何を歌うの、森丸くん
フライドポテトを置きに行ったあのわずかな瞬間で、何が分かってしまったんだ。何が分かってそんな真面目な表情になったんだ。
「何が分かったの?」
「森丸天音、今日もラップの練習してるみたいですけど……」
「うん」
「あれ高野純也のパート練習してますよ、多分」
「えっ……」
ボーカルとその大人しさの魅力で今の地位に辿り着いた森丸が高野純也のパートを?
ラップとやんちゃなカリスマ性で人気を博した高野純也の代わりを、君が? 本当に?
「私が入る前、かすかに『leat6er go』が漏れ聴こえてて。サビの最後の『見つけた六つの星〜♪』のとこ歌ってんなと思ったんで、そこ終わってから入ろうと思ったんですよ」
「うん」
「で、終わったと思ってガチャって入ったら、『みっつけった、むっつの! みっつけった、むっつの!』って復習?みたいな感じでまだ歌ってて」
「まじか」
「その後やっとあたしに気づいて、ハッとしてマイク下げてペコってしながら顔背けたんですけど」
相変わらずの気づかなさ。
「私も悪いなと思ってポテト置いてすぐ出ようとしたら、机に広げてあったノートが見えちゃって」
「またノート!」
「そこにめっちゃ『leat6er go』の歌詞載ってて。マーカーみたいなので線も引いてあったんですよね。それに端っこに、何についてか分かんないですけど『強く!!』ってクソデカい字で書いてありました」
おいおい。まだ情報が薄くて、相手がさらちゃんで助かってるけど、まあまあ個人的なノートを机に広げてるんじゃないよ。
君はポテトを頼んだ人間なんだぞ。カラオケで何かを頼んだら、人は警戒するんだよ。何かしてても何もできないんだよ。ガッツリ森丸でガッツリ練習してじゃないよ。
「いくら人が少ない店とはいえ、なかなか危険ですよね」
「本当そうだよね。ヒント出し過ぎだもん」
ティロリ♪
『203:(1名)エナジードリンク』
言ってる側からヒント追加。また注文入れて、また人を入れる。ドリンクバーには入っていないエナジードリンクを注文して、まだまだガッツリやるつもりだ。
「いおりさん行きます?」
「いいよ、行ってきなよ」
「いいんですか。行っちゃいますよ?」
ぜーんぜん行きなさい、を苦しみの顔で表しながら私は無言でどうぞの手を差し出した。
エナジードリンクの注文は、ただただ缶の蓋を開けて持っていくだけなので、さらちゃんはすぐに準備して戻ってきた。
「森丸天音、多分まだ練習してますよね」
「いやー流石に今回はやらずに待ってんじゃない?」
「さっき気まずかったばっかですもんね。じゃあ行ってきます」
さらちゃんは森丸の待つ203へとまた向かっていった。そして部屋の前まで行ったかと思えば、そのままUターンして戻ってきた。
「えっ、どうしたの?」
「また何か歌ってます。知らない曲です」
「まじか」
「ちょっといおりさんも聴いてきてくださいよ」
「え〜」
アイドルのプライベートカラオケの音漏れを盗み聴くなんて、今回は流石に何かの罪に当たりそうだけど、好奇心が勝って私は203へと歩みを進めた。
ドリンクバーあたりまで来ると、じんわりと音漏れが聴こえてきた。
『ドゥン、ドゥン、ドゥン♪〇〇〇〇ワッ、ドゥン、ドゥン……』
ん? 何の曲?
なんて言ってんのか分かんない。
はっきり聴こえないのでどうにか怪しまれずに近づこうと、203の正面の壁に貼ってあるポスターを、何だかな〜みたいなテンションで調整するふりをして移動した。
距離が縮まったおかげで繰り返し出てきたさっきのパートを、より鮮明に聴くことができた。
この状況、捕まるなら今だよなと思いながらも、私は聴く耳を止めなかった。
『ダッ、ダッ、ダッ♪掴み取るのは、ダッ、ダッ……』
聴こえた! で、何の曲?
とりあえず成果はあったし、現行犯にならないためにも急いでさらちゃんの元へと戻った。
「聴こえたんだけどさ、私も分かんなかった」
「ですよね、何の曲なんだろ」
「ダッ、ダッ、ダッ…… またラップみたいだけど知らないよね」
「あっ、検索してみましょうよ」
そう言うとさらちゃんはスタッフルームへと向かい、自分のスマートフォンを持ってきた。
もちろん本当は勤務中にスマホを見てはいけないけど、今更そんなこと関係ない。知りたいし。こうして人は一回罪を犯すと罪を重ねるのか。
「AIに歌ってみたら分かりそうじゃないですか」
「そうだね」
「いおりさん、さっき聴こえた歌詞覚えてます?」
「うん。やってみようか」
と言いつつもこの短さで、しかもメロディーラインでもないパートで分かるのか。
暇な平日とはいえ、勤務中に受付でラップするわけにはいかないので、さらちゃんのスマホでAIアプリを開いてもらい、それを持って私はスタッフルームに向かった。
人生初。小声のうろ覚えラップをAIにお見舞いした。
AIは答えてきた。
『おっ、それはレザーの3thシングル“DUNK DUNK”じゃないかな? サビの終盤の“DUNK!DUNK!DUNK!”ってたたみ掛けるラップパートのところだね? ヒップホップな雰囲気とメンバーの力強さ、MVのバスケシーンも迫力があって……』
すごい。こんなクオリティでも分かるんだ。
曲名が知りたかっただけで詳しい解説は求めていなかったので、教えてもらった恩は忘れ、AIの話をぶった斬るようにスマホを持ってさらちゃんの元へ駆け出した。
「何の曲か分かったよ!」
「えっ、何だったんですか?」
「これもレザーの曲。『DUNK DUNK』だって」
「はー、知らなかった」
「これ、スマホありがとね」
「いえいえ」
さらちゃんはスタッフルームへとスマホを戻しにいった。
ふーん、3枚目のシングルか。全然知らなかったな。DUNKって言ってたのか、などと考えていたらさらちゃんが戻ってきた。
「いおりさん!」
「どうした」
「さっきの曲サブスクにあったんで今ちょっと聴いたんですけど」
「うん」
「やっぱりさっきのパートも高野純也のとこでした!」
「そうなんだ!」
ここに来て森丸のラップ引き継ぎ説がさらに濃厚になってきた。
「てか、さらちゃん。ドリンク!」
「そうだった! もう歌ってても何でも届けてきます!」
さらちゃんは急いでエナジードリンクを持って203へと向かっていった。
ドアが開いたと思われる瞬間に、ブワッと重低音がこちらに放出されてきたので、また練習の最中だったのだろう。
ちょっと気まずそうにさらちゃんが戻ってきた。
「ハハ、また練習してたんでしょ」
「はい。あと、こんなこと言ったらあれですけど。森丸天音、ラップ向いてなさそうっすね」
「えっ?」
森丸は、2個年下の髪の明るい女の子に、この短時間でラップ不適の烙印を押されてしまった。
3年前、あのオーディション番組の時『君さ、歌上手いけど何か声ちっさいよね』と、森丸が赤髪のボイストレーナーに詰められていたシーンを、ふと思い出してしまった。
詰められシーンのスクショがタイムラインに流れ、優しい森丸のファンが我こそはとなぐさめていたのを覚えている。
「さっきの高野純也のパートまたやってたんですけど、なんて言うかそのダッ、ダッ、ダッてとこは『ウッダッ、ウダッダッ』のリズムなんですよ」
「ほう」
「頭を裏拍で入らないといけないんですけど、全部表から入ってるし。そこが掴めてないからめっちゃ転んで早くなっちゃってるし」
「なるほどね」
さらちゃんのトレーナー節が止まらない。
「ていうかさらちゃんさ、なんか楽器とかやってるの? めっちゃ分析できるよね」
「いや全然。小学生の時、金管バンドかじってたんですよ。ちっちゃい太鼓のスネアやってて」
小学生時代の金管バンドの経験のみで、こんなにリズムを理解できてるなんてセンスがあるし、すごいあの頃のことが身についている。
さらちゃんの経歴も何も知らないくせに、履歴書に“英検準2級”とか書くくらいなら“金管バンド スネア”って書いた方が意味あるんじゃない?笑と思ったけど、こちらも流石に言わないで飲み込んだ。
「すっごい気になってきちゃったな。いおりさん、やっぱ話しかけたらどうですか」
「えっ、無理だよ絶対」
「まあそうですよね。いやー、でもこれ。このまま一人で練習してもリズム掴めるのかな」
「確かにね」
信じられないほど暇な平日昼間のカラオケポップタイム。
平和なはずの空間で、私たち二人は勝手に森丸の今後を考え、そこにふさわしくない渋い顔で立っていた。
* * *
そしてまた1週間後の金曜日。
「フリータイムで。できれば203でお願いします」
絶対にメトロノームが入っている箱を持った森丸が現れた。




