鏡の中の操り人形
え゛ぇ゛っう゛っ
浮遊感と不快感に包まれ思わずえずく、首からの痛みから反射的に身を捩る。
暗闇に覆われ、今自分がどんな状態でいるのかわからない恐怖。
無意識に脳が情報を集めようと、視覚以外の感覚が鋭くなる。
最初に認識できたのは咳き込みたくなるほど充満しているのタバコの臭気、そして身を動かせば動かしただけ上部で響く何かが軋む音、気味の悪い浮遊感から足をばたつかせる。
苦しい。
今、自分が置かれている状況を理解する。どこか高いところに吊るされているのだ。
動くほど首の締め付けが強くなっていく。
やばい。やばい、やばいやばい息ができない。
さっき神にバイバイしたばっかなのに、神様ただいま案件なんですけど
あっ…
足がついた。
足をバタバタとさせて逃げ出そうとするのに夢中になり気づくのが遅れたが、少し足をピンと伸ばすだけで足先がチョンと地面についた。
なんだ、よかったぁ。
足がつくとわかった途端わずかに平穏を取り戻す。
相変わらず呼吸はしにくく苦しいが、できないわけではない、慎重に首に纏わりつく紐に手を伸ばす。どんな結び方がされているのかを探る。あわよくば解けないかと爪を立ててみる。
ちょっと待って、無理だこれ。一人だし、こんな体制だし、解けない。
「あ、あぁ…誰か…」
助けて
声カッスカスすぎ
幸い暗闇に目がだんだんと慣れてきた。ぼんやりとだが、遠くからでも物の凹凸が確認できる。
あたりに何か使えそうなものはないかと見回すと、すぐ隣に机らしきものをとらえる。その上には何かこの状況を打開できそうな物はないかと目を凝らす。
目につくものは灰皿、何かの書類、キーボード、ペットボトル、爪切り…
爪切り!これ使ってこの紐…無理か…
変なものに希望を一瞬でも見出した自分に思考力の低下を実感しつつ、他に使えそうなものはないかと見回すと、タバコの箱が目にとまる。
そうだ、ライター。
灰皿もあってタバコもあってライターないことはないはず。
予想通り、タバコのすぐ近くには微かに光を反射するライターが置かれてある。
ジッポーと呼ばれる類のオイルライターのようで実物は初めて見るが、ゲーム実況などをしているとこの手のライターはよく出てくるためすぐにライターだと認識できた。
手を伸ばすとギリギリ掴むことができた。
ずっしりとした重量感、使い方は全くわからないが実際に手に持ってみるとこんな状況でも少しテンションが上がる。
試しに映画のように思い切り振ってみる、するとピンッと耳心地の良い音を立てて上の蓋が開く。
それと同時に手からライターがすっぽ抜けた。
すっぽ抜けたライターはそのまま大きな物音を立てながら手の届かない場所まで飛んでいってしまった。
やば…やっちゃった…
はぁ、調子乗ったらいっつもこうなる。乗らない方がいいって心じゃわかってるのに。
いや、仕方ない。今のは仕方なかった。誰でもあれ持ったらああしたくなる。私のせいじゃない。うん、あのライターが悪い。
過ぎたこと過ぎたこと、次何するかを考えよう。
はぁ、ライター…
遠くに転がっているライターを見つめる。
机にはもう使えそうな物は起こってない。強いて言うならば爪切りぐらいか、数分前に思考力の低下だなどと自嘲していたことが最適解になりつつある。
数十分も格闘すればそれも不可能ではないだろう。
キィィ
腹を括り爪切りを握りしめた途端、扉が開くような音と共に背後から光が差す。
「今の音、何?」
背後から、女性の声が聞こえた。ライターが飛んでいった音を聞きつけて来たようだ。
私は足をピンと伸ばしできるだけ地面につける、それからちょこちょこと足を動かし光が差す方に体を回転させる。
そこには、自分の娘と同じくらいに見える少女が立っていた。
「ごめん、ちょっとこの紐外すの手伝ってくれない?」
ちょいちょいっと指で自分が吊るされている紐を指差す。
少女はこくりと頷くとどこかに行った。きっと刃物か何かを取りに行ったのだろう、とにかく何とかなりそうで安堵が漏れる。
漏れた安堵はそのまま先の少女を見た途端、脳裏に浮かんだ人物に思いを馳せさせる時間を生み出す。
「葉美…」
こうなる前は確かに、自室のベットで寝てたはず。
目を覚ますと、モニターが目に入る。見慣れた光景、瞬時に配信用の防音室であることに気づく。
「あれ?私…じゃな!うち、寝ちゃってた?まさか、寝落ち!?」
背中から嫌な汗が吹き出す。瞬間脳裏に色々な可能性が湧き上がる。震える指を無理やり動かし、配信をしていないかどうかを確認する。
「配信してない、よかったぁ」
もし配信をしたまま、葉実の声でも入ってたら。と、考え得る最悪のシナリオ浮かべ身震いする。
「起きた?」
どこから声が聞こえる。若い男、というか幼い少年の声。
一体どこから声が聞こえたのかわからない、あたりをキョロキョロと見回すが狭い防音室内には自分以外誰もいない。
「モニターだよ!モニター!」
モニター?
視線をモニターに戻すといつの間にか、画面には小学生くらいの顔の整ったかわいらしい男の子が写っている。私の耳は間違ってなかった。
「そんな目で見るな。オレはこれでも神だよ?」
「不遜オレっ子!生意気でいいねぇ!」
このゲーミングチェアに座ると反射でいつもよりリアクションが大きくなってしまう。
「もういいよ、、」
夢?それにしてはやけに現実味があるような…
「夢じゃない、でも現実でもない。」
なるほど?
「君には殺し合いに参加してもらう。」
なるほど?
「そして、ただの殺し合いじゃ味気ないから特殊能力を与える」
なるほど?
「そして、参加者と体も入れ替える」
なるほど?
「理解してるのか?」
「理解してるとでも?」
神を名乗る少年は「はぁ…」と大きなため息をつくと呆れ果てたような目でこちらを見つめる。
これもありだな。
神はもう諦めたのか、こちらに反応を示すことなく考えるそぶりを見せ始めた。
「早速だけど、君の能力は『鏡の中の操り人形』にしよう。自分と一緒に鏡に映った生き物を意のままに操れるようになる能力。鏡一枚につき一匹、鏡が割れたら能力解除される。」
「BOØWYかな?」
「?」
神ならそれくらい知っとけ。
ノコギリを持って少女が帰ってきた。
少女は手慣れた手つきで紐にノコギリをあてがうと数秒もしないうちに紐を断ち切った。




