”ケリ”
放課後。
校舎裏は、まるで幕が上がる直前のステージみたいに静まり返っていた。
逃げ場はない。
でも――もう、逃げる理由もない。
俺はスマホを握りしめたまま、タカを呼び出した。
やがて、足音。
ゆっくりと、観客みたいに現れる。
タカが、俺を見て鼻で笑った。
「はるた?
お前、まだそんな格好してんの?
……で、麻衣ちゃんは?」
俺は、一歩も引かずに答えた。
「麻衣は来ない。
お前には似合わない。
それを言いに来た」
空気が、ピンと張る。
タカの目が細くなった。
「は?
俺は麻衣ちゃんに用があるの。
そんな気持ち悪い格好してるお前に用はねぇよ」
――来たな。
俺は、小さく息を吸った。
「……そうか。やっぱり気持ち悪いか」
一歩、踏み出す。
「でもお前、この前の学祭で――
俺がこの格好でステージに立ったとき、肯定してくれたよな」
タカは、舌打ち混じりに笑う。
「は?何を今更。
ちょっと目立ったくらいで勘違いすんなよ」
その言葉が、胸に刺さる。
でも――もう、折れない。
「別にお前みたいなチビ、相手にする気もなかったしな」
拳を握る。
殴るためじゃない。
自分を、ここに留めるためだ。
「……そうか」
ゆっくり、言葉を置く。
「じゃあ、俺は“仲間”じゃなくていい」
視線を上げる。
「でも、麻衣も、エリも、カナも、ミキも――
俺の“仲間”だ」
一瞬、空気が止まる。
タカが眉をひそめる。
「は?笑わせんなよ」
俺は、拳をほどいた。
「笑われてもいい。
俺はもう、“選ばれる側”じゃない」
胸の奥から、言葉がまっすぐ出てくる。
「自分で選んだ場所で、自分の姿で立つ。
それが――俺の“Ms.unknown”だ」
風の音だけが通り抜ける。
その瞬間、はっきり分かった。
もう俺は、こいつを“怖い存在”として見ていない
タカは苛立ったように俺を突き飛ばした。
体がよろける。
でも、倒れない。
「……チッ。麻衣ちゃん来ねぇなら意味ねぇわ」
背を向ける、その瞬間――
足音が、割り込んだ。
「おい」
低い声。
麻衣が、一直線に歩いてきた。
そして、迷いなくタカの胸ぐらを掴む。
「今、何した?」
空気が、一気に変わる。
タカは一瞬ひるむが、すぐに笑顔を作る。
「麻衣ちゃん!いやいや、ちょっと当たっただけ――」
「黙れ」
一言で、切り捨てる。
「用があるんだろ?
聞いてやるよ。言え」
タカは咳払いして、声を整えた。
「……俺さ、麻衣ちゃんのこと気になってて――」
語り出す。
見た目、努力、家の事情。
――軽い。
全部が、軽い。
「あん?」
麻衣の顔が、ゆっくり歪む。
「誰がお前に、あたしの家のこと話した?」
空気が冷える。
「“自分磨き”?
あたしはお前のためにやってねぇよ」
一歩、踏み込む。
「好きならさ、先にはるたに謝れ」
タカの表情が固まる。
「こいつはな、ひたむきに努力するやつだ。
それを踏みにじった時点で、お前は終わってんだよ」
そして、決定的な一言。
「それが分からねぇやつとは、口もききたくねぇ。
――消えろ」
タカが舌打ちする。
その音に、過去の自分が一瞬よぎる。
でも――もう違う。
俺はスマホを差し出した。
画面には、あの動画。
笑い声。コメント。
「……お前だろ」
タカは肩をすくめる。
「知らねぇよ。勝手にやったんじゃね?」
そして、吐き捨てる。
「努力?誰でもやってるだろ。
認められなきゃ意味ねぇんだよ」
その言葉を、俺は受け止める。
――でも、もう揺れない。
(違う)
心の中で、はっきり答える。
(俺は、自分のために変わった)
それは、誰にも奪えない。
タカの背中が遠ざかる。
もう、追わない。
もう、必要ない。
ただ――
“過去”が、離れていくだけだ。
しばらく、誰も動かなかった。
ミキがこっそり、舌を出す。
エリが吹き出す。
カナが息を吐く。
空気が、ほどける。
俺も、ゆっくり息を吐いた。
そのとき――
麻衣の手が、肩に触れる。
少しだけ、震えている。
「……よくやったな」
その声は、小さいのに、まっすぐ届いた。
俺は、うなずいた。
言葉はいらなかった。
胸の奥で、何かが静かにほどけていく。
――この瞬間。
俺はもう、“舎弟”じゃない。
麻衣の隣に立つ、一人の人間だ。




