第20話:坂東の荒野を拓く前に、足元の盤石を敷け
1:国営寺子屋と、門徒の筆の音
「――して、現在の領内における国営寺子屋の進捗はどうなっておる」
安土の『新政庁』。物見櫓から吹き込む夏の風を受けながら、余は文机の上に山と積まれた内政報告書をめくっていた。
脳裏にあるのは、かつて本能寺で燃え盛る炎に巻かれた忌まわしい記憶。そして、過度な実力主義がもたらす悲惨な過労死の構図である。二度目の人生、余は絶対に身内や領民を酷使せぬと誓った。効率的に、美しく、そして全臣下を無理のない環境で生かす。それが余の天下布武だ。
「ははっ。かつて一揆に身を投じていた本願寺の門徒の繋がり(人脈の裏路)にございますが、新政庁が敷いた『国営宗教法人化』と政教分離の掟のもと、完璧に国営寺子屋と国営孤児院へと転用されております」
報告する黒田官兵衛の顔には、一分の隙もない。
隣に座る竹中半兵衛が、涼やかな顔で算盤を弾きながら言葉を添える。
「かつての門徒たちは、新政庁から手厚い『固定給』を支給される教師や養育員として再雇用され、涙を流して安堵しております。野良の武力を完全に解体し、国家の基礎たる教育へ万全の力を吸い上げる……これにて畿内、近江、越前、東海の足元は、寸分の狂いもない盤石にございます」
2:女性躍進政府の少子化内政と、西海からの風
「さらに、我らが担う『国営産院』と『女性の職務支援』の近代内政も、孤児院との連動によって一石二鳥の成果を上げております」
襖が静かに開き、正室の帰蝶、臨席する副総裁の井伊直虎が姿を現した。
戦乱で困窮した女性たちを国営官僚や輸送員として手厚い労働環境で召し抱え、その子供たちには無償で高度な近代教育を施す。次世代の持続可能な日の本を支える労働力を、戦うことなく秒速で育成していく画期的なシステムだ。
そこへ、九州開発総局からの超高額固定給の辣腕官僚として安土へ赴任してきたばかりの、立花誾千代も並んで現れた。
「惣追捕使様! 四国開拓長官の長宗我部元親殿、および中国開発総局長の毛利輝元殿からも報告が届いております! 山陰山陽や四国、そして我らが九州の各地にて、領民に固定給を支払っての港湾や街道の国営大開発が、万全に進んでおるとのこと!」
誾千代は男勝りの凛々しさで、手にした内政の算盤を掲げた。
新しく最高幹部(婚姻内定)として組織図に組み込まれた烈女の働きぶりは凄まじいが、それを見つめる帰蝶の笑顔の奥の眼光は、相変わらず絶対零度であった。
「上様、足元の全領土の内政は完璧。これでいよいよ、箱根の先――関東への働きかけも万全でございますね。……それにしても、これほど手厚く女性を登用されるとは、まさか、他に『下心』があってのことではございませぬよね?」
3:絶対覇王の仮面と、完璧なる胃壁の崩壊
(ひえっ、帰蝶殿と誾千代の挟み撃ち、相変わらず怖すぎるわ! 余はただ『みんなを無理のない環境で働かせて国力を高めろ』って言っただけなのに! なんで足元の内政が秒速で近代的で健全な社会に生まれ変わって、完璧な大内政の仕組みが完成してるの!? 部下も妻もチートすぎて、余の頭脳が完全に置いていかれてるぞ!)
覇王の仮面をガチガチに固定しながら、余の内心はパニック状態に陥っていた。
先日の査問で、南蛮宣教師のコエリョが裏で本国へ救援要請(巨大船団の招集)を送った気配がある。だからこそ、関東の攻略という外征へ本格的に乗り出す前に、いま手元にある全ての領土のインフラと経済を固め、国力を完璧に底上げしておく必要があった。すべては計算通り――周囲からはそんな冷徹無比な絶対覇王に見えているだろうが、余の心臓はもう限界だ。背中には寸分の狂いもない量の冷や汗が流れている。
「ふん、当然の結末よ。足元を完璧に富ませてこそ、次なる大開発が万全となる。すべては余の計算の内よ……」
余は震える手で茶を飲み、威厳たっぷりに言い放った。日の本の足固めは完璧に整ったが、余の胃の寿命だけは、来るべき関東編と世界無双の戦いを前に、到底持続可能とは思えぬ領域へ達しつつあった。
(第21話:惣追捕使の拝賀、洛中に満ちる「算盤」の音へ続く)




