第34.5話:幕間・三人の最高権力者と世界均衡の胎動
1:紫宸殿の安息と、百代の計への感謝(帝視点)
織田新政庁の最高権力者たる信長を見送り、静まり返った京都の御所。紫宸殿の奥にて、正親町天皇は天正2年より新しく改められた元号である『元平』の書を見つめながら、深く、静かな安息の吐息を漏らしていた。
西暦1574年というこの節目を迎えるまで、朝廷の困窮は限界に達していた。内裏の修理もままならず、衣服すら新調できず、公家衆は日々の暮らしのために家財を売り払う有様だった。歴代の武家どもは朝廷の権威を政治に利用するばかりで、その足元を根本から救おうとした者など一人もいなかったのである。
それを、あの織田信長という男は、未来を見通すかのような奇策によって一瞬で変えてみせた。
日の本全土の物流と関税を国営化し、そこから生み出される莫大な富を「国営扶持」として朝廷へ全額支給したのだ。さらに、天皇家や宮家の血筋を後世まで不滅にするため、潤沢な国家予算から手厚い生活を永久に保証する複数の新宮家を創設するという『百代の計』まで提示してきた。
「信長……お主の天下布武とは、ただの掠奪にあらず。兵も民も、そして古の朝廷をも、無理のない健全な労働環境(完全白化)によって等しく救い上げる、神仏の如き大慈悲であったか」
血を流すだけの戦乱を戦う前に完璧にハメ殺し、日の本全土を無血で国営化してみせた覇王。
帝は、信長が拝命した『葦原中国総大総督』という伝説的な最高大権職の重みを感じつつ、この元平の時代が、日の本のみならず世界の歴史を大きく変える聖代になることを、確信を込めて深く祈念されるのであった。
2:ヴァチカンに届いた激震と、極東の脅威(ローマ教皇視点)
ローマのバチカン宮殿。カトリック教会の頂点に君臨するローマ教皇は、遥か極東の地から届いた、信じがたい密書を前にして愕然と立ち尽くしていた。それは、イエズス会の宣教師コエリョが、命からがら本国へ救援を要請するために放った悲痛な叫びであった。
密書の内容は、教皇庁がこれまで進めてきた世界征服の戦略を、根底から覆す恐るべき怪情報に満ちていた。
西暦一五七四年の極東の島国に現れた謎の覇王・織田信長により、南蛮が裏で牛耳っていた奴隷貿易の流通網が国家情報省(伊賀の忍び)によって百パーセント露見し、長崎などの重要港湾が戦う前に完璧に封鎖されたという。
「……信じられぬ。毛利や島津といった現地の強力な大名たちが、戦火を交える前に『新政庁の国営固定給』という謎の富によって強制雇用され、私的な武力を次々と自発的に解体しているだと……?」
カトリックの信仰そのものは禁止されていない。純粋な信仰や文化は良好に遇されている。しかし、布教の裏に隠されていた「他国を内紛で弱体化させて領土を拡大する野心」だけが、まるで五百年先から見透かされているかのように、完璧にハメ殺されているのだ。
「織田信長、何者だ……。軍事力ではなく、無理のない経済と福祉の力で我らの侵略を詰ませるとは。極東の漆黒の悪魔か、あるいは……」
教皇の背中に、かつてない冷や汗が流れる。世界を魅了するこの環境調和型の海洋帝国の出現により、ローマ教皇庁の絶対的な権威は、海の果てから音を立てて崩壊し始めようとしていた。
3:霧の都の女王と、極東からの秘密の誘い(エリザベス女王視点)
ロンドンの宮殿にて、イングランド女王エリザベス一世は、霧深い窓の外を眺めながら、手元にある一枚の絹の地図と極秘の密書に目を輝かせていた。それは、織田の新政庁が派遣した極秘使節団が、密かに霧の都へと持ち込んできたものである。
当時のイングランドは、強大な南蛮の無敵艦隊の脅威に晒され、孤立無援の苦境に立たされていた。そこに届いたのが、海の果ての巨大な東洋の覇王からの、「大英帝国との秘密同盟」の提案であった。
「宗教の暴走を止め、世界を調和させるために、ローマ教皇庁を共にハメ殺しよう……。ふふ、なんという小気味よい、恐るべき覇気かしら」
信長から届いた地政学地図には、南蛮艦隊を完璧に封殺するための鉄甲船の設計図や、シベリア、アメリカ大陸、ハワイに至る壮大な海洋防衛圏が描かれていた。
だが、エリザベス女王ほどの聡明な君主の目は誤魔化せない。その地図の裏には、イングランドが将来世界に進出しすぎないよう、巧みに手綱を握って制御する織田の「人道ハメ手」が十割組み込まれていることを、女王は見抜いていた。
「我が大英帝国の未来の動きまで先回りして釘を刺すとはね。織田信長、あなたは敵に回すにはあまりに巨大で、味方にするにはあまりに刺激的な男だわ」
女王は不敵に微笑み、秘密同盟への署名を決意する。
日の本の統一を終えた信長の手が、ついに世界の最高権力者たちを盤上で操り、地球規模の完全白化(無理のない世界構築)へ向けて、静かに動き出した瞬間であった。
(第35話:第一回国営大開発最高会議と、関白の拝礼へ続く)




