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ノアの掲げる理想の世界  作者: 可借夜
序章 理想の国『王冠』編
26/29

序章26話 無限の光

 気付けば雨が降り始めていた。空は青一つない曇天が広がっている。ノアの頬を撫でるように降っていた雨は、やがて地面を叩くように落ちていた。


 吐息が白く濁る。神がペタリと肌に付き、服が隙間なく密着している。

 ヨハネは《全てを否定する》支配の球体、否定する支配者(ノーズ・ルーラー)を発動すると雨を防いでいる。対してノアは不快感を抱くことも、煩わしいとすら感じていなかった。


(皆、力を貸してくれ――!)


 頭の中にあるのはヨハネを倒すことのみ。

 この三日間で得た、一千万の民の信仰心へと思いを投げかける。


「ふっ。決着をつけようだと? まるで勝算があるかのような口ぶりだが、その程度の貴様と興じるつもりはもはやない……四元素の支配者(エレメント・ルーラー)


 ヨハネは落胆をそのままに術式名を唱えると、支配の粒子が四本の〝手〟を描き奴の背後に控えていた。

 逃げるしかなかった、数日前と全く同じ光景が展開される。


 炎を司る〝手〟には太陽を陰らせるほどの炎球が。

 風を司る〝手〟には空を突き抜けるほどの竜巻が。

 水を司る〝手〟には天を溺れさせるほどの水量が。

 土を司る〝手〟には地を貫けるほどの巨大な柱が。


 ノアがいくら力を付けようが結果は同じだと、奴はそう語っているのだろう。


「助長した愚か者ほど不快な者はない。さらばだ、神の子ノアよ」


 炎が、風が、水が、土が――死が、ノアめがけて落ちてくる。

 ノアは落ち着いて一つ深呼吸をすると、


「届け。私は皆の声を聞き届ける者なり」


 ただ力をつけたから、だけではない。たった十秒でメシアを救ったという経験が、ノアの心に冷静さをもたらしていた。


「響け。私は皆の願いを叶える者なり」


 魔法とは想像の世界。セフィラの中でも特に強大な力をもつ形態王冠は、より念密な想像を必要とする。


「轟け。私は王冠の王を倒す者なり」


 想像がより具体化していくにつれ、ノアの体から白色の光が灯っていった。

『王冠』の王を倒すという一言に、ヨハネは眉を潜めている。四本の〝手〟に支配された四元素の勢いは更に増していたが、


「繋げ。皆の信仰を私に――無限の光(アイン・オフ・ソウル)よ!!」


 瞬間、ノアから放たれた無限の光は空へと伸びていき、立ち込めていた暗雲を払う。そのまま流星群のように、『王冠』中へと散っていった。


 さあ、準備は整った。

 ノアは支配されている四つの元素へと手をかざし、一言だけ告げる。


「――自由を」


 かざした手から放出される四本の光。ヨハネが支配する四元素に触れると、自由を与えられたそれらは音もなく消えていった。


「ば……かな」


 支配に自由を与えられる経験など、初めてに違いない。ありえないことが起きたと、ようやくヨハネの顔色が変わった。

 呆然とし、ノアの背から伸びている無限なる光を睨みつけて言う。


「私の支配が……まさかそんなことが……なんなのだ、その光は……!」


「貴様はこれまでに一度でも、国民の声に耳を傾けようとしたことがあるか?」


「いいや、ない。必要がないからな」


「そう、か……いや、そうだよな、貴様は」


 国を管理することだけに執着している。

 その返答は予想していたとはいえ、一切の悪びれもなく即答する(ヨハネ)に、ノアは失笑せざるをえなかった。


「今私が発した光は、貴様が踏みにじってきた国民の声だよ」


「国民の声、だと……?」


「ああ」


 ノアは歩を進めると、ヨハネとの距離をゆっくりと縮めていく。


「私と、私を信仰する者とを繋ぐ。それこそが無限の光(アイン・オフ・ソウル)


 近づくなと言わんばかりに、一歩踏み出すごとにヨハネの攻撃が降り注ぐ。支配された風や炎、雷、支配の粒子など……その全てを、無限なる光が無力化していった。


「無限なる光で繋いだことにより、私が見ている光景を国民も見ている! 彼らの声が、願いが、常に私に届き力を与えてくれる!」


 国民の声に支えられているノアの歩みを止めることなどできない。

 やがてはヨハネの目前、否定する支配者の前に立つと、


【ヨハネを倒して!】


 一千万の国民の声が一つとなる。

 拳を握りしめるとノアは、否定する支配者ごと思い切りヨハネめがけて振り下ろした。


 ――神の性質を持つノアは、人々の信仰心によって力を強大とする――


 数日前はどうすることもできなかった、ヨハネを守り続けていた否定する支配者を、ついに、


(聞こえているよ! 皆の声が!!)


 無限の光をまとったノアの拳が支配を貫く。


「――ふっ。間に合わんか」


 ヨハネは逃げようとしない。一歩だけ後ずさりしていたが、奴なりのプライドなのか、足を戻して歯を食い縛っていた。


「国民の声を思い知れ――王冠の王よ!!」


 直撃する。ノアの拳がヨハネの顔面へと。


「ぐッッ! ごは!!」


 拳に伝わる骨と肉の確かな感触。ヨハネはそのまま吹き飛ばされると、地面に力なく横たわっていた。


「…………」


 ノアが振るったのはただの拳ではない。ヨハネを倒してほしいという、国民の声が込められた一撃だ。

 この一撃で終わるはず。拳に付着した奴の血を、しかしノアは目を細めて見つめていた。


「ノア様!」


 闘いを見守っていたエレノアが、嬉しそうに駆け寄ってくる。


「やりまし――」


「エレノア、今すぐメシアと皆を連れてここから離れて」


「――え?」


「多分まだ、終わってない」


 奴がこんなにあっさりと、ノアの思惑通りに敗れるはずがない。二度目の対峙だからこそ湧いた直感。

 スピカやアッシュ達、ずっと支配されていた子供達の支配に自由を与えると、エレノアと目線を合わせる。


「皆を頼んだよ」


「は……はい!」


 子供達は事態を呑み込めず唖然としていたが、エレノアの必死さに促されていた。眠っているメシアを数人がかりで抱きかかえ、


「ノア様! わたしも信じています!」


 拳を突き上げて彼女の信頼に応えると、エジュリヌ大森林から離れていく彼女達の後姿を見送る。


「さて……」


 以前横たわったままのヨハネを見下ろすと足を上げ、、全ての体重を乗せて踏みつけた。


「ふっ。随分と荒い目覚ましだな」


 余裕の戻っている、忌々しい奴の声が背後から。


(やっぱり無事か……)


 どうやら横たわっているこのヨハネは、光を支配して作った幻らしい。小さく舌を鳴らし無限の光で自由を与え、ノアは振り返る。


「素晴らしく強力な一撃だったが、やはり特筆すべきは私の支配を無力化したことだな」


 心の底から感心しているらしく、尚もヨハネは上から目線で拍手をしていた。


「夢にも思わなかったぞ、神の子ノアよ。痛みも焦りもいつぶりか」


「……なぜ、意識を保っていられる」


 余裕綽々としているヨハネだが、頬にはしっかりと拳の跡が残っている。

 実際にこうして無事な姿を目の当たりにすると、一千万の国民の声を乗せた一撃なのになぜと、疑問がつきなかった。

 声音は低く訊ね、重心を落とし構える。


「なに、単純な話だ。私自身の肉体を支配した」


 ヨハネの頭上の王冠から、再び支配の粒子が放たれ全身をまとう。


「神経を支配し痛みを中断させ、血管や骨を支配し血を止め砕けた骨を繋ぎ合わせる。確かに強力な一撃だったが、強力なだけでは私は倒せんよ」


「そう……か、なら今度は、支配が追い付かない最速の一撃を以てして、貴様を終わらせてみせる……!」


「ふっ。ならば私からは称賛をくれてやろう」


 大仰に手を広げ、今度は奴から近づいてくる。


「認めてやる。神の子ノアよ。貴様を正真正銘、私を倒せるだけの力を持つ〝敵〟だとな」


 ――そう、これまで奴は、ノアのことを敵だと見做していなかった。

 国を管理するだけの退屈な人生に生じた、初めてのイレギュラー。これまでのノアとの闘いは奴にとっては余興に過ぎなかった。

 ノアを対等な敵と見做した、つまりはここからが本当の闘い。


「さあ、第二ラウンドといこうか」


 奴の表情に初めて、本気の殺意が宿っていた。

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