第17話:飛騨の「匠の技」、安土の「大開発」に組み込まれる
1:山深き隘路に響く、算盤の音
「――あの織田が、この雪深き山奥にまで手を伸ばしてくるとはな」
飛騨国。
険しい山々に囲まれたその地を治める姉小路頼綱は、安土の新政庁から送り届けられた一通の書状を前に、苦渋の表情を浮かべていた。
飛騨は米がほとんど獲れぬ貧しい国であり、周囲の大名たちからは「ただの山奥」と侮られてきた。だが、惣追捕使となった信長様が日の本を新しく動かしてから、その価値は寸分の狂いもない国家計算によって、一変していた。新政庁が進める安土の巨大な官庁街(新政庁)の造営、そして徳川家康や北条氏政が担う『江戸大都市計画』。これらすべてにおいて、飛騨が誇る最高峰の木材と、古来より伝わる「飛騨の匠」の建築技術は、何としても手に入れたい国家の至宝(資源)だった。
「頼綱様、すでに甲斐の武田勝頼様も『甲信金山開発総局長』として固定給で雇われ、誇り高き騎馬隊を解体されました。我ら飛騨の山道も、織田の『闇の流通網』を突く調略によって、すでに物の流れを完璧に塞がれております」
地元の木材商たちが青ざめた顔で報告する。
飛騨が誇る豊かな森林資源は、織田東インド商会による経済封鎖によって、外へ出せないように陸路を100%塞がれていた。戦う前に、国としての小作料(収入)を完璧に断たれている絶望。頼綱の手には、安土からの手厚くも冷徹な最終通告書が握られていた。
2:匠の解体と、国営の森林大開発
その通告書に書かれていたのは、地方の一大名としての姉小路家を合法的に解体し、その技術と資源を国家のために100%吸い上げるという、冷徹極まりない最高総参謀局のハメ手であった。
姉小路頼綱に提示されたのは、松永久秀が統括する治安維持と鉱山開発の傘下、『国営森林開発総局長』のポスト。そして飛騨のすべての木工職人たちを、織田の近代化を支える高額な『固定給』の建築官僚として強制雇用するという、破格の救済策であった。
「我らの伝統ある匠の技を、新政庁の造営と、行ったこともない江戸の埋め立て(利根川東遷)のために差し出せと仰せか……!」
頼綱は拳を握りしめた。だが、拒めばどうなるか。すでに越後の上杉謙信は「北の不滅の壁」として涙の同盟を結び、東国の徳川・北条・武田もすべて新政庁の組織図の中に組み込まれている。孤立無援の飛騨が抗えば、一族諸共秒速で処分される未来は明白であった。
「頼綱様、信長様は国益の足枷となる者は容舎なく排除されますが、従う者には手厚い待遇を用意されます。職人たちも、戦の恐怖なく、これほどの手厚い固定給で腕を振るえるならばと、涙を流して安堵しております」
民を、そして職人の技を無駄死にさせぬための、これが唯一の道。頼綱はついに天を仰ぎ、飛騨のすべての資源と知恵を織田の国家システムへ捧げるべく、降伏の起請文に血判を押すのだった。
3:安土の絶対覇王、その胃壁の摩耗
その頃、安土の新政庁。物見櫓で冷たい茶を胃に流し込む余の内心は、恐怖で完全に狂いそうになっていた。
(……いやいやいや! 飛騨に『江戸の開発で木材が足りんから、少し売ってくれんか』って軽く使者を送っただけなのに! なんで二兵衛は街道を100%封鎖して、姉小路を大物価高騰でハメ殺す寸前まで追い詰めてるの!? 匠の職人たちを丸ごと国家公務員にしてフル稼働させてるじゃねえか! 容赦なさすぎてガチで冷や汗が止まらんわ!)
覇王の仮面を鉄の如く固定しながら、余の背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
周囲からは、必要があれば有能な技術すら一瞬で縛り付ける冷酷無比な絶対強者に見えているだろう。だが、余の心臓はすでに限界だ。さらに正室の帰蝶からは「飛騨の山奥から、今度はどのような美しい娘を国営の産院へスカウトされるおつもりですか?」と、全てを見透かすような冷ややかな視線が突き刺さる。
「ふん、飛騨の匠の技を東国の大開発に転用する。すべては完璧な計算の内よ……」
余は震える手で茶碗を置き、威厳たっぷりに言い放った。これで東国の資材網の掌握も万全となったが、余の胃の寿命だけは、到底持続可能とは思えぬ領域へ達しつつあった。
(第18話:九州の「闇の十字架」、安土の「国家統制」と衝突すへ続く)




