第24.5話(幕間):安土の給与袋、あるいは降伏者たちの拝賀
1:安土の昼下がりと、文化官僚の悦び
「――いやはや、今川殿。此度の新政庁が定めた北陸の関税帳、実に見事な仕上がりにございますな」
安土の近代的で実務に特化した官庁街、その一角にある『国営文化振興院』の庁舎。
副総裁として就職した朝倉義景は、真新しい紙の帳簿を前に、穏やかな顔で算盤を弾いていた。その隣では、最高芸術顧問となった今川氏真が、公家衆直伝の優美な手つきで茶を点てている。
かつて地方の戦乱の中で、領国の維持と過酷な外征に追われ、過労で命を落としかけていた日々が嘘のようであった。
「まことに。刀を交える戦では役立たずと嘲笑われた我が蹴鞠の足腰や和歌の知恵を、信長様は『無血の外交網』としてこれ以上ない手厚い待遇で活かしてくださった。毎月寸分の狂いもなく支給される高額な『固定給』をいただき、好きな芸術に没頭しながら国の近代化を支えられるとは……。信長様は古い古い家柄を合法的に解体なされたが、我らを生かす道を作られた、真の救世主にございますよ」
二人は安土の窓から見える豊かな城下町を眺め、涙を流して惣追捕使様への大恩を語り合うのだった。かつて敵対した大名すらも無理のない環境で包み込む(ビルド)、織田の近代システムの心地よさに、彼らは百パーセント心酔していた。
2:東国官僚の戦慄と、神仏の如き覇王
「……加賀の一向一揆すら、刀を交えず『固定給』と『国営寺子屋』の福祉で秒速で溶かしたというのか」
新政庁の本庁舎へと続く廊下。東国から実務報告のために安土へ召し出された、東国開発総局長の北条氏政と、甲信金山開発総局長を務める武田勝頼の二人は、すれ違う明智光秀の軍勢のあまりの無駄のなさに身震いをしていた。
氏政は、信長が以前徳川家康に提示したという『江戸大都市計画図(利根川東遷など)』の、数百年先を見据えた治水の知恵に圧倒され、降伏を受け入れた過去を持つ。
「我ら北条が代々誇りとしてきた『四公六民』の善政すら、新政庁が全土に敷いた国営の互助の仕組みの前には、最初から組織図の中に組み込まれた一段階に過ぎなかった。勝頼殿、信長様の頭脳は、我ら凡夫には理解すらできぬ領域に達しておいでだ」
「ああ。我が武田の誇り高き騎馬隊をすべて新政庁が買い取り、軍馬を輸送路の荷馬車へと転用した計算の冷徹さ……。だが、おかげで我が将兵は山岳守備旅団として飢えることなく、手厚い扶持をもらって活かされている。氏政殿、あの御仁は一分の隙もない冷徹無比な絶対強者だ。動揺や弱音などという泥臭い言葉は、あの御仁の辞書にはただの一文字も存在せぬ」
二人の新参官僚の目から見れば、物見櫓の天より天下を凝視する織田信長という男は、運命すら完璧にコントロールする絶対の覇王そのものであった。
3:絶対覇王の仮面と、崩壊する胃壁
その頃、新政庁の最上階。
四人の降伏大名たちが「すべては惣追捕使様の完璧な計算の内!」と一糸乱れぬ所作で平伏するのを前に、余の胃壁は文字通り完璧に解体されかけていた。
(……いやいやいや! 朝倉も今川も、ただ無職でプラプラしてたら格好がつかんから適当に芸術の仕事を割り振っただけだし! 北条や武田をハメ殺して固定給で縛り付けたのは二兵衛だし! 余はただ、みんながブラック労働で過労死せんように現代日本の知識を丸投げしただけなのに、なんでこんなに神格化されてんの!? 怖すぎるわ!)
覇王の仮面を鉄の如くガチガチに固定しながら、余の背中には寸分の狂いもない量の冷や汗が流れていた。
部下たちも、新しく就職してきた官僚たちもチートすぎて、余の頭脳は完全に置いていかれている。そんな内心の恐慌状態に追い打ちをかけるように、襖が静かに開き、正室の帰蝶、臨席する副総裁の井伊直虎、そして九州の立花誾千代が並んで姿を現した。
「上様、東国や北陸の近代化、万全の様子。これでまた加賀や甲信の美しい名産や美女たちが国営官僚として安土へ大量に就職してまいりますね。……間もなく帝から永高内親王さまの降嫁の儀が行われるというのに、まさか、他に『下心』があってのことではございませぬよね?」
帰蝶の、全てを見透かすような絶対零度の視線が余の心臓をすり潰しにくる。誾千代は「惣追捕使様! この誾千代、新参の東国官僚たちに算盤の扱いを叩き込む職務、いつでも引き受ける所存!」と男勝りに微笑み、直虎は感動の目を輝かせている。
「ふん、当然の結末よ。東国と北陸の知恵をすべて日の本の近代化に転用する。すべては余の計算の内よ……」
余は震える手で茶を飲み、威厳たっぷりに言い放った。日の本の足固めは完璧に整ったが、余の胃の寿命だけは、来るべき世界無双の戦いを前に、到底持続可能とは思えぬ領域へ達しつつあった。
(第25話:能登・越中の算盤、奥州への陸路を開けへ続く)




