第22話 鍋のそばで
春子が食堂へ来たのは、六月に入って最初の休みの日だった。
約束していた時間より少し早く、入口で私の名前を呼んだ。台所から顔を出すと、春子は鞄を持ち上げ、中から畳んだ布を取り出した。
「前掛け、持ってきたよ」
「貸すつもりだったのに」
「借りて汚したら悪いでしょう」
おばちゃんは私の後ろから顔を出し、汚すためにつけるんだから、と笑った。春子も笑い、鞄を隅へ置いて袖をまくった。
店を開けるまで、まだ時間があった。文子と千代も来ると言っていたが、二人の姿は見えない。先に始めていいか尋ねると、春子は、待っていたら間に合わなくなるよ、と台所へ入ってきた。
私は洗った芋を籠から取り出し、まな板の横へ並べた。
「今日は、これ?」
「うん。おばちゃんに教えてもらいながら」
春子は一つ手に取り、残った土を指で落とした。
「うちでも使うよ。でも、いつも同じ食べ方になるから」
おばちゃんが鍋を出してきた。底に水滴が残っていて、台へ置くと小さな輪ができた。私は布巾で拭きながら、春子の立つ場所を空けた。
誰かに料理を教える側へ回るのは、初めてだった。
自分が分かっているつもりのことも、説明しようとすると言葉にならなかった。どのくらい切るのかと聞かれ、いつも通り、と答えかけてから、いつもを知らない春子の前へ一切れ置いた。
「このくらい。大きさを揃えないと、煮える時間が違うから」
「理恵、ちゃんと教えられるんだね」
「それくらいは」
答えると、おばちゃんが向こうを向いて笑った。
*
文子と千代が来た頃には、鍋から湯気が上がっていた。
千代は台所をのぞき、春子の前掛けを見て、もう始まってる、と声を上げた。
「二人が遅いんでしょう」
「文子が忘れ物したから」
「千代も途中で立ち止まったでしょう」
文子が言い返すと、春子は手を動かしたまま、どっちでもいいからそこを空けて、と言った。千代が脇へ寄り、文子は壁際の腰掛けへ座った。
四人で立つには、台所は狭かった。私が鍋へ近づくと、春子が半歩下がる。後ろに千代がいたため、春子は振り返って、そこにいたら動けないよ、と言った。
「見てるだけなのに」
「見てるだけでも、そこにいるでしょう」
おばちゃんが文子へ器を渡し、千代には卓を拭くよう頼んだ。二人が店の方へ出ていくと、ようやく鍋の前が空いた。
春子は湯気を避けながら、中をのぞいた。
「これなら、奈々も食べそう」
「妹?」
「うん。柔らかくなっていれば、食べると思う」
私は鍋の底へ匙を入れた。混ぜる手に力が入りすぎたのか、端の一切れが崩れた。
「あ」
春子がこちらを見る。
「強く混ぜない方がいいんだ」
「今、理恵が崩したね」
「……見てれば分かるでしょう」
春子が笑った。その声につられて私も笑い、匙を持ち直した。
おばちゃんは崩れたところを確かめ、これも食べられるから、と言った。
*
出来上がったものを、小さな器へ分けた。
春子は熱いところを少しずつ口へ運び、飲み込んでから頷いた。千代は先に食べ終え、まだ残っている文子の器を見ていた。
「自分の分は食べたでしょう」
文子が器を手前へ寄せる。
「見ただけ」
「さっきも、それ言ってた」
おばちゃんは卓の端で、余った分を別の器へ移していた。春子が奈々の話をすると、家へ持って帰れるよう包むものを探してくれた。
私は四人の器を見た。
同じ鍋から分けたものが、それぞれの前にあった。文子は崩れたところを先に食べ、春子は大きいものを小さく割っていた。千代の器には、匙ですくいきれなかったものが薄く残っていた。
ここで暮らし始めた頃には、こんな日が来るとは思っていなかった。
食堂の仕事を覚え、学校へ行き、友達を家へ呼んでいる。今なら、春子に何かを尋ねられても、答えられることがある。文子や千代が笑っている理由も、そばにいて分かる。
「理恵、食べないの?」
千代に呼ばれ、私は自分の器へ目を戻した。
「食べるよ」
「冷めるよ」
匙を入れると、まだ温かかった。口へ運んでから、私は三人の話の続きを聞いた。
*
六月の半ばを過ぎた夕方、ラジオからサイパンという名前が聞こえた。
私は食べ終わった椀を下げているところだった。卓へ残っていた客が顔を上げ、おばちゃんも台所で手を止めた。
放送は、敵がサイパン島へ上陸し、日本の部隊との戦闘が続いているという内容だった。
そのあとの言葉も聞こえていたが、私は島の名前から離れられなかった。
サイパン。
現代で読んだ記事の中にも、その名前があった。沖縄戦について調べている途中で、別の島の戦争へつながる頁を開いた。海のそばに崖があり、そこに人が立っている写真を見た気がした。
何が起きたのか、細かくは覚えていない。
ただ、逃げられなくなった人たちがいた。兵隊だけではなく、子どもを連れた人もいた。
椀を持つ指へ力が入った。
「理恵、それ、こっちへ」
おばちゃんに呼ばれ、私は台所へ戻った。重ねるときに椀の縁がぶつかり、いつもより大きな音がした。
店の方で、客の一人が、向こうにも沖縄から行った人がいるだろうね、と言った。
別の人が何か答えた。声が低くなり、私には聞き取れなかった。
私は水のそばへ椀を置き、もう一度ラジオへ顔を向けた。
放送の声は、次の話へ移っていた。
*
翌日、学校でもサイパンの話が出た。
島袋先生が地図を掛け、場所を示した。私はその指先を見つめた。沖縄と同じように、島は小さく描かれていた。
先生は、戦っている人たちを思い、私たちも自分の務めを果たすように、と話した。
私は机に置いた手を見た。
昨日、春子と使った鍋は、今朝も台所にあった。文子は登校中に、次は自分も料理を教わりたいと言った。千代は、食べるだけでも手伝いになるでしょう、と笑っていた。
そうしたことを話しながら来た教室で、今は、遠くの島に上陸した敵の話を聞いている。
サイパンで暮らしている人たちにも、昨日まで使っていた鍋があるのだろうか。
朝になったら起き、家の中を片づけ、誰かが帰ってくる時間に合わせて食事を用意していたのだろうか。
先生が地図から手を離すと、島の名前が見えた。
私は帳面の端へ写した。
サイパン。
そこまで書いてから、鉛筆を止めた。知っているはずの続きを、ここで書くことはできなかった。
*
帰り道、春子が私へ話しかけた。
「奈々、あれ食べたよ」
私は顔を上げた。
「この前、持って帰ったの。おいしかったって」
「よかった」
「また作ってって言われたから、今度は家でやってみる」
春子は鞄を持ち替えながら話した。お母さんにも食べてもらったこと、切り方を聞かれたこと。私が教えたのだと言うと、食堂で働いているなら上手になるね、と言われたという。
私は少し照れた。
「ほとんど、おばちゃんに教えてもらったんだよ」
「でも、私に教えたのは理恵でしょう」
前を歩いていた千代が振り返った。
「次は、私も作る方に入ろうかな」
「最初から来てくれればね」
春子が答え、文子が隣で笑った。
そのまま少し歩いてから、文子が、サイパンって遠いね、と言った。
誰もすぐには答えなかった。道の脇に水溜まりがあり、千代が先に避けた。私たちも同じ方へ寄った。
「向こうに親戚がいる人も、いるんでしょうね」
春子が言った。
私は頷いた。
遠い場所にいる誰かのことを、ここで待っている人がいる。ラジオの声を聞くたびに、その人の名前を思い浮かべているのかもしれない。
文子は、便りが届くといいね、と言った。
私は返事をしようとして、少し遅れた。
届くといい。
それなら、私にも言えた。
*
夜、日記の新しい頁に、昭和十九年六月、と書いた。
その下へ、サイパンで戦闘、と書き足した。
ここへ来たばかりの頃に書いた頁を開いても、サイパンについての記録はなかった。覚えていると思っていた歴史は、思っていたほど多くなかった。言葉だけが浮かび、その場所で何が起きたのかを、順番に説明できない。
私は新しい頁へ戻った。
七月だっただろうか。
サイパンが陥落したのは。
書こうとして、止まった。確かに覚えていることと、今になってそうだった気がすることが、頭の中で混じっていた。間違ったまま書けば、あとでこの日記を読む自分まで、その文字を信じてしまうかもしれない。
日付の分からないことは、分からないと残した。
それから、少し間を空け、春子が料理を覚えて帰ったことを書いた。奈々がおいしいと言ったこと。文子と千代も、次は作る方を手伝うと言っていたこと。
隣の部屋から、おばちゃんの咳払いが聞こえた。
私は顔を上げた。戸の向こうで物を動かす音がして、それから静かになった。
おばちゃんに、サイパンの続きを話したらどうなるだろう。
まだ放送で聞いていないことを、どうして私が知っているのか尋ねられる。そのとき、記憶が戻ったのだと言えば済むだろうか。戻った記憶の中に、これから起きることがあると話しても、聞いてもらえるだろうか。
私は日記の端を押さえたまま、しばらく動かなかった。
台所には、明日使うために洗った鍋が伏せてある。朝になれば、おばちゃんと店の支度をする。学校へ行けば、今日の話の続きをする友達がいる。
その時間を守りたかった。
けれど、何をすれば守れるのかは、年号を思い出しても分からなかった。
日記を閉じ、いつもの場所へしまった。
布団へ入る前に、春子へ教えた切り方をもう一度、手の動きだけで確かめた。次に文子と千代が来たら、今度は、最初から四人で作れるようにしておこうと思った。
サイパン島では1944年六月に戦闘が始まり、七月に日本軍の組織的な抵抗が終わりました。




