第42話:大奥の国営産褥休暇と、布哇王国の対等同盟
1:帰蝶・直虎の『国営産休』突入と、大奥の総裁代行
元平二年の初夏、安土城の奥御殿は、日の本のみならず世界の歴史において類を見ない、極限まで白化(ホワイト化)された人道改革の舞台となっていた。信長が未来の知識から敷いた『産前産後休暇・育児休業』の掟に基づき、臨月を迎えた正室の帰蝶、ならびに内政副総裁の井伊直虎の二人が、すべての新政庁公務を百パーセント完全免除され、手厚い定額給与を保証されたまま産前の静養に入ったのである。
勘定総裁と内政の要という新政庁の二大巨頭が同時に公務を休むという、かつての武家社会なら一瞬で国政が麻痺しかねない大局面に、余は一分の狂いも無い交代制の職務を同期させていた。
実家への最高の親孝行を終えて大奥の環境に大感動していた永高内親王殿下が、臨時の『大奥総裁代行』に就任し、実務の補佐として立花誾千代が鋭く算盤を弾く布陣を整えたのだ。
「これぞ余が夢見た、誰一人として過労死せぬ無理のない健全な労働環境の証明よ!」
余は執務室で覇王の仮面を被りつつ、胸を張ってドヤ顔の冷や汗を流していた。だが、絹の寝台で優雅に果実を食していた帰蝶から、すべてを見透かすような絶対零度の微笑みが飛んできた。
「あら、上様。私たちが休んでいる間、太平洋の真ん中にある『布哇』との不滅の同盟、金一文の狂いも無く進めてくださっているのでしょうね?」
直虎も「私たちが安心して出産に臨めるよう、海の果ての足固め、期待しておりますよ」と、大きくなった腹部を撫でながら優しく釘を刺してくる。余の胃壁は嬉しさと奥方たちの愛の重さで、戦う前に完璧に詰まされかけるのだった。
2:ハワイ王国との対等融和と、不滅の国営交易同盟
奥方たちが無理のない静養に入るのと時を同じくして、太平洋の遥か洋上では、新政庁の『南海防衛旅団(毛利・島津ら)』が誇る鉄甲蒸気船の艦隊が、常夏の島々たる『布哇』へと到達していた。将来的に異国の過激な進出(乱開発と掠奪)によってハワイ王朝が悲惨な滅亡を迎える未来の歴史を五百年先んじて完璧にハメ殺すため、余は毛利輝元らに『布哇不滅融和令』の親書を託していたのである。
突如として那覇の港を越えて現れた、帆も無いのに黒煙を上げて爆走する漆黒の黒船と、そこに並ぶ近代大砲の威容に、布哇の長たちは戦う前に戦意を百パーセント喪失していた。だが、船から降り立った新政庁の使節団が提示したのは、侵略ではなく、独自の文化と土地を十割尊重する『対等なる流通同盟』の破格の条件であった。
「布哇をどこの異国の領土にもさせぬ代わりに、織田東インド商会の中立補給基地として国営固定給を全住民に支給し、無理のない豊かな暮らしを永久に保証する!」
西洋の国々のように銃火で脅して植民地にするのではなく、近代の富の分配だけで先回りして味方にするという、神仏の如き大慈悲のハメ手。布哇の長たちは涙を流して大感動し、新政庁への狂信的な崇拝の焔を燃え上がらせて同盟に署名した。
これにより、太平洋の中央に難攻不落の織田の絶対防衛圏(中立領)が、一兵も損なうことなく完璧に詰まされる形で誕生したのである。
3:英国王女の船団接近と、覇王の冷や汗まみれる産着選び
布哇の掌握という地球規模の地政学チートが万全に成功したという早馬が安土へ届くのと同時に、国家情報省(伊賀の忍び)の頭領より「明智光秀が手引した、イギリス王室の養女(王女)を乗せた輿入れ船団が、間もなく日の本の領海へ到達いたします」との極秘報告がもたらされた。
カトリック教皇庁の野心を戦う前にハメ殺すための英国同盟は、これにて十割完璧に進んでいた。
しかし、すべてを盤上で操る覇王たる余は、安土城の奥御殿の寝所にて、今夜も冷や汗を流して胃壁を跡形もなく解体されていた。
「さあ、正一位にして総大総督の我が夫殿。海の果ての開拓は見事でございましたが、今は大奥の公務にございます。生まれてくる我が子のために、国営最高級の木綿で作られたこの三枚の産着の中から、どれが最も相応しいか金一文の狂いも無くお選びくださいませ?」
産休中の帰蝶と直虎、そして総裁代行の内親王殿下や誾千代たちに囲まれ、余は差し出された赤子の産着の絵図を前に、滝のような冷や汗を流していた。全員の目が「外したら承知せぬぞ」とバチバチに火花を散らしている。
(……いやいやいや! 太平洋の航路を寸分の狂いも無く計算してハワイを国営化するより、身重の奥方たちの好みに完璧に合う産着を一分の狂いも無く言い当てる方が十割むずかしいわ! 昼間は世界をハメ殺す冷徹な覇王なのに、夜は産着の火加減(好み)に胃をキリキリ痛める交代制職務って、余の頭脳への圧力が限界領域(ブラック環境)なんだけど!?)
世界を無理のない調和へと導く覇王の歩みとは裏腹に、家庭内における「完全白化な子育て革命」の最高責任者に指名された余の胃の寿命だけは、嬉しさと緊張の冷や汗とともに、今夜も限界を突破して悲鳴を上げるのであった。
(第43話:英国王女の安土上陸と、南シナ海の軍事空白へ続く)




