変身
ある朝、田宮五郎が気がかりな夢から目ざめたとき、自分がソファの上でひとりの可愛い女の子に変ってしまっているのに気づいた。
ってか?グレゴールじゃあるまいし。
これが神の言ってたシャッフルってやつか、変に現実味のある夢だとは思ってたけど、やはり現実だったか。
今、何時だ?
目の前の机の上にデジタル時計が置いてある。
五時三十分、火曜か。そういえば、昨日は月曜だったな
それにしても、首が痛い。ソファなんかで寝ているから、あちこちがガチゴチになってる。元の体の持ち主はどんな生活を送ってたんだ?
床には脱ぎっぱなしになっている服が散らばってるし、髪もなんだか油っぽい、そもそもこの時期にシャツとパンツだけで寝てる時点でどんな人間だったか透けて見える。
まずはここがどんなところかを知る必要があるな。
家には私ひとりしかいない様だった、住宅街の二階建ての一軒家。
最初に寝てたソファがあった場所はリビング。キッチンとダイニングも一緒になってるLDK仕様
二階にはこの体の持ち主の部屋と思われる部屋がある。が、最近は使われてなさそうだ。
リビングには大きなソファとテレビ、大きなローテーブルが置いてある。
経済的に余裕がある家庭だったことが伺える。
ローテーブルの上には朝に見た時計の他にノートパソコンとレンジで調理するタイプのご飯のゴミ、スープが中に入ったままのカップ麺の残骸。
リビングにその他のゴミがないことを見るに、それらは最近できたゴミだと予想できる。
大方、昨日の晩御飯と言ったところか。
家を探索中に見つけたカレンダーには三日前から海外出張という矢印が七日後まで伸びていた。
おそらく、今家にいない家族は皆海外に出張しているのだろう。
最初は少し散らかってるかと思ったが留守番三日目だとすると家は綺麗な方だな。
きっと奈々狩に任せたらそうはいかないだろうな。
カレンダーを遡ると、昔から海外出張が多い家のようだ。それならばこの留守番慣れ感も納得できる
状況は把握した。とりあえずこれからのことはシャワーでも浴びながら考えるか。
さっきからぴょんぴょんということを聞かない寝癖がうざったい。
「あ゛ぁ〜やっぱ風呂はいいなぁ、身体中の疲れという疲れが洗い流されていくのを感じる。」
シャワーだけじゃ物足りないかと、風呂を沸かしといてよかった。シャワーじゃ味わえない幸福感。
こんな体になっても、オヤジくさいは「あ゛ぁ〜」が自然と出てくる
湯船の中では冷え切ったつま先がジンジンと痺れ、腕や太ももに鳥肌が立つ。
入浴剤のヒノキの香りがさらに心踊らしてくれる。
朝をこんなに落ち着いて迎えられたのはいつぶりだろうか。
奈々狩がもうちょっとしっかりしてくれればな…。
奈々狩といえば、床に散らばってた制服。奈々狩の通う高校と同じものだった。
試しにマップのアプリで現在地を確認してみると周囲の建造物は見覚えのある建物ばかり、学校との距離もあまり離れていなかった。
今日は平日か。
学校に行った方がいいのだろうか。
いや、危険すぎるか?話したことどころか、みたこともない人と今まで付き合いがあった風に話を合わせるなんて芸当ができるとは思えない。
ひとまず今日は学校を休んで情報収集に徹するか?
「シャッフル…殺し合い…異能力…もう、キャパが…」
異能力!
忘れていた、異能力の存在を。
確か浮遊だと教えられたが…
浮遊するイメージを頭に浮かべる。
おぉ!!
浮いてる!!!
浮いて…る?
湯船の中で使っても浮いてるのか浮いてないのかイマイチわからんな。
上がって確認してみるか。
浮遊か、正直強そうには思えないな。これでどうやって人を殺せというのか、、、
頭で少し考え事をしながら湯船から立ち上がる、体の凹凸に沿って水が滴り落ちていく。
それは片足を湯船から出そうとした一瞬の出来事だった。
あ、滑る!、この床!。
バランスが取れない。まだこの体に慣れない弊害がこんなところで現れるとは。
とりあえず頭を守らねば。
風呂で転倒なんていつ以来だろう。
いつまで経ってもなかなか、「滑る!」と感じた瞬間からその次にやってくるはずの衝撃と痛みがやってこない。
耐えたのか?
明らかに体勢は転倒しているはず。
いや、浮いてるのか。
これが浮遊か。
面白くなってきた。
――そんな、風呂場で転倒しかけてこの能力の便利さに気づいた三日前の自分に教えてやりたい。
脳裏をよぎった仮説の一つ。この浮遊の能力は、どんな物理攻撃も防ぐ最強の盾となり得るのではないか。というもの
目の前に広がるこの光景こそが、ウチの仮説が正しかった証明だ
ボンネットが押し曲がりエンジンが押し込まれて、一箇所だけ不自然に凹んだ車がそれを証明してくれている。
ななりんに怪我はないようだ。無論ウチにも怪我はない、と言いたいところだが制服が少し焦げてしまった。
熱は浮遊の力では防げないか。
ガソリンの匂いが漂う、どこからか漏れてるな。早くここから離れなければ危険だ。
それに、この光景を人に見られると面倒なことになる気しかしない。
ななりんもちょうど目を覚ましてくれた様だ。
「大丈夫たっだ?ななりん?」
まだ目が怯えている。状況を理解できていないのか、車の方へ一瞬視線をやると、次はこちらの顔を覗き込んでくる。
さっきまで怯えていた顔が少しの困惑を孕んだ。
なんと説明するべきか。
「ななりん、帰りは電車でしょ?早くしないと乗り遅れちゃうよ?」
無理だな、説明できるわけない。
「うん」
困惑の表情が渋々といった様子で納得へと変わってくれた。
ななりんがバカで助かった。
「この車はウチがなんとかしておくよ。こういうのやり慣れてる。警察の事情聴取とかめっちゃ時間かかるから先帰って他方がいいよ」
「うん」
聞き分けが良くて助かる。
ななりんは電車に遅れそうなのか、この場から早く離れたいのか、早足でこの場から離れていく。
幸い人も全く通りかかっていないし目撃者はいないだろう。
目撃者がいない?妙だな。
いくらウチが学校を早く出たと言っても、そろそろ生徒たちが通りかかってもいい時刻。
生徒どころか人っ子一人、通らない。
…パチ
間を開けてもう一度
やけに乾いた破裂音が響いた。
雰囲気のみで十分理解できた。
「ここじゃ目立つから場所変えない?いい河原知ってるんだ、そこなら人目にもつかない。」
どこにいるかもわからない相手に向かって交渉を図る。
「ここから近い?遠いなら今殺る」
相変わらず姿は見えない。聞こえるのは男の重たく響くような声、けれど口調に違和感がある。
シャッフルされてるからか。
ウチを襲ってくる女性らしい口調の人物。考えられるのは瀬川の中身あたりか?
「ここから歩いて十五分ってとこかな」
「わかった、そこにしよう。」
「河原につくまでさ雑談でもしない?君もあの嫌にリアルな夢を見たの?」
「見たよ」
やはり見てるのか
「じゃあ、君も何か能力をもらったの?」
「もらった」
おそらく、さっきの車も能力によるものだろう。
河原が見えてきた。
どうするか、今のウチの能力には圧倒的に攻撃力がない。
「ウチの能力教えてあげようか?無敵になる能力、さっきの見てたでしょ?」
一か八かハッタリにかけてみるしかない
「ずるッなんやその能力」
「ここまできてなんだけど、今日は引き分けってことにしない?いくら攻撃しても無駄だよ?」
「しない、やるだけやってみる。」
どうせなら逃げてくれればよかったが、これも相手の能力を知っておくチャンスか。
今日は無理でもいつかのためのデータはとっておくに越したことはない。
いつの間にかエンジン音があちらこちらから聞こえてきた。
音のする方に目を向けると、さっき横断歩道で見たばかりの光景があたり一面、ぐるりと自分を囲む形で広がってる。
どうやってここまでの車を集めたんだ…。
衝突まであと2、3秒
「君の能力は何?車を自在に動かす能力?」
「せいかい!」
記念すべき一台目のボンネットが轟音と共にが盛大に凹む。
「君って呼び続けるのもアレだし何かあだ名つけていい?」
二台目、三台目と続く車のボンネットも浮遊になすすべなく次々と凹んでいく。
どこからか火が回っている。漏れ出したガソリンに引火するのは時間の問題だろう。
「ーーよーがーーねぇ」
騒音で相手がなんて言っているのか聞き取れない。
四台目、五台目、も自分に衝突した瞬間凹み、六台目に関してはウチに到達する前に二台目とぶつかり大破している。
すると七台目以降ははぶつかる前に止まった。
「わかった?無敵なんだって」
いなくなったか?
いくら喋りかけても全く返事が返ってこなくなった。
急に現れたと思ったら急にいなくなる。迷惑極まりない。
それでも今回の戦いは色々なものが得られた。
敵の能力、浮遊の有用性、浮遊の弱点。
そして、これからの目標も決まった。
「目標はまともな攻撃手段作り!」
声高らかに宣言すると同時に、あたりが炎に包まれた。




