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ノアの掲げる理想の世界  作者: 可借夜
序章 理想の国『王冠』編
28/29

序章28話 生命の樹

 目を開けると、飛び込んできたのは澄み渡る蒼穹だった。

 雲一つなく、太陽はさんさんと輝いている。呼吸をする度に新鮮な空気が肺を満たしていた。


「僕は……勝った、んだよな」


 無限の光によって一度は死に、『生命の鍵』によって創りかわった。直前の記憶は確かだが、結果をこの目で確認するまでは安心できなかった。


「ヨハネ・ケトラルヒは……」


 辺りを見回しても、どこにいない。

 無限の光によって、ノアと同様細胞一つ残らず破壊されたはずなのだ。


「やった、勝ったんだ!」


 勝利を確信したノアは、その場に横になり再び青空を眺めていた。


(メシアは目を覚ましたかな、大丈夫かな)


 今すぐ彼女の元へと駆けつけたいが、さすがに疲労が溜まり動けない。


(まあ、エレノアと子供達がいるはずだから、大丈夫か) 


 しばらくは勝利の余韻に浸ろうと、心地よい風のそよぎに身を任せる。このまま目を瞑り、暖かな時間の中にいたかったが、


(雲の向こうに……? あれは、あの姿はまさか!)


 目を閉じる刹那、ノアの視界に映ってしまった。

 何者かが風を支配し、空を飛んでいる。エジュリヌ大森林を離れ遥か彼方だが、後姿でも見間違えようがない。


「まだ生きて……いや、今はそれよりも!」


 ノアは短剣で心臓を貫くと、もう一度『生命の鍵』を発動する。信仰心はまだ一割は残っており、形態王国であればまだ使える。

 翼を具現化してヨハネの後を追う。


「この方向、王都に向かっているのか?」 


 どんな考えがあって王都に向かっているのかは分からないが、あのヨハネがただ逃げているだけとは考えられない。

 王都には〝何か〟があるはず。近づくにつれ、胸騒ぎは大きくなっていった。


 視線の先で、一足早く王都に――瓦礫のままの王城についたヨハネは、支配の粒子で瓦礫を吹き飛ばしていた。

 そうして露になったのは地面ではなく、巨大な扉。


「あの扉は、扉に描かれているのは……!?」


 白く光り、真ん中に大きく『1』と描かれた巨大な円。ノアの魔法『生命の鍵』に描かれている、第一のセフィラと全く同じだった。


「開門せよ! 生命の扉(セフィロト・ゲート)!!」


『王冠』の王、ヨハネ・ケトラルヒの呼びかけに応えるように、扉は徐々に開いていった。

 ヨハネは中に飛び込む。ノアも後を追い、扉の中に入っていった。

 そうして『生命の扉』にあった 〝それ〟に、ノアは絶句する。


「一本の巨大な、樹――この、樹、は」


 フラッシュバックする。一巡目の滅んだ世界の光景が、引き金となった一本の巨大な樹が。


(いや、違う……あの樹にしては小さすぎる……これは樹ではなく、樹の根?)


 驚愕に目を奪われながら、数十メートルはあろうかという扉の中を降りていく。やがて扉の底に足を付けると、


「ふっ。なんだ、ここまで来てしまったのか」


 ヨハネ・ケトラルヒが呆れたように言うが、そこには余裕然とした様子はなかった。

 呼吸も絶え絶えで、脂汗が滲んでいる。足取りはフラついており、右腕を抑え――


「貴様、右腕が……!」


 右腕の袖がぺシャリと潰れている。肩から先、奴の右腕はなくなっていた。


「ふっ……貴様を倒す代償だ。腕一本は決して安くなかったぞ、神の子ノアよ」


 なぜと考える間もなく、ヨハネの頭上の王冠から支配の粒子が、


 ――先ほど闘っていた時とは比べ物にならないほどの、強力かつ膨大な量の支配の粒子が溢れ出していた――


「――は、ぁ?」


「そう呆然とするな、神の子ノアよ。言ったであろう、貴様を倒すため、腕一本を代償にして戻した力だ」


 力を手に入れるのではなく、戻すと奴は言った。

 単なる表現の違い程度ではないはず。言葉の真意を探ろうとし、ノアはハッとなって樹の根を見上げた。


「そういうこと、だったのか」


 初めてヨハネと対峙したあの時、ノアはヨハネの力が想像していたよりもずっと弱いと認識していた。

 全国民を支配し、ヨハネの掲げる理想の世界を実現しているからだと理由付けしていたが、樹の根を前に大きな誤解だったと知る。


 ヨハネが力を戻した途端に、数メートルも小さくなっていた樹の根。

 つまりヨハネは国民から得た信仰心を、理想の世界を実現するためだけでなく、


「貴様はこの樹を育てて一体、何をするつもりだ!!」


 ノアはただただ、ヨハネが恐ろしかった。


「知っているのかこの樹が! 完成したら何が起こるのかを!!」


 ただただ、悲痛な叫びを奴にぶつけている。


「この樹が完成してしまったら、この国は、この世界は――!」


「神の子ノアよ」


 ヨハネは告げる。絶望的なまでに淡々と。


「それは、私の知ったことではないのだよ」


「――――ッ!」


 人類滅亡という未来が、知ったことではない?


「貴様は――!」


「会話は終わりだ」


 ノアの言葉を遮り支配の粒子が、矛先がこちらを向いていた。

 もう、何を言っても無理だと悟る。


 ノアは翼をはためかせ、ここから逃げようとする。奇しくもそれは、逃げるしかなかったあの時と同じ状況だったが、


「貴様には感謝しているぞ、心からな」


 支配の粒子が容赦なくノアを呑み込んだ。

 抗う手段も、逆転する一手もあるはずがない。ノアの意識は徐々に、暗闇へと沈んでいく。

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