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第37話:漆黒の鉄甲蒸気船と、惟任日向守の世界出張

1:国営造船局の奇跡と、漆黒の鉄甲蒸気船


元平げんぺい元年の夏、新政庁の拠点たる伊勢の大湊おおみなとの港には、日の本の造船史、ひいては世界の歴史を戦う前に完璧にハメ殺す、恐るべき漆黒の巨躯が浮かんでいた。それこそが、余が未来の記憶と地政学チートの粋を尽くして木下秀吉や職人たちに建造を命じていた、世界最初の『鉄甲蒸気船』であった。


異国より三百年間も先んじたこの超技術を具現化するにあたり、余は退屈な仕組みの解説など十割すべて省き、結果と環境の力だけで職人たちを導いた。元々日の本に存在していた九鬼水軍の鉄甲船の技術に、国友鍛冶の精密なからくり細工と、種子島の大砲鋳造技術を国営化して一本化(同期)。そこに余が一分の狂いも無い未来の設計図(流体力学の知恵)を授けたのだ。


さらに余は、職人たちへの突貫工事や過酷な徹夜を厳禁とし、十分な睡眠と定額の固定給を支給する無理のない健全な労働環境(完全白化)を徹底した。その結果、脳が最高に活性化した日の本の天才職人たちは、余の想像を上回る奇跡の速度で、石炭の炎と巨大な水車(外輪)で進む漆黒の巨船を完成させてしまったのである。進水式の様子を大湊の物見櫓から眺めていた余は、傲然と微笑みながらも、あまりの先進技術の迫力に内心で冷や汗を流していた。


(……いやいやいや! 秀吉の奴、本当に作りやがったよ! 詳しい仕組みは余も文系だからよく分からんけど、煙突から黒煙を上げて帆も無いのに波を蹴立てて進む姿は、完全に黒船来航のそれだよ! これ、南蛮の宣教師コエリョが密かに手引きしているマニラの巨大船団が攻めてきても、戦う前に戦意を百パーセント完璧に詰ませられるでしょ!)


覇王の仮面の下で、余の胃壁は嬉しさと黒船の威容への恐怖でキリキリと軋んでいたが、次なる世界ハメ手(世界出張命令)のため、すぐさま一人の哀れな有能官僚を呼び出させた。



2:惟任日向守の絶望と、世界一無理のない出張命令


余の前に呼び出されたのは、新政庁の内閣総理大臣(筆頭国政執行官)を務める明智光秀(惟任日向守)であった。日の本全土の平定を終え、「ようやくこれで定時退勤と完全週休二日制を満喫できる」と、その端正な顔立ちには珍しく、穏やかな安息の笑みを浮かべている。余はそんな光秀に対し、極めて温和な、しかし地獄の果てまで届くような声音で、一通の国営辞令を差し出した。


「光秀、出迎え苦労であった。日本統一という過酷な労働を終えたお主に、余からこれ以上ない無理のない健全な最高のご褒美(公務)を授ける。……その漆黒の鉄甲蒸気船に乗り、海の果てのイングランド(イギリス)へと大航海へ旅立ってくれ。エリザベス女王と面会し、ローマ教皇庁を戦う前にハメ殺すための『大英帝国との秘密同盟』を締結してくるのだ」


「……は、はい? いぎりす……? えいこく……? 上様、それは一体、日の本からどれほど離れた場所にあるのでございますか?」


光秀の安息の微笑みが、音を立てて凍りついた。余は親切に、世界大航海図の遥か大西洋の彼方を指差してやる。


「ふん、地球を半周ほど回った北の島国よ。安心せよ、お主に過労死のような過酷な環境は絶対に強いておらぬ。道中は完全週休二日制、船内には最高の料理人と国営医療師を同乗させ、手厚い世界出張手当と終身の退職金も口座へ前払いで全額支給してある。無理のない、世界一環境の整った大航海旅行だわ!」


「地球を半周!? 給与が全額保証されても、移動だけで数ヶ月は帰って来られない過酷な労働ではございませぬか――!? 上様、日の本を完全白化させた直後に、なぜ私に地球規模の出張を命じるのですかー!」


光秀は覇王の余の前であることも忘れ、頭を抱えて絶叫した。だが、余には光秀のその圧倒的な実務能力と、将来の英国王室からの王女輿入れを完璧に差配できる気品(外交力)が必要不可欠だったのだ。



3:南蛮宣教師の戦意喪失と、大奥の温かき夜泣き


明智光秀が涙を流しながら世界出張の準備に追われる中、新政庁のこの漆黒の鉄甲蒸気船の出現と、大英帝国への極秘派遣の動きは、長崎の港で裏の手綱を引いていた南蛮の宣教師コエリョの耳へと瞬く間に届いていた。

コエリョは、本国の無敵艦隊を呼び寄せて日の本を武力侵略せんとする野心を抱いていたが、帆も無く、鉄の装甲を纏い、大砲を何十門も備えて超高速で海を進む織田の黒船の姿を国家情報省(伊賀の忍び)経由で見せつけられ、完全に腰を抜かしていた。


「オーマイゴッド……(おお、神よ)。軍事力による侵略どころか、戦う前に我らの流通網も戦意も百パーセント完璧にハメ殺されている……。織田信長、あの男の知恵は一体どうなっているのだ……!」


キリスト教の信仰そのものは新政庁によって手厚く保護されているため、キリシタンの民たちからも信長は「慈悲深き覇王」として慕われており、コエリョはもはや反乱の火種を起こすことすらできず、戦う前に完全に詰まされていた。


異国の野心を完璧にハメ殺し、世界無双の歩みを進める新政庁。しかし、安土城の奥御殿へと帰還した余は、傲然たる態度を崩さぬまま、背中から滝のような冷や汗を流していた。大奥の寝所に潜ると、そこには大きな腹部を抱えた帰蝶と井伊直虎、そして誾千代が、余の帰りを手ぐすね引いて待ち構えていた。本日は、余が自ら制定した『給与全額保証の国営育児交代制職務』の、記念すべき夜泣き対応の初番の夜なのだ。


「上様、光秀様を海の果てまで出張させる大計略、誠に見事でございました。さあ、次は大奥の最高責任者として、我が織田の世継ぎのための夜泣き対応の初番、金一文の狂いも無くお励みくださいませ」


帰蝶が、すべてを見透かすような美しい微笑みで乳母車を差し出してきた。直虎も「世界を見通す総大総督の腕前、楽しみにしておりますよ」と悪戯っぽく笑う。


(いやいやいや! 嬉しいよ!? 帰蝶と直虎の子供の夜泣き対応なら喜んでやるけどね!? 昼間は世界を相手に地政学チートでコエリョをハメ殺して、光秀をイギリスに飛ばす冷徹な覇王をやってるのに、夜は家に帰って奥方たちの機嫌を取りながら赤子の夜泣き対応の交代制職務って、余の頭脳と胃壁への圧力が十割限界領域なんだけど!?)


世界を無理のない健全な調和へと導く覇王の歩みとは裏腹に、家庭内における「無理のない子育て革命」の荒波に揉まれる余の胃の寿命だけは、嬉しさと緊張の冷や汗とともに、今夜も持続不可能な悲鳴を上げるのであった。


(第38話:北海開拓の環境保護令と、蝦夷地の羆対策続く)

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