外伝・その七(南阿弗利加編):二大洋を繋ぐ喜望峰の先回り登記と、地底の金剛石を統べる手厚き固定給のハメ手
新大陸『東日の本州』に眠る黒き黄金(石油)の先回り登記を完璧に完遂し、現地の民を手厚き固定給で強制雇用(同期)した正一位・太政大臣たる織田信長。安土城の総大総督府の玉座に座る覇王の視線は、休む間もなく次なる地球規模の盤上へと向けられていた。
元平の御世、織田の黒船艦隊はすでに大西洋を南下し、ある「世界の十字路」へと到達していた。のちに異国において『南アフリカ』、そして『喜望峰』と呼ばれることになる、大西洋とインド洋の荒波が激突する峻険なる岬である。
「ーー信長様。安東愛季殿の率いる遠洋航海部隊より急報。南阿弗利加の最南端、のちに南蛮の欲深き国々が海の覇権を巡って血を流し合うことになる要衝の地に、我が新政庁の不滅の礎たる『国営喜望城・大洋中継補給基地』の建設を戦う前に十割完全に完了したとのことです」
内政副総裁の直虎が、一分の狂いも無い手際で最新の航海図を玉座の前に広げた。
信長は不敵な笑みを浮かべ、二一世紀の歴史と地質学の記憶を宿した指先で、地図の最南端をぽちりと叩いた。
「うむ。南蛮の阿蘭陀や英国がこの岬の重要性に気づき、不当な植民地(ブラック環境)として掠奪を開始する数百年前の段階で、余らはここを『国営中立管理区域』として先回り登記(ハメ殺し)した。これで東洋と西洋を結ぶ海の流通権は、一兵も損なうことなく我が新政庁の盤上で完全に詰んだ」
しかし、信長の知識は海の要衝を押さえるだけに留まらない。この南阿弗利加の大地の奥深くには、世界の富を根底から覆す、未曾有の財宝が眠っていることを知っていた。
「直虎よ。この大地のさらに北方の地底にはな、人類の歴史上最大規模の『純金』、ならびに、いかなる刃をも撥ね返す不滅の輝きを持つ至高の宝玉……『金剛石』の巨大なる鉱脈が眠っているのだ。数百年後、異国の資本家どもがこの富のために現地の民を奴責(奴隷)として酷使し、過労死の沼へ突き落とす悲惨な歴史を、余は今ここで根底から完全消滅させる」
信長の布令により、新政庁は即座に地底の富を『国営金剛石特殊資源保護領』として先回り登録。そして、かつて佐渡金山において「労働者の安全第一」という無理のない健全な鉱山経営を完遂した、佐渡金山開発総局長・斎藤龍興が、最先端の二一世紀型安全技術の目録を引っ提げてこの南阿弗利加の地へと電撃派遣されたのである。
南阿弗利加の赤茶けた大地にて、織田の使節団と、古くからその地に暮らす誇り高き現地の諸部族の長たちが対峙していた。
異国の過酷な奴隷狩りや、銃火器による脅迫を予期して警戒していた長たちに対し、総局長・斎藤龍興が涙ながらに提示したのは、戦の武器ではなく、金一文の狂いも無い純金貨の詰まった袋と、新政庁が全額保証する『国営固定扶持(定額給与)の予算書』であった。
「誇り高き南阿弗利加の民たちよ! 我らが主、織田信長様はそなたたちの土地を奪うことも、ましてや過酷な強制労働(ブラック就労)を課すことも十割絶対にせぬ! そなたたちの聖なる大自然と独自の文化を尊重し、地底に眠る金剛石の採掘を『完全週休二日制』『定時退勤』のもとで手伝ってもらいたい。本日ただいまを以て、全員を最高待遇の国営官僚として強制雇用(同期)する!」
龍興の熱き通訳が響き渡った瞬間、現地の長たちは驚愕のあまり互いの顔を見合わせた。
さらに龍興は、二一世紀の鉱山技術である「落盤防止の鉄骨補強」や「防塵の面頬」、そして無理のない就労環境の規則書を次々と手渡していく。
「な、何ということだ……。戦う前に、私たちの生活と誇りをすべて全額保証するというのか……。しかも、夕刻五時の鐘が鳴れば、すべての職務を終えて家族の元へ帰ってよいとは、一体どれほど白い(ホワイトな)規律なのだ……!」
将来的に南蛮の闇の奴隷貿易網に組み込まれ、命を削られるはずだった現地の民たちは、織田の人道ハメ手の前に、大粒の涙を流して平伏した。
「織田のシステム、マジ神仏……! 我らは生涯を懸けて、信長様のためにこの喜望峰と地底の金剛石を守り抜くことを誓おう!」
現地の民が一人も血を流すことなく、笑顔で織田の世界線へと同期(就職)していく。これにより、欧州の国々が将来この岬を奪おうとしても、戦う前に大義名分と現地民の絶対的信頼(黄金の盾)によって完璧に封殺される、不滅の防衛網が完成したのである。
ーーその頃、地球規模の巨大な盤上を完璧に詰ませ、世界の南端の民から「マジ神仏」と唱念されていた最高権力者、織田信長は、安土城の総大総督府の裏手にて、再び別の意味での滝のような冷や汗を流していた。
南阿弗利加の完全白化という偉大なる計略を成し遂げた信長であったが、夜の大奥に足を踏み入れた瞬間、帰蝶、井伊直虎、英国王女、そして成田家から赴任してきた甲斐姫らが、収穫されたばかりの大量の「国営松茸」を前に、完璧なる包囲網を敷いて待ち構えていたのである。
「信長様、お帰りなさいませ。新政庁の先回り保護令によって守り抜かれた安土の里山にて、秋の味覚である松茸が、一分の狂いも無い大豊作にございます。さあ、今夜は大奥一同で贅沢なる『松茸御飯』と『土瓶蒸し』の収穫祭を執筆いたしますが……労働者にございます我らの産前産後休暇および有給休暇の規律に基づき、大量の土瓶の調理と片付けの交代制職務、本日の深夜番は信長様、あなた様に十割完全に割り振られておりますよ?」
帰蝶が最高の笑顔で、大量の陶器の土瓶と、一分の狂いも無い湯加減の調整書を信長に手渡した。
「ま、待て……! 余は今、喜望峰を先回り登記し、地底の金剛石を国営化するという、全人類の歴史を揺るがす世紀の大計略を完璧にハメ殺してきたばかりなのだぞ……!? なぜ戻ってきた瞬間から、大奥の松茸の土瓶を百個も手洗いで片付けるという過酷な単独職務に奔走せねばならぬのだ!」
信長の悲痛な叫びに対し、十五歳に成長した甲斐姫が、笑顔で先回り牽制を仕掛けてきた。
「太政大臣たるもの、南阿弗利加の利潤を精査する前に、まずは身内の秋の味覚の一分の狂いも無い片付けを一から完璧に白化(ホワイト化)していただかねば困ります!」
「世界をハメ殺すより、大奥の松茸の土瓶を洗う方が十割むずかしいわ! 余の再生したばかりの限界胃壁が本当に戦う前に跡形もなく崩壊しちゃうよーー! 誰か、余の胃薬(胃壁保護剤)を持ってきてぇーー!!」
昼間は冷徹に二大洋の覇権を統治する総大総督でありながら、夜は大奥の完璧なる規律の前に白目を剥き、嬉しさと緊張の冷や汗で土瓶を磨き上げる覇王信長。だが、ぐっすりと眠る双子の愛らしい寝顔と、秋の味覚を楽しそうに囲む妻たちの笑顔を見つめ、胃壁の激痛を堪えながらも、心の底から幸福なる微笑を浮かべるのであった。
(外伝・その七・南阿弗利加編・完)




