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第4話:美濃無血開城への布石と、五摂家の長・近衛前久の驚愕

1. 驚異の「三公七民」と、美濃からの大難民


永禄五年(1562年)。美濃国(岐阜県)の国境では、歴史上類を見ない奇妙な光景が繰り広げられていた。


着の身着のままの百姓や職人、さらには下級の武士までもが、大荷物を抱えて尾張へとひた走っていたのだ。


「おい、本当なんだな! 尾張に入れば、税が半分になると言うのは!」

「本当だ! 尾張の織田の殿様は、収穫の七割を民に与え、お上の取り分はわずか三割にするという『三公七民』のお触れを出されたのだ!」


対する美濃国内は、まさに地獄絵図の如き大パニックに陥っていた。

「なぜだ! なぜ急に塩も油も入ってこなくなった!?」

「近江や越前の商人どもまで、我が美濃との取引を突然断りおった! 理由がさっぱり分からぬ!」


領民や商人はおろか、斎藤龍興たつおきら美濃の首脳陣までもが、何が起きているのか分からず大混乱していた。さらに追い打ちをかけるように、市場には出所不明の精巧な永楽通宝が大量に出回り、諸物の値が際限なき跳ね上がる際限なき物価高騰を招いていた。銭がただの金属の塊同然となり、美濃の経済は戦う前に完全に崩壊していたのだ。


焦った龍興は軍備のために「六公四民」という過酷な重税を課したが、これが決定打となった。

「原因不明の飢えで死ぬ美濃を捨て、天国のような尾張へ逃げよう!」

美濃の領民が国境を越えて雪崩のように尾張へ流入し、美濃の田畑は一瞬で荒れ果てた。


龍興が青い顔で怒鳴り散らす。

「なぜだ! なぜ一兵も戦っておらぬのに、我が美濃から民も兵も消えていくのだ!」


美濃の有力者である「美濃三人衆」も、もはや戦う意味を失い、密かに織田家へ「我らも上総介様の身内に引き入れてほしい」と、無条件降伏の使者を選定し始めていた。


2. 秀吉の暗躍と、半年間のホワイト内政美濃が経済戦の毒でじわじわと自滅していくまでのこの半年間、余らは尾張の内政を驚異的な速さで整えていた。


「申し上げます! 殿の発案された『六日に二日の休み(週休二日)』を尾張全土の職人や兵に導入いたしましたところ、皆の気力が跳ね上がり、鉄砲の増産も新田の開発も、史実……いや、これまでの倍以上の速さで進んでおります!」


明智十兵衛光秀が、内政の劇的な進捗を嬉しそうに報告する。

しっかりと休息を取ることで生産性が跳ね上がるという未来の組織論は、尾張を急速に近代化させていた。

来たる無血開城のあとの一大海洋帝国化に向けて、熱田や津島の港湾整備も着々と進んでいる。


そこへ、大広間に転がり込んできた男がいた。木下藤吉郎、のちの豊臣秀吉である。


「殿! 織田東インド商会の闇の流通網を使い、美濃の市場へ一気にあの偽金を流し込んでやりましたがね! 奴ら、なぜ銭が増えているのに物が買えんのか分からず、文字通り上や下への大騒ぎにございます!」


藤吉郎は猿のようにニヤリと笑い、経済戦の実行犯として生き生きと手柄を報告した。

「十兵衛、藤吉郎、よくやった。美濃が完全に干上がるまであと少しだ。十兵衛は次の策へ移れ」


余の命令を受け、光秀は次なる極秘任務――京都の掌握へと向かった。

少し前に余が命じた通り、織田家から極秘裏に送られる莫大な米と金、そして未来の衛生知識による特効薬により、困窮しきっていた公家衆は完全に息を吹き返し、さらに正親町の帝と皇室へ送られた内裏の修復費用や、長年滞っていた即位式を復活させるための極秘の巨額援助により、京都の朝廷は完全に織田の恩義に平伏していた。


3. 関白の屋敷へ届いた「未来の時」


そんな中、光秀は京都の頂点に君臨する男の屋敷を訪ねていた。

近衛前久このえ さきひさ

朝廷の最高職である「関白」の地位にありながら、類稀なる行動力を持つ、27歳の若き天才政治家である。


「して、明智十兵衛。尾張の織田上総介は、この前久に何を望むのだ。


荒れた庭を隠すように立てられた御簾みすの向こうから、前久の鋭い声が響いた。

光秀は静かに一礼し、懐から一つの小さな木箱を取り出した。


「我が主・信長からは、『何も望みませぬ。ただ、天下平定ののち、この国が南蛮の脅威に立ち向かうため、関白殿下の知恵をお借りしたい』と。これは、主からの贈り物にございます」


木箱が開けられると、中から眩いばかりの輝きを放つ、精緻な「ガラス製の懐中時計」が現れた。

未来のからくり技術を応用し、尾張の職人に作らせた逸品である。


チクタク、チクタクと、規則正しい音が静かな室内へ響き渡る。

文字盤の上を、一本の細い針が目にも留まらぬ速さでカチカチと刻み、もう一本の針が、極めてかすかに、だが確実に動き続けていた。


その奇妙なからくりに、前久は思わず御簾を上げて身を乗り出した。


「な、何だこれは……。南蛮の時計の噂は聞いたことがあるが、あれは机の上に置くほど巨大で、日に大きく狂うと聞いておる。……だが、この手のひらに収まる小箱は、なぜこれほど細かく動き続けておるのだ? 奇妙な音が鳴り続けておるが……」


前久の眉間の皺を見て、光秀は静かに頭を下げた。


「これは、水時計や線香時計の代わりに、中の細かな鉄の歯車が規則正しく回ることで、時を計る南蛮のからくりにございます。……殿下。南蛮の連中は、一日を正確に二十四に等分し、この小さな箱の中に『狂わぬ時』を閉じ込めて歩き回っておるのです」


「時を、等分に……? 閉じ込める、だと……!?」


前久は息を呑んだ。戦国の日の本では、日の出と日の入りを基準に時間の長さが変わる。

しかし、この時計は太陽の動きを完全に無視し、一秒の狂いもない均等な『絶対的な時』を刻み続けている。若き天才政治家である前久の知性が、その恐るべき本質を一瞬で弾き出した。


(――全ての兵、全ての船が、一分一秒の狂いもなく同時に動くということか。日が暮れたから終わりではない。夜明け前であろうと、織田の兵たちは『全く同じ長さの時』を共有して、寸分の狂いもなく同時に動ける。左様な近代的な統制をされた軍勢に、我が日の本の大名どもが勝てるわけがない……!)


「我が主は申しております。『関白殿下のように、南蛮の脅威と、世界の先を見据えるお方にこそ、この“未来の時”を共有していただきたい』と。そして……これにございます」


前久は文字盤の上で冷徹に時を刻み続ける針を見つめ、全身に冷や汗が流れるのを覚えた。

時計という機械の便利さではなく、時間を完全に支配し、人間を歯車のように寸分の狂いもなく統率する、織田信長という男の近代的な統治思想の化け物ぶりに、胃の腑がひっくり返るほどの衝撃を受けていたのだ。


「織田上総介……。奴は、我らとは違う『時』を生きているというのか……」


光秀が次に手渡したのは、余が自ら筆を執った一通の和紙の書状であった。



4. 朝廷の守護者と、五摂家包囲網


書状を読み進めるうちに、近衛前久の手は小刻みに震え始めた。


そこには、未来の世界情勢――南蛮の列強が宗教を武器に東アジアを植民地化している恐るべき実態と、それに対抗するために「古い室町幕府の武力」を廃し、「朝廷の官位と権威」によって国内の法を一元化する、具体的な国家近代化構想が書かれていた。


だが、前久が本当に戦慄したのは、その美しい理想論の裏にある、あまりにも冷徹な「現実の足場」だった。


ここ数ヶ月、京都の朝廷に届けられていた皇室への莫大な援助金。その黒幕が、目の前の光秀の主君――織田信長だと確信したからだ。


さらに書状には、近衛家だけでなく、九条家、一条家、二条家、鷹司家といった五摂家のすべてに、すでに同様の経済援助と「将来の国家運営への参画の打診」が届けられていることが仄めかされていた。


五摂家はそれぞれ、地方の有力大名(毛利や島津など)の京都における取次(外交窓口)を担っている。

彼らを丸ごと織田の経済力で包囲したということは、地方大名たちの背後を、戦う前にすべて信長の掌の上で握ったことを意味していた。


「……室町幕府を担がぬ、だと? 将軍の権力を廃し、朝廷の官位を『日の本の一元的な統治権』の証明とする……。そればかりか、我ら五摂家と皇室のすべてを、既に銭の檻の中に閉じ込めておったか。織田信長、恐るべき男よ」


前久は懐中時計を握りしめ、ふっと笑った。


「面白い。室町幕府の足利どもは、我ら公家をただの飾りのように扱ってきた。だが、織田信長は違うな。我らの権威の価値を、誰よりも理解しておる。よかろう、明智十兵衛。織田上総介に伝えよ。『お前が真に朝廷の守護者となるならば、この前久、朝廷の総力を挙げてお前にふさわしい最高の官位を用意しよう』とな」


京都の最高権力者と、尾張の若き虎が、歴史の裏側で完全に手を結んだ瞬間だった。



数日後、京都から清洲城へと帰還した光秀は、余の前に平伏してその成果を報告した。


「上総介様、関白近衛前久様、完全に我が方に傾きました。五摂家もすべて織田の恩義に平伏しております。将軍・足利義輝公は孤立し、もはや幕府の権威は地に落ちております」


「上出来だ、十兵衛。これで京都への大義名分は整った」


余は満足げに頷いた。将軍を担がず、朝廷を内側から掌握する。

驚異の減税と偽金工作で美濃を自滅させ、関白を味方につけたことで、織田家が天下を統治するための正当性は一度目の人生とは比べ物にならないほど強固なものとなっていた。


「よし、美濃の斎藤龍興に引導を渡すぞ。だがその前に、藤吉郎」


余は傍らに控えていた木下藤吉郎を呼び寄せた。


「はっ! 足軽の藤吉郎にございます!」

「美濃の栗原山に、主君の暴政を憂いて引きこもっている若き麒麟児がおる。名は竹中半兵衛。あ奴を、我が織田の最高総参謀長として引き抜く。藤吉郎、余と共に、その天才のいおりへ……三顧の礼にも勝る、破格の礼を尽くしに行くぞ」


「へ? た、たけなか……? 軍師様をスカウトしに行くのでございますか!?」


藤吉郎が間抜けた声を上げる中、余は新たなる和紙の手控えを広げ、不敵に笑った。

いよいよ、最強の知略を持つ天才軍師を、未来の医学で救い、良い環境で雇う時が来たのだ。

次回、第4.5話(幕間)『美濃の麒麟児、栗原山にて戦慄する(竹中半兵衛視点)』へ続きます。ここからなろう歴史ifお馴染みの、周囲が主人公のチートぶりに腰を抜かす【他者視点(ご褒美回)】へ突入します!


信長の常軌を逸した経済戦・超減税、そして「偽金工作による物価高騰」の前に、美濃の天才・竹中半兵衛は何を想っていたのか……?


少しでも「面白い!」「先が気になる!」と思ってくださったら、ページ下部からブックマーク登録や、「☆」での評価ポイント、感想をいただけますと、執筆の凄まじい励みになります!どうぞよろしくお願いいたします!



※物語の説得力とクオリティをさらに高めるため、第1話〜第3話の本文を大幅にブラッシュアップ(改稿)いたしました!


第1話:信長の「本能寺を絶対に回避する」という内面描写を強化

第2話:明智光秀の慎重な性格と、臣従への心理描写をよりリアルに修正

第3話:美濃への経済封鎖における『東インド会社』の具体的な暗躍・策略を追加


基本的なストーリーの流れ(桶狭間→光秀勧誘→経済戦)は変わりませんが、キャラクターの魅力や設定の深みが一段と増しております。既に読んでくださった方も、ぜひもう一度振り返って読んでいただけると嬉しいです!


今後とも応援よろしくお願いいたします!

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