第26話:内親王の輿入れ、安土の「女の陣」――最強の恩恵(福利厚生)で奥御殿を無理のない環境(完全ホワイト化)にせよ!
1:紫宸殿からの華麗なる大行列
「――本日ここに、永高内親王殿下の降嫁の儀、寸分の狂いもなく万全に執り行われました」
西暦一五七〇年代半ば、天正の初頭。京(洛中)から近江・安土へと続く、石畳で美しく舗装された国営街道。そこを埋め尽くしていたのは、日の本の歴史上、類を見ないほど豪華絢爛な輿入れの大行列であった。
供奉する近衛前久をはじめとする公家衆の目には、熱い涙が浮かんでいた。かつては深刻な困窮のあまり、皇女でありながら若くして出家せざるを得ぬ尼寺の運命を辿るはずだった永高内親王さま。しかし、惣追捕使たる信長様が巨大な国営資本を投入し、朝廷の財政を完璧に救った 。おかげで、内親王の宣下を受け、この上なく無理のない華やかな環境で、天下の最高幹部として迎えられることとなったのだ。
「惣追捕使様の大恩、朝廷は百パーセント、未来永劫にわたり忘れませぬぞ」
西国、四国、九州、東国、工程通り進んだ北陸全域の秒速解体を経て、日の本全土の物流と経済を完璧に掌握した新政庁。天皇家と正式に血縁を結んだその絶対の大義名分は、次なる攻略対象である奥州の伊達家をも、戦う前に完全に詰ませる最強の刃となる。日の本全土がこの慶事に沸き立つ中、新政庁の威光は完璧な領域へと達していた。
2:女性躍進政府の歓迎と、火花散る算盤
「永高内親王さま、安土の新政庁へようこそおいでくださいました。これからは我が『女性躍進政府』の至宝として、過労なき健やかな暮らしをお約束いたします」
新政庁の別棟。
溢れんばかりの歓迎の笑顔で内親王さまの手を取るのは、総裁の帰蝶、そして副総裁の井伊直虎であった。
内親王は、安土のあまりに近代的で清潔な官庁街と、そこに集う民の活気に、純真な瞳を輝かせていた。
「信長様が日の本を新しく動かしてから、京の御所も豊かになり、私にまでこのような手厚い『固定給』と素晴らしいお役目が与えられるとは……。信長様は、まさに神仏の如きお方にございますね」
内親王さまの曇りのない絶賛の声に、その場に控えていた侍女や付き人たちも次々と涙を流した。それもそのはず、信長はこの舆入れに先立ち、奥御殿の労働環境を徹底的に大改革されていたからだ。
これまでの身の回りへの過酷な徹夜や雑務をすべて禁止し、交代制の職務を敷いて手厚い休暇(恩恵)と確実な固定給を支給する――まさに最強の福利厚生による完全ホワイト化。女性がこれほど大切に扱われ、無理なく輝ける職場を用意された信長様への盲信が奥御殿に満ちる中、九州から電撃就職してきた立花誾千代は、男勝りに算盤をグッと抱え直して声を張り上げた。
「内親王様、お覚悟を! この誾千代、惣追捕使様の婚姻内定を戴く者として、殿下の護衛(最高職務)を完璧に果たす所存! いかなる南蛮の魔手からも、この命を国営化して守り抜いてみせまする!」
「あら、立花殿。ずいぶんと威勢が良いことです。上様をお支えする『身内』の序列を、勘違いされては困りますよ?」
帰蝶の、完璧な笑みの奥にある眼光が絶対零度へと凍りつく。誾千代の生真面目な気迫と、帰蝶の正室としての圧倒的な格調が激突し、庁舎の空気がビリビリと震えだす。直虎は「流石は上様の選んだ才媛たち……!」と目を輝かせているが、その場に満ちる戦の気配は、戦国三国志のどれよりも凄まじいものがあった。
3:絶対覇王の仮面と、限界を迎えた胃壁
その頃、新政庁の最上階。
物見櫓から大行列を見下ろしていた余の内心は、恐怖と畏れ多さで完全に狂いそうになっていた。
(……いやいやいや! 降嫁が内定していたとはいえ、いよいよ本物の皇族の内親王さまが余の嫁として輿入れしてきちゃったよ! 恐れ多すぎてガチで震えが止まらんわ! しかも余がただ『過労死せんように交代制で楽に働かせろ』と言っただけなのに、奥御殿が最強の福利厚生で完全ホワイト化されて全員が余を神格化してるじゃねえか! 帰蝶殿の眼光と誾千代のやる気が安土の庁舎でバチバチに激突してるのがここからでも肌で伝わってくるし、勘弁してくれ、余のライフはもう秒速で解体されてるぞ!)
覇王の仮面を鉄の如く固定しながら、余の背中には寸分の狂いもない量の冷や汗が流れていた。
先日の査問で、南蛮宣教師のコエリョが裏で本国へ巨大船団の救援要請(世界無双編への不穏な前兆)を送った気配を、伊賀の国家情報省が察知している。異国の驚意に備えて日の本の足元を百パーセント完璧に固めねばならぬというのに、余の私生活は戦う前に完全に詰まされていた。
「上様、内親王さまのお迎え、万全にございます。……それにしても、奥御殿をこれほど手厚く大改革されるとは、東国や北陸の開発を口実に、さらに他の大名の美女まで囲う『下心』など、ございませぬよね?」
部屋に入ってきた帰蝶の、全てを見透かすような視線が余の心臓をすり潰しにくる。
「ふ、ふん、当然よ。朝廷の大義のもと、すべての知恵を日の本の近代化に転用する。すべては余の計算の内よ……」
余は震える手で茶を飲み、威厳たっぷりに言い放った。朝廷との絆は万全となり、大航海図の土台は完璧に整ったが、余の胃の寿命だけは、次なる奥州・伊達家への調略を前に、到底持続可能とは思えぬ領域へ達しつつあった。
(第27話:不滅の皇統、安土の「大計画」に連なるへ続く)




