第21話:惣追捕使の拝賀、洛中に満ちる「算盤」の音
1:紫宸殿の宸翰、帝の『朕』なる決意
「――織田惣追捕使、信長。日の本全土の国営化、および足元の内政万全なる旨、実に見事である」
京(洛中)の御所。格式高い紫宸殿の奥から、周囲からの三人称たる『帝』の、静かで威厳に満ちた声が響く。
その御手には、公的文書たる宸翰が握られていた。かつて深刻な困窮に喘いでいた朝廷は、信長が新政庁の巨大な国営資本を投入し、速やかに修繕と財政支援を行ったことで、古の律令制における輝きを完璧に取り戻していた。
「朕は、此度の南蛮宣教師に対する三つの掟を全面支持する。異国の魔手からこの日の本を守り、世界最強の海洋帝国を築くため、惣追捕使の持つ軍事・警察大権職を、さらに盤石なものと認めよう」
帝の傍らに控える近衛前久が、恭しく一礼して書類を掲げた。
「信長様、帝の宸翰はすでに越後の上杉謙信公にも届き、某は北の壁とならんと、軍神涙の同盟が結ばれております。さらに、内定しておりました、帝の皇女・永高内親王殿下の降嫁の儀も、いよいよ万全に時期が整いました。今や朝廷と新政庁は一体。野良の武力を解体する絶対の大義名分は、寸分の狂いもない完璧にございます」
(……畏れ多すぎるわ! 内定していたとはいえ、いよいよ永高殿下が余の嫁として安土へ来られるのか!? 帝から直々に褒め称えられて大義名分をもらうのはありがたいが、格式が高すぎて内心ガチで震えが止まらんぞ!)
覇王の仮面の裏で、余は心の中で盛大に冷や汗を流し、グッと胃を押さえた。表向きは冷徹な惣追捕使を演じねばならぬが、胃壁はすでに物価高騰の如く悲鳴を上げていた。
2:安土の最高執行責任者と、新たな官僚たち
「――報告いたします。飛騨の姉小路頼綱殿より、江戸の埋め立てと利根川東遷の大工事に必要な、最高峰の木材と匠の技が安土へ到着いたしました」
安土の『新政庁(物見櫓のある官庁街)』。
前線に出されず、次期最高執行責任者としてのエリート官僚教育を施されている十代前半の織田信忠が、十代前半とは思えぬ貫禄を湛えながら見事な差配を振るっていた。その横では、織田東インド商会で算盤の実務教育(無理のない労働環境)を叩き込まれた織田信雄と信孝が、真剣な目で物流の帳簿を検めていた。
「よくやった。これらはすべて、東国開発総督に内定している徳川家康殿の三河基地へ、織田東インド商会の闇の流通網(抜け荷の裏路)を突いた最短路で輸送せよ」
信忠の的確な指示に、最高総参謀局の竹中半兵衛と黒田官兵衛が満足げに頷く。
さらにその庁舎には、国営文化振興院・副総裁として就職した朝倉義景や、最高芸術顧問となった今川氏真も並んでいた。氏真は、公家衆との繋がり(人脈の裏路)をフル活用し、東国の調略に向けた格式高い外交文書を寸分の狂いもない構築で仕上げていた。
「本願寺の門徒の繋がりを転用した『国営寺子屋』の仕組みを、関東の民にも提示いたしましょう。北条氏政殿が誇る『民のための政』の経験を、我が新政庁の固定給の組織図へ強制雇用するための罠は、とうに万全にございます」
3:絶対覇王の仮面と、挟み撃ちの胃痛
「ふん、当然の帰結よ。朝廷の大義のもと、東国の古い武力を合法的に解体(スクラップ&ビルド)し、近代化の労働力として再構築する。すべては余の計算の内よ……」
余は物見櫓の文机で、届いたばかりの東国調略図を前に、威厳たっぷりに言い放った。
(いやいやいや! 朝倉や今川を文化官僚としてフル稼働させて、北条をハメ殺す気満々の包囲網が完成してるじゃねえか! 信忠もいつの間にか完璧な最高幹部として成長してて、余の頭脳が完全に置いていかれてるわ! 優秀すぎて胃がキリキリ痛む!)
そこへ、女性躍進政府の総裁・帰蝶、副総裁の井伊直虎、および九州から電撃就職してきた立花誾千代が並んで現れた。
「上様、かねてより内定しておりました永高内親王殿下の降嫁の儀、いよいよ万全に動き出しましたね。これで安土の女性躍進もさらに格式高くなりますね。……それにしても、九州の立花殿に続き、今度は皇族の姫君まで正式に『身内』に迎えられるとは。まさか、他に『下心』があってのことではございませぬよね?」
帰蝶の、全てを見透かすような絶対零度の視線が余を射抜く。誾千代は「惣追捕使様! この誾千代、降嫁される皇女殿下の警護(最高職務)としても粉骨砕身働く所存!」と男勝りに算盤を叩き、直虎は「流石は上様、神仏のごとき先見の明……!」と目を輝かせている。
南蛮宣教師コエリョが裏で本国へ巨大船団の救援要請を送る中、朝廷の大義と東国の近代化を万全に繋いだ織田家。だが、余の胃の寿命だけは、次なる関東・東国編の嵐を前に、到底持続可能とは思えぬ領域へ達しつつあった。
(第22話:坂東の荒野を拓く前に、足元の盤石を敷けへ続く)




