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第16話:甲斐の巨星、安土の「高給」に揺らぐ

1:駿河の海を遠く望む山嶺にて


「――織田海軍省の新型鉄甲船が、駿河湾の海の流通を100%塞いだと!?」


甲斐国。険しい山々に囲まれた本拠にて、武田勝頼は宿老の穴山信君がもたらした報告に、驚愕のあまり立ち上がっていた。


武田家はこれまで、隣国である今川領の駿河を通じて、あるいは織田東インド商会を介して、塩や必需品の交易を辛うじて繋いできた。今川氏真がすでにその高い教養を買われ、安土で『国営文化振興院・最高芸術顧問』として手厚い固定給で強制雇用されている今、駿河の港湾や交易路は織田の統制下に置かれつつあった。


そこへ放たれた、最高総参謀局の二兵衛による経済封鎖。

武田の領内は外へ出せない木材や農産物で溢れかえり、代わりに運び込まれる日用品の値段が跳ね上がる大物価高騰に見舞われていた。戦う前に、国の経済を完璧に断ち切られている絶望。勝頼の手には、東国開発総督に内定した徳川家康を通じて届けられた、安土からの冷徹なる最終通告書が握られていた。



2:誇り高き騎馬の解体と、第二の職場


その通告書に書かれていたのは、武田の伝統である「騎馬武者」という野良の武力を完全に解体するという、冷徹極まりない国家の計算であった。


これからの鉄砲や防弾船の時代において、維持費ばかりがかかる山奥の騎馬隊は非効率の極み(スクラップ)である。信長はそれらをすべて新政庁で買い取り、軍馬は国営の輸送路を走る荷馬車へと転用する。

代わりに勝頼へ提示されたのは、松永久秀が統括する鉱山開発の傘下、『甲信金山開発総局長』のポスト。

そして、武田の将兵の強靭な足腰を活かした、『国営山岳守備旅団長』という、破格の固定給が約束された近代官僚への就職ビルドであった。


「我らに、誇り高き武田の伝統を捨てて、算盤を持てと仰せか……!」


勝頼は唇を噛みしめ、血を滲ませた。だが、拒めばどうなるか。すでに北の上杉謙信は「北の不滅の壁」として織田と涙の同盟を結び、東の北条氏政も『東国開発総局長』として家康を支える側へ回っている。


「勝頼様、信長様は国益の足枷となる者は容赦なく処分されます。されど、大義に従う者には手厚い待遇を用意される。……民を、そして武田の血を過労で殺さぬための、これが唯一の道にございます」


信君の涙ながらの進言に、勝頼はついに天を仰いだ。戦う前に完璧に詰まされている絶望。勝頼は、武田の統治能力と武力を織田の国家システムへ捧げるべく、降伏の起請文に血判を押すのだった。



3:安土の絶対覇王、その胃壁の減損


その頃、安土の新政庁。物見櫓で冷たい茶を胃に流し込む余の内心は、恐怖で完全に狂いそうになっていた。


(……いやいやいや! 武田に『そろそろ金山も苦しいだろうから、こっちの仕事を手伝わんか』って軽く使者を送っただけなのに! なんで二兵衛は駿河の海を100%封鎖して、甲斐を大物価高騰でハメ殺す寸前まで追い詰めてるの!? そもそも今川氏真の奴を最高芸術顧問として囲い込んだ時点で、駿河の流通を完全に織田の利権にしてただなんて余は知らんぞ! 容赦なさすぎてガチで冷や汗が止まらんわ!)


覇王の仮面を鉄の如く固定しながら、余の背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。


周囲からは、必要があれば有能な武力すら一瞬で縛り付ける冷酷無比な絶対強者に見えているだろう。だが、余の心臓はすでに限界だ。さらに正室の帰蝶からは「甲斐の山奥から、今度はどのような美しい姫君を国営の産院へスカウトされるおつもりですか?」と、全てを見透かすような冷ややかな視線が突き刺さる。


「ふん、武田の足腰を山岳防衛と金山開発に転用する。すべては余の計算通りよ……」


余は震える手で茶碗を置き、威厳たっぷりに言い放った。これで甲信の掌握も万全となったが、余の胃の寿命だけは、到底持続可能とは思えぬ領域へ達しつつあった。


(第17話:飛騨の「匠の技」、安土の「大開発」に組み込まれるへ続く)

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