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ノアの掲げる理想の世界  作者: 可借夜
序章 理想の国『王冠』編
29/29

序章―完― 神の子ノアの処刑とこれから

 その日は、『王冠』中が賑わいを見せていた。

 多くの者は処刑場へ訪れ、席がなかったものは、各地の中継場でその光景を目の当たりにしている。


 四月三日、午前八時三十分。

 三十分後のこの日、神の子ノアの処刑が行われようとしているのだ。


「刮目せよ我が国の民達よ! これがこの国に牙を向いた、大罪人の末路だ!」


 手に持っている拡声器へと、ヨハネが声を吹き込んでいる。中継も経て『王冠』中に響き渡る奴の言葉に、ノアは目を覚ました。


「…………」


 どうやら自分は磔にされているらしい。

 両手両足は杭に打たれ動くことができず、猿轡で喋ることもできない。


「ふっ。目を覚ましたか、神の子ノアよ」


「…………」


「どうだ、素晴らしい光景と思わないかね?」


 ノアが動かせるのは瞳だけ。動かせる範囲で、壇上から処刑場を見回す。


「…………!」


 満席の観客席から、国民がノアを見下ろしている。笑い、談笑し、目を輝かせて、処刑される瞬間を待ち望んでいた。


(皆支配から解放したはずなのに……まさかまた、ヨハネが支配したのか!)


 だとするならば、ヨハネ・ケトラルヒのこの支配は最悪の愚策だ。

 魂が悲鳴を発することで生じる〝喪魂病〟。一度支配から解放された国民がまた支配されるなど、どれほどの悲鳴を生み出すのか計り知れない。


「心配は無用だ。私達の力によって、喪魂病は根絶したのだからな」


 私達? ヨハネ以外の、誰の力が関与しているというのか。 

 動かせぬ口の代わりに、目線だけを鋭くし奴に向ける。「出てこい」ヨハネが命令を口にすると、彼女は壇上に現れた。


「…………!」


 一本の剣を手にし、空虚な眼差しを浮かべているエレノア・メタトリアス。

 ヨハネの命令に従い、ノアの背後に立つと剣を振り上げていた。


「祈りの書記官、だったか? こやつの魔法によって、私の支配は完全を迎えられたのだよ」


(エレノアの祈りの書記官が、奴の支配を……?)


「ああ、そうだとも。これまで私の支配は、魂までは支配できなかった。だからこそ喪魂病という国病が発症し私の悩みの種となっていたが……祈りの書記官は、魂を精神世界へと招く魔法だ」


 ヨハネは慈しむようにエレノアを見つめ、彼女の頭を撫でている。

 ……気持ち悪かった。奴はただ、最適な駒を手に入れたことに対して慈愛を向けているだけ。

 その手つきも、エレノアが支配され抵抗できない光景も。


「こやつが招いた精神世界で魂を支配すれば、国民は心から私の支配下に置かれ、喪魂病すらも発症しなくなる。ふっ。はは! 私の掲げる理想の世界は、こやつが手に入った瞬間に完全のものとなったのだ!」


「――!」


「聞けば貴様が、エレノアを殺し創りかえたことで魔法が強化されたらしいな」


「…………」


「故に私は、貴様に感謝しているのだ神の子ノアよ。私の理想を手伝ってくれて、本当にありがとう」


「…………」


 事態は最悪を極めていた。

 ただヨハネに敗北しただけでなく、間接的にとはいえ奴の支配が完全になってしまった。その事実はノアの心を蝕み始め、手足から力が失われていく。


「貴様を支配しないでほしいというのが、エレノアからの願いだった。私も鬼ではない、その願いだけは叶えてやったが」


 ヨハネは指を鳴らす。

 エレノアが一歩前に出て、ノアの首を撥ねようと柄を握る手に力が込められる。


「神の子ノアを生かしてほしいという願いは、さすがに驕りがすぎた。傲慢たるその罪は、他ならぬお前の手で処刑することにより洗い流してやろう」


 エレノアがノアを殺すという結末。


(ごめん、エレノア)


 こんな結末を招いてしまったのも、全てはノアが敗北してしまったからだ。


(ごめん、メシア、みんな……)


 償おうにも償いきれない。

 覆そうにも打開できない。


(負けてしまって、助けられなくて、本当に……ごめんなさい……!)


 無慈悲な剣が振り下ろされる刹那、ノアの心を絶望が支配していた。

 風を切る音が聞こえる。ノアは目を瞑り、最後まで謝罪を心の中で告げていた。


 ――しかしここで、ある一つの奇跡が起きる――


 本当に偶然なのかどうか、それとも誰かの意思だったのか、この時のノアは結局分からずじまいだった。

 ――突然、雷が。


 空は晴天なはずなのに雷が落ち、まるで天がノアを逃そうとしているかのように、ノアを磔にしている十字架を破壊したのだ。


「落雷……だと?」


 ヨハネが不審の眼差しを晴天に向ける。

 突然の雷に気を取られた、この一瞬が分水嶺だった。


「ノア! これを!!」


 観客に紛れていたメシアが、短剣をノアへと投げつけた。


「メシア!!」


 彼女は無事だったこと、歓喜に包まれるが涙は流さない。

 十字架が破壊されたことにより自由の身となり、手には自身を殺すための短剣がある。ならばもう、『生命の鍵』を使ってここから逃げるしかない。


「貴様! 何をし――」


 ヨハネは、ノアと乱入者であるメシアへと支配の粒子を伸ばすが、奴の動きはピタリと止まる。


「この力は……まさかメシア、時を!?」


「一日に三回、五秒だけ時間を止める。それが人となった私の魔法よ、ノア」


 メシアはノアの隣に並ぶ。


「この力でなんとかヨハネの支配から逃げられ――って、今はそれどころじゃないわ」


「――そうだね。君が作ってくれたこの時間を、無駄にできない!」


 即座に心臓を貫き、形態王国となる。


「――ている! 逃がさ」


 再びヨハネの時が止まる。

 ノアは翼を生やすとメシアを抱きかかえ、空を駆けた。

 ヨハネの支配から無事逃げ切ることができたノアだったが、傍にいるのはメシアただ一人だけ。

 エレノアも、子供達も、国民からの信仰心も、メシア以外の全てを失い。

『王冠』の空を、ただ逃げることだけしかできなかった。



「これからどうするの、ノア」


『王冠』を離れ、南にずっと逃げ続けたノアとメシア。どのくらい時間が経ったのだろうか、ノアの信仰心が切れたことで地面に降り立ち、二人してその場に座り込んだ。

 荒野で辺りには何もない。舗装された一本道が続いているだけだ。


「……そう、だね」


 これからどうするのか、メシアの質問にノアは即答できない。

 考えてはいる――いいや、考えようとはしているが、全てを失ったばかりの今、じゃあ次とすぐに切り替えられなかったのだ。


「……このまま進むと、(ティファレト)に着くわねぇ」


 ノアの気を紛らわすかのように、メシアが道の先を見て告げる。


「その先には基礎(イェソド)があるし、美からは栄光(ホド)勝利(ネツァク)にも行けるわ。どこかで少し休憩をして、この先のことを考えるっていうのはどうかしら」


(ティファレト)に、基礎(イェソド)栄光(ホド)……勝利(ネツァク)


「私も他の国はあまり詳しくないけど、休憩するなら美がおすすめよ。食事が美味しいって有名――」


「――それだ、それだよ、メシア」


「それって、美のことかしら? 美に行ってこれからのことを考える?」


「ううん、そうじゃなくて」


 きょとんと首を傾げているメシアが可愛らしくて、ノアはクスリと微笑んだ……ようやく、笑うことができていた。


「誰かの助けを求めている人は、王冠だけじゃないはず」


 王の掲げる理想の世界は、『王冠』以外の九か国にも存在している。ヨハネのように王が自国の民を蔑ろにしている国もあるかもしれないし、そうでなくとも、王界が合わず苦しむ人々だっているはずだ。


「王冠以外の九か国の、助けを求めている全ての人を助け信仰心を得る。そうしていつの日か、王冠に戻ってもう一度奴と闘うんだ」


 口にしながら、ノア自身これからのことを頭の中で固めていった。

 ……ノアはもう、『王冠』には戻れない。

 ヨハネに顔を見られてしまっている、手配書が『王冠』中に貼りだされることだろう。それに奴の支配は完全になってしまい、奴を倒さない限り信仰心を得るなど夢のまた夢だ。


(エレノアや子供達は……大丈夫なはず。エレノアは奴にとっても重要な存在だし、喪魂病がないのな

ら、価値なき子を生み出す意味もないから)


 ヨハネは国民を、必要な時殺しているだけ。無意味にという愚かな真似は致さない。そこだけは奴を信じられた。


「僕はもう一度、最初から始めるよ……だからメシア」


 ノアは自分の足で立ち上がると、彼女へと右手を差し伸ばした。


「また一緒に、ついて来てくれるかい?」


 ノアはヨハネに負けてしまった身だ。来てほしいと、自身を持っては言えなかった。もしかしたら断られるかもしれない、この手を取ってくれないかもしれない。


(そうなったら、僕は……)


 ……一人で。人類を救うため、ヨハネを倒すため九か国を巡る旅を始めよう。

 密かに決意を固める。


「――初めて会った時とは、逆の立場ねノア」


 メシアは感慨深そうに眼を細めると、立ち上がり上目遣いでノアの瞳を覗く。


「貴方と出会ったあの日、一緒に人類を助けてほしいと叫んだ私の手を取ってくれて、私がどれだけ救われたか……ようやく、貴方に教えることができるわ」


「メシア……」


「いいのよ、ノア。貴方がそれを口にしても」


 メシアは泣きじゃくる子供をあやすように、ノアの頭を撫でる。


「助けてほしいって、誰かに助けを求めてもいいのよ」


「――――!」


 この七日間、ノアは誰かに助けを求めたことがあっただろうか。

 助けると誓うばかりで、ノアが「助けて」と言ったことがあっただろうか。

 メシアに言われて、心が救われたかのような気になる。


 そしてなるほど、これまで自分が助けてきた人達もこんな気持ちだったのかと……助けての声に駆けつけ助ける、救済というノアの掲げる理想の世界は、変わらず理想的だと自覚する。


「僕はヨハネに負けて、君以外の全てを失ってしまった」


「……ええ、そうね」


「もう一度初めから。でもそれにはメシア、君の助けが必要だ」


「…………」


「だから助けてほしい。僕と一緒に来てほしい。これからも、隣で闘ってほしい」


「もちろんよ、ノア」


 願いを言い終わるや否や、メシアはノアの右手を取ってくれた。ノアの不安を和らげるように、ぎゅっと力強く握りしめたその手の感触を、ノアは生涯忘れることはないだろう。

 彼女は希望に満ちた笑顔で告げる。これまでノアがしていたように。


「確かに聞こえたわ、貴方の、助けを求める声が」

 

 斯くして、神の子ノアと『王冠』の王ヨハネ・ケトラルヒとの、七日間にも及ぶ闘いは幕を下ろした。

 結果はノアの完全なる敗北。

 しかしこれで、全てが終わったわけではない。

 ノアが『王冠』以外の九か国へと助けに駆けつけ、そこに住む全ての人々を救い、再びヨハネとの決戦に臨む。


 ノアの掲げる理想の世界を実現するための闘いは、この敗北から始まったのだ。

 メシアと手を繋いで、ノアは再び歩き始めていた。

 長く険しい、この一本道を。

これを読んでいる貴方、そう貴方のことです!読んでいただきありがとうございます!

1話から読んでいる貴方であれば、なおのこと感謝です!!(明日きっといいことがあります)


一か月近くかかりましたが、ようやく序章が終わりました。

このあとは1章英雄の国栄光と……これからもどんどん続いていくので、少しでも楽しんでいただけたら幸いです!!

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