムスカには共感しなくていい」
なんの話?と思うやりとりをした後、私は「まだ続きがあるんだ」と仕切り直した。
そう、目の前にラインハルト王太子。クッソイケメン様バーン!
目がムスカになった私に、ラインハルト王太子は「え?」と不思議そうに首をかしげた。
「ちょちょちょ、近い近い近い!
顔が近い!
きみみたいなクッソイケメン間近にいたら目がびっくりするわ!
存在自体がバルス!!!!!!!」
これでクラスメイトの何人か吹いた。
ラインハルト王太子が意味わからなかったらしくて首傾げたんだけどそれがまた様になっててクソかわいくてさ。
「目ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
ってまた叫んだ。
クラスメイトからのあだ名が「バルス」になった。
そこはムスカじゃないんか。
話し終わった私に、隣を歩いていたナハ子さんがうずくまってヒーヒー言っている。
うるさい。私だってやらかしたと思ったんだ。
だからってイケメンの免疫ない女子の眼前にいきなりキラキライケメン様バーン!はオーバーキルだって。
いや本当、びっくりした。
「そ、それ、そのあとどうしたの」
「大丈夫か。笑いすぎて引き付け起こしたみたいになってるぞ」
「いいから続き」
「死にたいのか貴様」
えー、続き? なんかセミファイナルの蝉にトドメを刺すようで気が進まないんだが。
まあこのおかげでクラスメイトの女子と仲良くなれたので良しとする。
一時私が王太子様に勉強教わってたから王太子狙いの馴れ馴れしい女子認識されてたらしいんだわ。
でもこの一件で私がそもそも王太子を認識してなかったってことがわかったらしくてね。
「ちなみに今まで殿下をどう認識してたの?」
って聞かれて、
「なんか赤いのがいるなあ…?」
って答えて王太子ファンの腹筋を刈り取ってしまった。
ラインハルト王太子様ね、髪が赤いじゃない。
だからなんかちらちら視界に赤いのがよぎるなあ赤いのがいるなあ、くらいの認識でしたねハイ。
「なんか、赤いのがいるなあ……っ」
「おい大丈夫か。本当にセミファイナルの蝉になってるぞ」
「ひどい。全方位にひどい。ホシ子さんは謝って全ての女子に蝉を進呈するべき」
「え? 欲しいの? セミファイナルの蝉」
「いらん」
いらんなら言うなや。
「追加の話あるけど聞くかい?
セミファイナル子さん」
「新しいあだ名やめろ。聞く」
「聞くのか」
大丈夫か。ナハ子さん笑い上戸っぽいけど。
「そんな大したことじゃないけど、王太子ファンと仲良くなった私はかねてからやってみたかったことを実行に移したのね。
そう、イケメンにきゃーきゃー言ってみたかったんだ。
前世?の私はオタクだったのもあってなんかこう、三次元のイケメン眼中になかったんだ。
だからぶっちゃけイケメン俳優とかに『きゃー!』って言うの楽しいのかな?って興味あってさ。
で、ファンの子たちに混ざって黄色い歓声あげてみたんだ。
廊下を颯爽と歩く王太子様を見つめながらファンの子たちに混ざって、
「ラインハルト様の! ちょっといいとこ見てみたい! ハイ!」
\\ラインハルト様の! ちょっといいとこ見てみたい!!!//
ファンの子たちがついわたしのヤジをそのままリピートアフターミーしちゃってた」
そこまで話したところで、足下でグフッと呻く声が聞こえた。
見るとナハ子さんが地面に倒れていた。
しまった。トドメを刺してしまった。
ちなみに前述の話はあとでファンの子にしこたま怒られたんだけどね。
「君」
不意に声をかけられて、私はナハ子さんから視線を動かす。
すると、こちらに向かって歩いてくるラインハルト様の姿が。
艶やかな赤い髪、サファイヤの瞳、見るからに王子様という風貌の麗しい青年だ。
以前ならここで「もしかして恋愛フラグが?」と期待してドキドキ出来たが、人間は学習する生き物である。
「はい、なんでしょうか」
「そちらの、死にかけの蝉のようになっている女性は無事かい?」
その気遣った発言に吹き出しそうになった。
王太子様から見ても死にかけの蝉に見えるか。
よかったなナハ子さん、名実共にセミファイナル子を名乗れるぞ。
「ちょっと、ツボにはまってしまったようでして。
少し落ち着けば……」
「ならば私が医務室に運んで来よう」
この発言に私が「え? 恋愛フラグ? なにそれ羨ましい!」となると思ったか?
甘い。私はあらゆる修羅場(笑いの)を乗り越えてきた猛者。
まさか素直に恋愛フラグが建つわけあるまい、と菩薩の心境で見守っていた。
ラインハルト王太子がナハ子さんを抱きかかえ、持ち上げる。
女の子憧れのお姫様抱っこだが、ときめいている余裕はナハ子さんにはなかっただろうし、私も羨む余裕はなかった。
「うわあ! 捕まえていた魔蝶が!」
どこからともなく現れた沢山の蝶々が、一斉にナハ子さんにまとわりついてその姿が見えなくなる。
まるで身体を乗っ取られたようだ。まるでカフカの変身だ。まるで蝶々に寄生されたようだ。
「ああ、すみません! その魔蝶、全部オスでメスを求めていたみたいで!」
と魔蝶を逃がしてしまった昆虫研究会の生徒が駆け寄ってくる。
私は蝶の群れに覆われているナハ子さんを眺め、一言。
「さすがに可哀想だろうよ」
もうちょっとこう、恋愛フラグをへし折るにしてもなにか優しい方法なかったんですか神様。
恋愛フラグ絶対へし折る神様が、おそらくこの世界には、いる。




