序章27話 ノアvsヨハネ其の四
「…………」
「…………」
ノアは無限の光を、ヨハネは支配の粒子を共に全身にまとっている。力関係だけでいえば、常に一千万の国民からの声を聞き届けているノアが有利。
故にこそ睨み合いを破ったのは、予備動作なく放たれたノアの手刀だった。
狙いは首。折ってしまえば、肉体を支配し回復したとしても大きな隙がでるはず。【ヨハネを倒して】という声はノアの身体能力を底上げしており、無限の光をまとった手刀であれば容易だ。
「貴様にはいくつか弱点がある。一つ目は未熟であること」
しかしもう、奴はそこにはいなかった。
(幻か!)
手刀は首を折るのではなく、両断するという光景が描かれ、手応えがまるでない。
消えた奴の姿を探すべく、周囲を見回すが、
「貴様の無限の光とやらは確かに私の支配を凌駕しているが、光が当たらなければ意味はない。貴様の攻撃は単調であるが故に、恐れるほどではない」
音を支配しているのかこの声も、上下前後左右、全ての方向から響いていた。
「二つ目の弱点は、無限の光は万能ではないこと」
「ッ! ぁあ!」
突如背中に走る激痛。手を伸ばすと、尖った木の破片が突き刺さっていた。
「国民の声を叶える魔法なのだろう? 死角から飛んできた木の破片を防いでくださいと、そんな声は届くまい?」
「……ッ! なら!!」
奴がどこにいようがかんけいない。三百六十度半径百メートル以内の、全ての支配を自由にするよう無限の光を放出する。
「だから言ったであろう、攻撃が単調だと」
(この声……下から!)
即座にその場から離れるが、地面に巨大な影が落ちる。奴の攻撃は遥か上空からだった。
見上げると、今度は木の破片ではなく、先端が尖るよう加工された無数の木そのものだった。
木が射出される瞬間は支配の粒子を感じたが、そこから先は自由落下で落ちてくる。
【負けないで!】
「~~~~ッ!!」
降ってくる雨を避けられないように、防ぐことも躱すこともできない。ただその声によってノアの体は落下してくる木に負けないほど頑丈なものとなり、直撃しても打撲と切り傷程度で収まった。
(所詮はただの木だけど……まずい!)
ヨハネが本気を出した途端、ノアは防戦に回る一方だ。
光と音を支配した奴が今どこにいるのか特定できず、ノアは次の攻撃に備えるしかできなかった。
「その力、使うのは初めてか? 神の子ノアよ」
ヨハネの姿や声は目の前にあるが、本物とは限らない。
「貴様が場数をこなし、成長を遂げれば私に勝てていたかもしれんが……尚早だったな」
「――ッ!」
その口を塞ぐべく目の前を殴るが、拳は空を切る。
(しかし奴も、支配の粒子では私を傷つけられない……決定打にかけるはず)
「決定打がないと、そう考えているのか?」
(くそ! 心を読まれるか……!)
「今の一撃で、支配が関与していない攻撃であれば通じると確信した。体が無事なのは声が反応したからであろうが、傷を負っている……国民の声による強化にも限界があるということだ」
その指摘は――悔しいが、図星だ。
(やはり奴の洞察力は傑物の類、か)
言い返そうにも言葉がない。
そしてノアの底を見透かしたヨハネが次にしてくるであろう攻撃を、ノアも見透かした瞬間、心からの戦慄が支配していた。
「まさ、か……」
やはり攻撃は遥か上空から。
エジュリヌ大森林全てを覆うほどの、巨大な影が地面に落ちる。
「宇宙からの落とし物。隕石だ」
それは太陽が落ちてきたと、錯覚するほどあまりにも大きすぎた。
「さて貴様は、この星すらも破壊する隕石の衝撃に耐えられるかな?」
「ば……かな」
隕石が地上と衝突しノアを、いいやこの星ごと消滅するまで、落下速度からするに数分の猶予もない。
「何を考えているヨハネ・ケトラルヒ!! この星を破壊する威力など――気でも狂ったのか!?」
「ふっ。喚いていられるだけの余裕が貴様にあるのか?」
淡々としている口調は、奴の本音を包み隠していた。
何を考えているのか読み取れない、理解できない。ノアであればこの隕石を破壊すると踏んでの一手か。だとするならば奴の狙い通り動くなど危険極まりないが、
(考えている暇なんてない、やるしかない!)
ヨハネの策略がどうあれ、ノアの取れる方法は一つ。
星を破壊するほどの質量と運動エネルギーを、力の大半を使い破壊すること。
【あれを破壊する! 皆、力を貸して!】
無限の光へと、繋がっているノアを信仰してくれる国民へと語りかける。
【何を考えているんだこの国の王は!】
【全力で破壊してくださいノアさん!】
ヨハネの凶行に対する混乱、隕石をしなければという想い。皆気持ちを同じくして、ノアは無限の光を隕石へと放出した。
「破壊を! 破片も残さず!!」
ノアの持つ力のおよそ九割ほどか、それを全て一撃に込める。そうしなければ隕石を中途半端に破壊してしまい、散らばった破片が甚大な被害をもたらすからだ。
直径にして数百メートルは優に超えている隕石を、全て包み込むほどの膨大な光量が天上を貫くが、
「ふっ。はは、御しやすいな貴様は本当に」
「――――!」
――星を壊そうと落ちてくる隕石は、ヨハネが作り出した幻だった――
無限の光は隕石ではなく幻を破壊し、空の彼方へと消えてく。
「使い切ったな? 力の大半を!」
「ヨハ……ネ……」
振り返ればそこには、姿を現したヨハネがいた。掌には圧縮された支配の粒子が渦巻いており、
「今の貴様が、私の支配に抗えるか見物だな」
ノアの胸を貫いた。
「ぅ、ぁぁああ! ああああああああああああああああああああッ!!」
支配の粒子が全身を巡る。抗おうにも隕石を破壊しようと力の大半を使い切ってしまい、ノアに成す術などなかった。
(わ、わたし、は、よは、よはね、を、よはねを)
思考が支配されていく。
ヨハネを倒さなければという意思が、奴に支配されることを望むように創りかえられていく。
「ふっ、はは! はははは! 無様だな神の子ノアよ!! こうも易々と! 私の手に引っかかるとはな! はは、ははははは!」
視界すら白く塗り潰されていき、奴の交渉だけが鼓膜を劈いた。
「ふっ、はは、はぁ……さあ神の子ノアよ、命令だ。まずはその無限の光とやらを切断し、その場に跪け」
ヨハネの指がパチンと鳴る。
支配が進むノアは言われるがまま無限の光を切断し、その場に跪いた。
そうして、次の支配が来る前に、
「ようやく、ッ、捕まえた、ぞ! ヨハネ・ケトラルヒ!!」
逃げられないよう、奴の足を全力で掴む。
「ふっ。神の子、だからか? 支配に時間がかかっているようだが……捕まえてどうする? 今の貴様に何ができる?」
「決まって……いる、だろう!」
実際に喰らってみて分かる、ヨハネの支配は人の力では抗いようのない、絶対的なものなのだと。
あと数分もすればノアは奴の支配下に置かれるだろう。ヨハネに支配されることを最上の喜びとする人生を歩み始めることだろう。
今から逆転する手段はないが、決着はまだついていない。
「貴様を倒す、それだけだ!」
「……その体たらくで、何を言っている?」
ヨハネは呆れたように息を吐いたのち――絶望に支配されていないノアを見て――怪訝に眉がひそめられる。
「待て貴様、一体何をした?」
ノアがまだ希望を失わない、〝何か〟があると勘づいたのだろう。
瞬時に勘づいたのはさすがと言わざるをえないが、時は既に遅し。
「勝手ながら貴様の攻撃を……参考にさせてもらったよ」
「…………!」
光は質量がないため、降ってくる際に木や隕石のように影が落ちない。
ヨハネが見上げた瞬間にはもう、隕石を破壊するために放った無限の光は奴の目前にあった。
「幻だと気付いた時! そのまま下に落ちてくるよう操作した! 私を直接支配しようとした、油断が貴様の敗因だ!」
「正気か貴様! あの規模……貴様も巻き添えを食うぞ! 貴様も自分の力で死ぬことになるぞ!!」
「問題ない――なぜならば!」
【破壊して】という声が込められた、無限の光が落ちてくる。ヨハネとノアへと直撃し、光の中は全てを破壊する力で満たされていた。
「私が殺した者を思いのままに創りかえる! それこそが私の魔法だ!!」
ノアの力によって相打ちになるのであれば、それはノアの勝利と同義だ。そしてノアは奴を、ヨハネ・ケトラルヒを創りかえるつもりは毛頭ない。
「ぐっっノア……貴様ぁあああ!!」
「ヨハネ・ケトラルヒ! 貴様との闘い、私の――」
――勝利だ!
宣言するよりも前に、ノアの体は細胞の一片に至るまで破壊されていた。
しかし条件を満たしたことにより『生命の鍵』が発動し、ノアの体を創りかえていく――




