抗争
「ここは危険です、歩けますかい?止血はしときました。ワシが道作りますんで。今のうちに、早く逃げてくだせぇ」
体の至る所から焼けるような激痛が走る。視界が霞む。いたい。歩けるわけないじゃん。
見たことない量の血出てるんですけど、喋る体力ももう残ってないっての。
指一本動かせない自分を見かねたのか、男は私の手から拳銃をもぎ取ると、無理やり私のズボンの隙間にねじこんだ。
おかげで両手が使えるようになる。それを確認するとスーツ姿の男は飛び出して行った。
「いぬい!!モグラはどこや!ビビっとるんか!天下の土竜組の組長はそんなつまらん男だったんかぁ!」
スーツの男が飛び出すのと同時に荒々しい男の怒号、そして3度にわたる強烈な破裂音が響く。
っば、銃声なんて初めて聞いた。
『近い。さっきの黒スーツの男は僕を逃すと言って消えてしまった。響く銃声。ビビってる?誰が?組長が。つまり組長は今、逃げ隠れている。僕は「オヤジ」と呼ばれていた?もしや僕がその組長?辻褄があう。土竜組、聞いたことないな。見つかってはいない。一刻も早く逃げ道を探さなければ。ここはどこだ?』
体中が悲鳴をあげている、腕動かすのにも精一杯なのに、頭だけがやけにスッキリしていた。
仰向けに寝かされている今の自分には、清々しいほどの青い空しか確認できない。耳からの情報のみで現状を把握する。
少しだけ首を回すとドラム缶までは見えたけど、肝心の体が動かないんですけど。
ずっと仰向けで空見続けることしかできない。
助けてぇ。
『地面はコンクリートか。ん?地面がかすかに揺れてる。車かな?近づいてる。また銃声。車が来たら発砲し始めた。車と銃乱射男は敵対関係。人が移動していく。車を追って行ったか。逃げるなら今か。動かない体はどうする。傷はどこだろ。大きな傷は腹と左肩に一発ずつくらった銃弾か、特に腹にやられたのが致命傷。人気が完全になくなった。動くなら今しかない。』
ここで踏ん張れなかったら死ぬ。死にたくない。なんで僕が死ななきゃいけない。絶対に生き残る。
荒い呼吸を整え、深呼吸。意識をどくどくと痛む傷口から少しでも遠ざける。
脳が痛みを感じるよりも早く取るべき行動を思考し実行に移す。
体を揺さぶり勢いをつける
よし、なんとかうつ伏せになれた。ここまで来たらあとは、、あとは、、、どうするんだ?
逃げるって言ったって、こんな状態でどこにどう逃げれば…
『だけどうつ伏せになれて見える世界がだいぶ変わった。転がっている一丁の拳銃。人の死体。海。車の形を保つ錆びた鉄屑。大量のコンテナ。大きなクレーン。船。船!乗り込めるか?距離およそ15m、行ける。ここはコンテナ港か、海の匂いがするわけだ。コンテナのせいで視界が狭い、これじゃいつ敵が出てくるかわからない。銃は拾っておいた方がいいか。立てるか?いや、立てなきゃ間に合わない。』
一番痛む箇所を手で抑える。こうしていた方が幾分か痛みがマシなような気がする。
それに乗じて一気に体を起こし立ち上がる。正直なぜ今の状態で立ち上がれるのか自分でも疑問だが、おそらくこの肉体自体が強いのだろう。
以前の体ならとっくに死んでいてもおかしくない
顔をあげ、自分の進むべき道を捉える。
船までは一直線、だがそこまでの道には障害となるものがゴロゴロ転がっている
大量の血を流し、ぴくりとも動かなくなった死体に目が惹かれる。そのすぐ隣には拳銃が落ちていた。
拾った方がいいかな?すでに拳銃は腰に一丁狭間っている。これ以上は必要ないかもしれないが護身武器は多い方がいい気がする。
死体のすぐそばまで来た。死体によくあるという腐ったような匂いはしないが、錆びた鉄のような匂いがあたりに漂っていてそれはそれで臭い。
大量に流れ出た血液が靴裏にべっとりと付着する。そばに落ちていた拳銃に手を伸ばす。
うわ、びっちょびちょ、我慢。我慢。
まだ遠くで車が暴れている音が聞こえる。
正確には車を狙っているであろう銃声がこちらまで聞こえてくる。きっと、道を作ると言って飛び出していったあの男の仕業だろう。そのおかげで、順調に船に近づける
ここで倒れたらあの人の苦労も水の泡。一瞬たりとも気は抜けない。
少し。
あと、少し。
小舟に逃げ込むという案が現実味を帯びてきた。
「動くな。その手に持ってるチャカ捨てて、手ぇあげろ」
やば
『後ろから声。威圧的。味方ではなさそう。一人?見えない。チャカ?銃のことか。従うしかない。それとも撃つか?銃なんて撃ったことない。外したらどうする?リスクが大きい。従うか。大丈夫、まだ殺されない。これを捨てても、銃はもう一丁ある。拾っておいてよかった。』
「ま、そんな肩じゃまともに撃てやしねぇじゃろ。あ、島柄さん?、見つけやした。土竜の組長もうくたばりかけっす。立ってるのもやっとって感じで、え?まだやるな?わかりました。」
電話を始めたらしい。相手は敵のボスか?指示役か?。
どうする。
銃を捨てはしたが、腰に刺しておいた銃がまだ残ってる。
これで油断して近寄ったところを一発ドカン。
これしかない。
できるかな。
やるしかない。
「なあ、きみ。名前はなんていうんだ?」
「は?関係ないじゃろ、状況わかってんのか?」
「田舎のお母さんが泣いてるぞ」
破裂音。
瞬間、空気が裂けた。
違う。顔のすぐ横を弾丸が通過していった音。
こっわ。無理かも。
「お袋はもう死んだよ。次、ふざけたこと抜かしたらぶち殺すぞ。」
だめだ、腰に手を伸ばすことすらできない。
少しでも動いたらやられる。
天国のお母さんって言っとけばよかった。
「おっそいのう、島柄さん。まぁ相手が相手か。それに比べて、お前はなんだ。プルップルッ肩振るわせて、それが天下の土竜とまで呼ばれた組を旗揚げした組長の最後か、今のお前はまるで女子高生じゃ…」
パァン!
破裂音がまた響く。男の声が銃声にかき消され最後まで聞き取れなかった。
音の大きさからするとかなり近い場所での発砲。
「おーい?何かあった?」
発砲覚悟で質問を投げかけるが返事がない。
そっと腰に手を伸ばしながら振り向く。
死んでる…
さっきまではなかった死体が一つ増えている。
さっきの銃声か?
車が暴れる音はいまだに健在。
姿は見えないが、銃声は近くで聞こえた、こいつを殺した犯人が近くにいるはず。
「そこにいるの?助けて!もう動けない!」
カツカツと足音が聞こえる。近づいてくる。
奥に積まれていたコンテナの影からぬっと人影が現れた。
なんだこの緊張感?
その人影は最初に出会った黒スーツと同じスーツを着ている。ただ、血は一滴もついてないし、履いてる真っ黒な革靴は眩しいほどピッカピカに輝いている。
両手に黒い手袋をはめ、その右手には硝煙の漂う特徴的な銃を握っている
「もしかして味方?助けて!」
へ?
男は持っていた銃を持ち上げ、銃口をこちらに向けてきた。
もしかして味方じゃなかった?
「もぐさんは簡単に『助けて』、なんて言わない。お前は誰だ?」
はぁ?めんどくさー
知るわけないでしょ、誰よ。もぐさんて
この状況から推察するに、今のこの体の元の人物が『もぐさん』なのだろう。
「そのことについては後で説明するから、まずは救急車呼んでくれませんか?」
「何か事情があるみたいだな。悪いがこんなとこに救急車なんて呼べない。俺が病院まで運ぶ。車持ってくるから待ってろ、このあたりに島柄組の連中はいねえ」
味方なの?
よかった、助かったっぽい、やったよ、ななちゃん。
だめだ、安心したら思考が
さっきからずっと眠かったんだよ
もう寝ていいかな
疲れた
このまま、ソファの上で目覚めてくれないかな。
そんな都合よくはいかないか
『真っ白な天井。明るい照明。フカフカのベッド。白い掛け布団。それを囲む緑のカーテン。病室か。助かったか。ズキズキと痛む肩と腹。包帯が巻かれている。すぐそばの椅子に人が座ってる。返り血黒スーツか。目元が腫れてる。服は着替えたらしいが靴に返り血がまだ付いている。あれからそこまで時間は経ってない。』
「オヤジ?起きやした?よかったぁ!もう目ぇ覚さないじゃないかって、、俺、俺ぇ」
「何があったの?」
「何が?」
「覚えてないんだ。」
「マジですか?」
「マジ、記憶がない」
「ちょっと待ってくだせぇ、今あいつ呼びやす。」
あいつ?あの手袋スーツか。
「もぐさん起きたって?」
「ああ、でも記憶がないって」
「やっぱりな、様子がおかしかったんだ。そうか記憶が、」
記憶がないって設定で乗り切れるか?
「なんて、言うとでも思ったか?」
なんじゃこいつ
「記憶なくなったやつは記憶なくなったなんて言わねえよ。まぁ、無事でよかった。医者が言うには軽傷らしい」
軽傷?




