変容と違和感
第二幕 変容と違和感
一 盆マサイ
十二月に入ると、日本各地で奇妙なニュースが流れ始めた。
最初に火がついたのは、島根県の小さな町だった。
地元の祭り好きの青年会が、マサイの跳躍ダンス「アドゥム」を盆踊りに取り入れた映像をSNSに投稿したのだ。
浴衣姿の男女が、やぐらの周りで盆踊りのリズムに合わせて垂直に跳び上がっている。
音楽はどこかの夏祭りで使われる定番の曲で、「ドンドコドン」というお囃子に合わせて全員が力いっぱい跳んでいる。
映像は三日で百万回再生を超えた。
コメント欄は「なんかわからんけど楽しそう」「これ普通に盆踊りより楽しくない?」「島根すごい」という声で溢れた。
翌週には愛知、翌々週には北海道でも似たような映像が上がった。
それぞれが微妙に違う解釈で跳んでいた。
愛知版は音頭のリズムに合わせてゆっくり跳んでいた。
北海道版は防寒着のままで跳んでいた。
年が明ける頃には「盆マサイ」という言葉がトレンド入りしていた。
◇
信人がその映像を初めて見たのは、オフィスの田村に「これ見た?」と画面を向けられたときだった。
「……なんですかこれ」
「盆マサイ。今めちゃくちゃ流行ってる」
信人は映像を見た。浴衣の人たちが、お囃子に合わせて垂直に跳んでいる。
真剣な顔で跳んでいる人もいれば、笑いながら跳んでいる人もいる。
「普及させろって言ったのは上からだけど、まさかこんな形になるとは」
田村は言った。
「課長は喜んでるよ。自然に浸透してるって」
「でもこれ、本来のアドゥムとは全然違いますよね」
「そうなの?」
「アドゥムは成人の儀式に関係するダンスで、戦士としての力を示すためのものです。お祭りのノリとは文脈が」
「まあでも、楽しそうだからいいんじゃない」
田村はそれだけ言って、自分の仕事に戻った。
信人は画面を見続けた。
楽しそう、というのはその通りだった。でも何かが、胸の奥でひっかかった。
◇
その夜、信人はキプチョゲにメッセージを送った。
「盆マサイという現象が日本で広まっています。映像を添付します。見てもらえますか」
翌朝、返信が来た。
「見た。三回見た」
それだけだった。
信人はしばらく待ったが、それ以上のメッセージは来なかった。
昼過ぎに、ようやく続きが届いた。
「正直に言うと、笑った。でも笑った後で、少し変な気持ちになった。なんと言えばいいかわからない。今夜また連絡する」
◇
その夜のビデオ通話で、キプチョゲはいつもより少し疲れた顔をしていた。
「見たよ、盆マサイ」
「どう思いましたか」
キプチョゲはしばらく考えてから言った。
「楽しそうだった。日本人が楽しそうに跳んでいるのは、悪い気はしない」
「でも」
「でも」
キプチョゲは繰り返した。
「アドゥムというのはな、ただ跳ぶんじゃない。跳ぶ高さで、自分がどれだけ強い戦士かを示す。仲間に示す、女性に示す、自分自身に示す。そういう意味がある」
「知っています」
「その意味が、盆踊りのお囃子の中には、ない」
信人は黙って聞いた。
「悪いとは言っていない」
キプチョゲは続けた。
「文化が伝わるとき、文脈が変わるのはある意味で自然なことだ。でも」
「でも?」
「核がなくなるのは、違う話だと思う」
信人はその言葉を聞いて、何かを思った。
うまく言葉にならなかったが、確かに何かを感じた。
「核、ですか」
「アドゥムの核は、跳躍の高さじゃない。高く跳ぼうとする意志だ。恐れずに全力を出す、ということだ。それが盆踊りの映像に、あったか?」
信人は映像を思い出した。笑いながら跳んでいる人たち。楽しそうだった。
でも確かに、全力ではなかった。
「……なかったかもしれません」
「そうだな」
キプチョゲは言った。
「ないから、かわいい。ないから、バズる。それが少し、寂しい」
二 武士道クチュール
十二月。
パリでは別の現象が起きていた。
マリーからの報告メールは、いつも簡潔で事務的だった。
だがその月に届いたメールには、珍しく個人的な感想が一行添えられていた。
『状況を報告します。パリ第六区のデザイナー、アントワーヌ・ルブランが「武士道クチュール」と銘打ったコレクションを発表し、ファッション界で話題になっています。資料を添付します。正直に言えば、私はこれを見て頭が痛くなりました』
添付された資料を開くと、ランウェイの写真が並んでいた。
モデルたちは、和洋折衷というより和洋衝突とでも言うべき衣装を着ていた。
着物の袖をジャケットに縫い付けたもの、侍の兜をモチーフにしたヘッドピース、刀の鍔をイメージしたというベルト。
黒と金を基調とした色使いは確かに洗練されていたが、信人にはどこか異様に映った。
コレクションのコンセプト文には、こう書かれていた。
『武士道とは、美しき死の哲学である。我々は今こそ、その崇高な諦念をファッションで表現する』
信人は画面から目を離した。
美しき死の哲学。
それは武士道じゃないと思った。少なくとも、自分が知っている武士道の断片とは違った。
でも自分は武士道をどれだけ知っているのか、と問われると、自信がなかった。
◇
マリーに電話した。
「メール読みました。頭が痛くなった、というのは」
「見ればわかるでしょう」
マリーは言った。相変わらず声が鋭い。
「あれを見て頭が痛くならない人間がいたら、その人の感覚を疑います」
「武士道クチュール、ですか」
「アントワーヌ・ルブランはフランスでは実力のあるデザイナーです。彼が手がけたというだけで、国内では『新しい文化の融合』として持て囃されている。メディアも面白がって取り上げている」
「悪いことではないと思いますが」
「あのコンセプト文を読みましたか」
「読みました」
「武士道を『死の哲学』と表現することに、あなたは違和感を覚えませんか」
信人は少し間を置いた。
「……覚えます」
「ならなぜそう言わないんですか」
マリーは言った。
「あなたは武士道の元の持ち主でしょう」
「元の、ですが。もう渡してしまいましたから」
マリーが黙った。
その沈黙は少し長かった。
「……渡したから、何も言えないと?」
「規則上は、そうなります」
「規則」
マリーは繰り返した。声のトーンが少し変わった。
怒りではなく、何か別の感情が混じっているように聞こえた。
「ミスター明智、一つ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「あなたは本当に、武士道が何なのか知っていますか」
信人は答えられなかった。
マリーは続けた。
「私はこの二ヶ月、サムライについて調べました。義務だったからです。でも調べるうちに、気になってきた。武士道というのは、あのデザイナーが言うような死の美学じゃない。もっと生きることに関係した考え方だと、私には見えた」
「そう、だと思います」
「だとしたら、今パリで広まっているものは武士道ではない」
「……そうかもしれません」
「そうかもしれません、ではなくて」
マリーは言った。
「そうなんですか、そうじゃないんですか」
信人は窓の外を見た。一月の東京は寒く、空が低かった。
「……そうじゃないと、思います」
信人はやっと言った。
「武士道は、死に方の話じゃなくて、生き方の話だと思うので」
「生き方」
「誠実に生きること、義を尽くすこと、恥を知ること。そういうことが核にあって、死に様はその結果に過ぎない、という考え方だと」
言葉にしながら、信人は自分が今まで一度も武士道についてこんなふうに話したことがなかったと気づいた。
マリーがしばらく黙っていた。
「それを」
彼女はゆっくりと言った。
「なぜ最初から言わなかったんですか」
「……好きじゃなかったので」
「好きじゃなくても、知っているでしょう」
「知っているのと、語れるのは違って」
「違わないと思いますけど」
信人はまた黙った。マリーも黙った。
今度の沈黙は、最初の頃とは少し質が違った。
対立ではなく、お互いが何かを考えている沈黙だった。
「一つお願いがあります」
マリーは言った。
「何ですか」
「武士道について、もう少し教えてもらえますか。正式な手続きとは別に。私が間違った形で普及させないために」
信人は少し驚いた。
「……私が教えられることなんて、たいしてないですよ」
「あなたが知っていることを話してくれればいい」
信人はしばらく考えた。
「わかりました」
信人は言った。
「でも一つ条件があります」
「何ですか」
「マサイ文化についても、教えてもらえますか。キプチョゲさんから聞いている部分もありますが、外から見た視点も欲しくて」
マリーが少し笑った気がした。声だけではっきりとはわからなかったが、確かに笑ったと思った。
「わかりました。それは公平な取引ですね」
◇
通話が終わりかけたとき、マリーがふと言った。
「一つだけ、個人的なことを話してもいいですか」
「どうぞ」
「父がパリで小さなビストロを経営していました。三十年続いた店です。去年、閉めました」
過去形だった。信人はそれに気づいた。
「時代に合わないと言って」
マリーは続けた。
「でも本当は、時代に負けたんだと思います。フランス料理の伝統にこだわりすぎて、変われなかった」
「……それで、フランス料理の文化が渡ることへの怒りは」
「父の三十年が、どこかに消えていくような気がして」
マリーは一瞬だけ目を伏せた。
すぐに顔を上げたが、信人はその一瞬を見た。
「だから武士道を理解したいんです」
マリーは言った。
「父が信じたものを、私はちゃんと受け取れなかった。武士道の中に、そのヒントがある気がして」
信人はしばらく何も言えなかった。
言えなかったのは、同じだと思ったからだ。
父が信じたものを、ちゃんと受け取れなかった。それは自分のことでもあった。
三 父からの電話
一月の終わり、父から珍しく電話がかかってきた。
明智剛からの電話は年に数回しかない。
息子の誕生日と、正月と、あとは何か用事があるときだけだ。
用件を話したらすぐ切る。世間話をする人間ではない。
「信人か」
「うん、どうしたの」
「ニュースで見た。侍の文化が、フランスに渡ったというやつ」
「うん。俺が担当してる」
少し間があった。
「そうか」
父は言った。
「どんな感じだ」
「どんな感じって言われても……いろいろあって。フランスで武士道クチュールとか言うコレクションが出てきて、ちょっと違うなと思ってはいるけど」
「武士道クチュール」
父は繰り返した。
「服か」
「服のブランド。武士道を死の哲学って解釈してて」
また間があった。今度は少し長かった。
「お父さん的にはどう思う?」
信人は聞いた。自分でも少し意外だった。
父に感想を聞くことは、普段あまりなかった。
「本物かどうかは、失ってみないとわからない」
父はそれだけ言った。
信人は受話器を持ったまま、その言葉を繰り返した。
「……それ、口癖だよね」
「そうか」
「いつも言ってる」
「そうかもしれん」
「どういう意味なの」
間があった。
「刀の話だ」
父は言った。
「本物の刀と、偽物の刀は、見た目では区別がつかないことがある。でも使おうとしたとき、初めてわかる。本物は折れない。折れないから、頼れる。頼ってみて初めて、本物だとわかる」
「……文化も同じ、ってこと?」
「さあな」
父は言った。
「お前が考えることだ」
それだけ言って、父は電話を切った。
信人はしばらく、スマートフォンを手に持ったまま立っていた。
四 三人の夜
二月。
信人とマリーとキプチョゲの三人でビデオ通話をするのが習慣になっていた。
最初は業務連絡のためだったが、いつの間にか週に一度、それぞれの国の状況を話し合う場になっていた。
時差の関係で、東京が夜の九時、パリが昼の一時、ナイロビが午後三時、という組み合わせになる。
信人はいつも夕食を食べ終えてから、自室の机でパソコンを開いた。
その夜も三人が画面に揃った。
「盆マサイが全国で二百件を超えた」
信人は言った。
「動画の総再生数が一億回を超えそうです」
「一億」
キプチョゲが言った。
「ケニアの人口より多いな」
「フランスでは武士道クチュールが月間検索ワードのトップ十に入りました」
マリーが言った。
「アントワーヌのブランドだけじゃなくて、類似品も出てきています。刀をモチーフにしたアクセサリーとか、着物風のコートとか」
「それは本物の武士道と関係ありますか」
信人は聞いた。
「ほぼありません」
「だと思いました」
「でも」
マリーは言った。
「面白いことも起きています」
「何ですか」
「パリの高校で、武士道を哲学の授業で取り上げたところ、生徒の反応が非常に良かったという報告が来ています。ファッションがきっかけで興味を持った生徒が、武士道の本質に辿り着いた例もある」
信人は少し考えた。
「入り口が何であれ、本質に近づく人が出てきているということですか」
「そういうことです」
「俺も似たような話を聞いた」
キプチョゲが言った。
「盆マサイで跳び始めた日本の若者が、本来のアドゥムの意味を知って、改めてちゃんとやってみたいと言い出した。跳躍の意味を、自分なりに探し始めた人間がいる」
三人がしばらく黙った。
「文化って」
信人はゆっくりと言った。
「形から入って、意味に辿り着くこともあるんですかね」
「そうかもしれない」
キプチョゲは言った。
「あるいは、意味を知っているつもりで形だけになることもある」
「どういうことですか」
「私はマサイの血を引いている。でもアドゥムの意味を、本当に理解していたか、と問われると自信がない。知識としては知っていた。でもそれだけだった」
「キプチョゲさんが、ですか」
「だから盆マサイを見て、最初は笑えた。でも笑えなくなった。日本人が一億回跳んでいる間、私は一度も本気で跳んだことがないかもしれない」
マリーが静かに言った。
「私もそう思うことがあります。フランス料理の文化は、インドに渡りました。インドのシェフが、フランス料理をスパイスと組み合わせて全く新しい料理を作り始めているという報告があります」
「どうなんですか、それは」
信人は聞いた。
「最初は腹が立ちました。フランス料理には積み重ねがある、歴史がある、崩してほしくないと思った。でも」
「でも?」
「インドのシェフのインタビューを読みました。彼は言っていました。フランス料理を受け取って初めて、料理とは何かを改めて考えた。素材の声を聞くこと、時間を尊重すること、食べる人への敬意。それはインド料理にも通じるものだった、と」
「フランス料理の核を、インド人が発見した」
「そういうことです」
マリーは言った。
「悔しいですが、その通りだと思いました。父の店が続いていたら、父はそれを知ることができたかもしれない」
マリーの声が、一瞬だけ細くなった。信人はそれを聞いた。
信人は窓の外を見た。東京の夜景が広がっていた。
「キプチョゲさんが前に言っていたことですね」
信人は言った。
「受け取った人間の方が、価値に気づくことがある」
「そうだな」
キプチョゲは言った。
「でも私はその言葉を、自分自身に向けて言えていなかった。ノブト、君に言いながら、自分には言っていなかった」
五 深夜の通話
その週、マリーから「武士道について聞きたいことがある」とメッセージが届いた。
三人通話ではなく、二人だけで話したいという。
信人は少し戸惑ったが、承諾した。
通話は夜の九時から始まった。パリは昼の一時のはずだ。
「葉隠を読みました」
マリーは言った。最初から本題だった。
「どうでしたか」
「難しかった。でも一カ所だけ、何度も読み返したところがある」
「どこですか」
「主君のためではなく、自分の誠実さのために生きる、という部分です。主君が間違っていても、諫める。でも最後まで離れない。それが武士道だと書いてあった」
「そうですね」
「明智光秀は、それができなかったんですか。それとも、それをしたんですか」
信人は少し驚いた。マリーが光秀の話をしてくるとは思っていなかった。
「……どちらとも言えないと思います。でも私は、光秀は自分の誠実さに従ったんだと思っています。最近は」
「最近は、というのは」
「前はそう思えなかった、ということです」
マリーが少し笑った気がした。
「あなたは正直に話してくれますね。いつも」
「マリーさんが正直に聞いてくれるので」
「そうですか」
少し間があった。沈黙だったが、気まずくはなかった。
「お父さんのビストロ」
信人は言った。
「どんな料理を出していたんですか」
マリーが少し驚いた様子だった。
「……なぜ聞くんですか」
「なんとなく」
「なんとなく」
マリーは繰り返した。それから少し間があって、話し始めた。
ブイヤベースが看板料理だったこと。カウンターが六席しかない小さな店だったこと。
父は無口で、料理だけで全部を語ろうとする人だったこと。
常連客が毎週来ていたこと。閉店の日に、その常連客が全員花を持ってきたこと。
信人は聞きながら、思った。
父親が無口で、信じるものに黙って向き合っている。マリーの父と自分の父は、どこか似ている。
「うちの父も無口なんです」
信人は言った。
「知っています」
マリーは言った。
「あなたの話に出てくる父親は、いつも一言しか言わない」
信人は少し笑った。
「よく覚えてますね」
「あなたの話は、聞いていて飽きないので」
信人は何か返そうとして、言葉が見つからなかった。
気づいたら、時計が深夜十一時を指していた。
「もう二時間経ちましたね」
信人は言った。
「パリはもう夜です」
マリーは言った。
「気づかなかった」
「すみません、引き止めて」
「引き止めたのは私です」
少し間があった。
「また話しましょう」
マリーは言った。
「はい」
信人は答えた。
通話を切った後、信人はしばらく暗くなった画面を見ていた。
また話したい、と思っていた。
それはもう、仕事の話をしたいという気持ちではなかった。
でも信人は、その感情にまだ名前をつけなかった。
六 信人の夜
その夜遅く、信人はしばらくパソコンの前に座っていた。
部屋は静かだった。外からかすかに車の音が聞こえる。
信人は引き出しを開けた。中に、古い本が一冊入っていた。
大学時代に歴史の授業で買わされた、「葉隠」の現代語訳だ。
一度も読んでいない。買って、引き出しに入れて、そのまま十年以上経っていた。
表紙を見た。
武士道といふは死ぬ事と見つけたり、という有名な一節がキャプションとして書かれていた。
マリーが言っていたことを思い出した。武士道クチュールのコンセプト文。美しき死の哲学。
信人は本を開いた。
最初の数ページを読んだ。
そこには死の話よりも、誠実さの話が多かった。
主君への忠義、仲間への誠意、恥を知ること、正直であること。
死の覚悟は確かにあったが、それは死を求めているのではなく、死を恐れないことで初めて誠実に生きられる、という論理だった。
信人はゆっくりとページをめくった。
明智光秀のことが、頭の隅にあった。
光秀は武士道に従って生きた人間だったのか。それとも武士道を破った人間だったのか。
どちらとも言えないと信人は思った。
光秀は信じるものを持っていた。
その信じるものが、主君への忠義ではなく、別の何かだったというだけで。
父の声が頭に浮かんだ。
本物は折れない。頼ってみて初めて、本物だとわかる。
信人は本を閉じた。
そして初めて、侍文化がフランスに渡ってしまったことを、惜しいと思った。
惜しい、という感情は、嫌いなものに対して出てこない。
信人はその感情を確認するように、もう一度心の中で繰り返した。
惜しい。
確かに、惜しかった。
そしてもう一つ、別のことも思った。
マリーが葉隠を読んでいた。自分よりも深く、真剣に。
深夜の通話のことを思い出した。あの夜から、マリーのことを考える時間が増えていた。
それに気づいていながら、信人はまだその感情に名前をつけていなかった。
七 返してほしい
三月に入ると、世界のあちこちで小さな動きが起き始めた。
中国では漢字を失ったことへの抗議が文化人の間で組織化され、「漢字返還請願書」に百万人以上が署名した。
メキシコでは死者の日がノルウェーに渡ったことで、毎年の祭りが開催できなくなり、高齢者を中心に精神的なダメージを訴える声が上がっていた。
日本でも、侍文化の返還を求める動きが静かに始まっていた。
きっかけは京都だった。
ある老舗の武道具店が閉店する際、店主が「侍文化が国のものでなくなった今、この店を続ける意味がわからなくなった」という言葉を残した。
その言葉がニュースになり、同じような感情を持つ職人や武道家が声を上げ始めた。
剣道の道場で稽古を続けることへの戸惑い。
居合の演武を披露することへの迷い。
武士道を語る講演を依頼された研究者が、断るべきかどうか悩んでいるという話。
文化が法的に別の国のものになるということが、こういう形で人々の日常に影響するとは、信人は考えていなかった。
◇
その週の三人通話で、信人はその話をした。
「京都の話、聞きましたか」
「聞いた」
キプチョゲが言った。
「ナイロビでも似たようなことが起きている。若いマサイの出身者が、自分たちの通過儀礼を行うことへの迷いを口にし始めた。文化が国際法上、日本のものになったからといって、実際の生活まで変えなければならないのかという混乱がある」
「フランスも同じです」
マリーが言った。
「侍文化を受け取った側ですが、私たちには元々その文化がない。形だけ普及しても、根がない。根のない文化を広めることへの疑問が、委員会の内部でも出てきています」
「ということは」
信人は言った。
「みんな困っている」
「困っている」
キプチョゲが繰り返した。
「三カ国だけじゃないですよね、おそらく」
信人は言った。
「他の国も同じはずで」
三人が少し黙った。
「ノブト」
キプチョゲが言った。
「何か考えているか」
「……少し、あります」
「言ってみろ」
信人は画面の向こうの二人を見た。
マリーが少し前のめりになった気がした。
「個人的に、他の国の担当者に連絡を取ってみようかと思っています。公式の手続きではなく、非公式に。それぞれの国で今起きていることを、情報として共有したい」
「それは」
マリーが言った。
「委員会の方針に反します」
「わかっています」
「上から怒られます」
「わかっています」
マリーはしばらく信人を見ていた。
「……私も連絡先を持っています。インド支部の担当者と、一度だけ話したことがある」
「協力してもらえますか」
「条件があります」
「何ですか」
「あなたが先頭に立つこと」
マリーは言った。
「私はサポートする。でも顔はあなたが出す」
「なぜですか」
「あなたの方が、この件の当事者として深いから」
マリーは言った。
「侍文化を渡した国の人間が、返還を求める。その方が説得力がある」
信人は少し考えた。
「キプチョゲさんは」
「私は裏方でいい」
キプチョゲが言った。
「でも必要なときは出る。約束する」
信人は深く息を吸った。
「わかりました」
画面の向こうで、マリーが初めてはっきりと微笑んだ。
それが信人には少し眩しかった。
八 父の手紙
その夜遅く、信人のスマートフォンに父からメッセージが届いた。
父はLINEをほとんど使わない。
使うとしても「わかった」「着いた」「帰る」程度の短文だけだ。
だからそのメッセージを見たとき、信人は少し驚いた。
添付ファイルがついていた。
写真だった。
古い手紙を撮影したものだ。和紙に毛筆で書かれている。
日付は三十二年前。信人が生まれた年だった。
差出人は、信人の祖父だった。もう亡くなっている。
文面は短かった。
『剛へ。子が生まれたと聞いた。名前は信人というそうだな。良い名だ。明智の血を引く者が、また世に誠実な人間を一人増やすことができた。光秀公は裏切り者と言われ続けたが、わしはそう思ったことはない。あの方は信じるものを持っておられた。ただ、信じる先が世間と違っただけだ。信人よ、お前も何かを信じろ。何を信じるかより、信じることをやめるな。それだけでいい。
なお、我が家の曾祖父は明治の世に、明田という姓から明智へ復姓を果たした。長く隠してきた名を取り戻したその日の日記にこう書いた。「信じることをやめた者こそ、本当の裏切り者である」と。この言葉をお前にも伝えておく』
信人は何度も読んだ。
目が熱くなった。
父がなぜ今これを送ってきたのか、説明はなかった。
でも信人にはわかった。
父は知っていたのだ。
息子が何かに向き合い始めたことを。遠くから、ずっと見ていたのだ。
信人はしばらく、スマートフォンを胸に当てたまま座っていた。
窓の外の東京の夜は、相変わらず騒がしく、明るかった。




