第30話:西海に差す黒き影、安土の「大開発」を急がせよ
1:長崎沖の異変と、国家情報省の電信
「――やはり、あのバテレンの首魁め、裏で本国へ救援要請を送りおったか」
西暦一五七〇年代半ば、天正の初頭。安土の『新政庁』。
物見櫓の最上階にて、余は伊賀の「国家情報省」が寸分の狂いもない速さで届けた極秘の隠密報告書を睨みつけていた。
余は南蛮宣教師ガスパル・コエリョを安土へ呼び出し、「奴隷売買の厳禁」「土地寄進の禁止」「政教分離の徹底」という三つの掟を飲ませるハメ手を打った。布教の自由というホワイトな待遇(無理のない環境)を提示して、おとなしく国営宗教法人の中に収まったかに見えた宣教師ども。
だが、彼らは裏で日の本の防衛統制を一分の狂いもなく本国へ報告し、「織田信長は主の教えを阻む悪魔の化身。一刻も早く、無敵の巨大船団を日の本へ派遣し、武力で処分されたし」と、世界侵略の救援要請の絵図を完成させていたのだ。
「惣追捕使様。筑前、肥前、そして長崎の遥か沖合にて、異国の巨大な黒船の影が数隻、目撃されております。本国の先遣隊と思われまする」
報告する黒田官兵衛の顔は、冷酷な獣の如く引き締まっている。隣に座る竹中半兵衛が、涼やかな顔で算盤を叩きながら言葉を添えた。
「宣教師どもの裏切りはすべて、最高総参謀局の予測の内にございます。世界最強の海洋帝国を築かんとする織田の近代システムにとって、この危機の到来こそ、日本全土の野良の武力を合法的かつ完璧に解体し、国営の防衛力へと一本化する最大の好機にございますな」
2:日本全土の大開発、そして独眼竜の強制雇用
「これより、日の本全土を挙げた『防衛大開発』を発令する。金一文の狂いも容赦せぬ」
新政庁の次期最高執行責任者たる十代前半の織田信忠が、安土の中枢から日本全土へ向けて、一分の隙もない迅速さで国営化の命令を飛ばした。
これまでの内政(足固め)によって、畿内、西国、四国、九州、北陸、そして関東全域(里見・佐竹まで)の物流と経済は完璧に掌握されている。南蛮の巨大船団という未曽有の脅威を迎え撃つため、新政庁は全土の鍛冶職人を国営化し、常備狙撃旅団の火縄銃を万全に量産。さらに、三好・九鬼・小早川が率いる織田海軍省の造船局へ莫大な国営資本を投入し、無数の櫂と南蛮型帆走技術を組み合わせ、薄い鉄板を貼り付けた新型鉄甲船の「大量生産(大開発)」を冷徹に始動させた。
この世界無双の国家総動員体制の構築において、新政庁の刃は、未だ独自の武力にしがみつく奥州の伊達家をも一瞬で飲み込みにかかった。
「伊達輝宗殿、および政宗殿。異国の魔手が西海へ迫る今、奥州の卓越した騎馬の馬力と広大な土地を、独自の関税(闇の流通網)のまま眠らせておくのは国家の損失にございます。従わねば朝敵として秒速で処分いたしますが、大義に従うならば『奥州大開発総局長』として手厚い固定給で強制雇用いたしましょう」
東国開発総督の徳川家康、および北条氏政を通じて突きつけられた、帝の宸翰(一人称『朕』)を伴う最終宣告書。
これだけの巨大船団が迫る危機すらも数年前から百パーセント見越し、日本全土を富ませて近代化の罠(ハメ手)を敷いていた信長様の神仏のごとき先見の明に、若き独眼竜・伊達政宗は涙を流して戦慄し、一戦も交えることなく不戦の就職を受け入れるしかないのであった。
3:絶対覇王の仮面と、持続不可能な胃壁の崩壊
その頃、安土の新政庁。
届いたばかりの「奥州の無血開城、および日本全土の大開発開始」の報告書を前に、余の胃壁は文字通り完璧に解体されかけていた。
(……いやいやいやいや! 宣教師のコエリョの奴、本気の本気で本国の無敵艦隊を呼び寄せてるじゃねえか!! 怖すぎるわ! 余はただ『将来の歴史のややこしい部分を少し警戒しておけ』って現代日本の知識を軽く口にしただけなのに! なんで家臣たちも新参の降伏大名たちも『すべては信長様の大航海図の通り!』とか言って、さらに凄まじい狂信(チート級の崇拝)を深めてんの!? 畏れ多すぎてガチで冷や汗が止まらんわ!)
覇王の仮面をガチガチに固定しながら、余の背中には寸分の狂いもない量の冷や汗が流れていた。
世界無双の戦いを前に、新政庁の近代システムは完璧な最高効率で動いている。だが、余の私生活は奥御殿の女性陣によって完璧にハメ殺されていた。最強の恩恵(福利厚生)で完全ホワイト化された奥御殿から、正室の帰蝶、永高内親王さま、そして立花誾千代が並んで物見櫓へ現れる。
「上様、南蛮の無敵艦隊を迎え撃つための大開発、実に見事な大名分にございます。これでまた日本全土の富や、異国の美しい姫君たちが国営官僚として安土へ大量に就職してまいりますね。……内親王さまを奥御殿にお迎えしたばかりでありながら、まさか、世界を相手に他の『下心』があってのことではございませぬよね?」
帰蝶の、全てを見透かすような絶対零度の視線が余の心臓をすり潰しにくる。内親王さまは純真に微笑み、誾千代は「惣追捕使様! この誾千代、織田海軍の新型鉄甲船に乗り込み、異国の黒船を完璧に粉砕してみせまする!」と男勝りに算盤と銃を掲げた。
「ふん、南蛮の魔手を解体し、日の本の近代化を完遂する。すべては余の計算の内よ……」
余は震える手で茶を飲み、威厳たっぷりに言い放った。日本全土の防衛網は完璧に整い、世界を相手にする大航海図の土台は万全となったが、余の胃の寿命だけは、迫り来る世界無双の嵐を前に、到底持続可能とは思えぬ領域へ達しつつあった。
(第31話:安土の「女の陣」と、覇王の冷や汗まみれる作戦会議へ続く)




