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ノアの掲げる理想の世界  作者: 可借夜
序章 理想の国『王冠』編
21/29

序章21話 最後の夜

 家の定義が帰る場所とするなら、エジュリヌ大森林こそがノアにとっての家となっていた。

 翼を生やし、空を飛んでエジュリヌ大森林の入り口に到着したノアは、腰に捕まっていたメシアと両腕に抱えていたエレノアを地面に下ろす。


「二人とも、お疲れ様」


「ええ、お疲れ様」


「はひぃ……お疲れ様、です」


 エレノアはぐったりとその場に崩れ落ちていたが、疲労を感じるのも無理もない。

 王都にある処刑場での一件を終えた後、ノアはメシアとユリエルを連れて一度は大森林へ戻り、休む間もなく各地の処刑場へと飛んで行ったのだ。


 三人で力を合わせ同じ要領で支配の粒子を浄化して回り、子供達と合流しては大森林へと戻る。全てが終わる頃にはすっかり夜の帳が降りていた。


「ノア様と、メシア様は、疲れてっ、いないのですか?」


「それが不思議なことに全然疲れていないんだよね」


「私も同じくね」


「えぇっ? そ、そうなの、ですか。お二人とも丈夫ですね……」


 エレノアは驚愕のあまり頬がひきつっている。ドン引きしている彼女を見るのは初めてのことで、信じられないものでも見るかのようなその表情は、クスリと笑みが零れてしまうほど面白かった。


「えっと、ノア様。さすがに傷つきます……」


「ごめんごめん、大人びているけど、君もそんな顔をするんだね」


 感情が素直に表に出ている、子供らしい顔だった。


「まあでも僕の場合は、処刑場で信仰心を得続けてきたからだと思うよ」


 王都と十の都市に駆けつけ、そこにいた全員の支配の粒子を浄化した結果――八十五万人。それが今日一日で、ノアが得た信仰心の数だった。


「やっぱり、国民全員が支配されることを望んでいなかった……これが大きかったわね、ノア」


「うん、そうだね」


 国病である喪魂病が蔓延しているということは、すなわち国民の大半が支配されることに悲鳴をあげているということ。支配から救ったノアに皆感謝を告げてくれていた。


(王都の国民は一千万人だから……単純すぎる計算だけど、このペースでいけば十二日で国民全員を助けられるのか)


 今日一日でこの成果は充分すぎる結果と言えよう。

 ノアは森の入り口から子供達の待つ生活拠点へと、中央へと向かって歩き始める。二人が一歩後ろをついてくる気配を感じながら、考えをまとめていた。


(あのあと、ヨハネからの干渉が何もなかったことが気になるけど……)


 処刑場にヨハネが現れた時のことを考慮して、片時も離れずメシアといたのだが、どうしてか一度も姿を見せなかった。


(さすがにそれは、明日でいいか)


 これから先、奴からなんの妨害もないなんてありえない。出方を想定しながら今後を考える必要があるが……少なくとも今日ばかりは、喜んでもいいはずだ。


「皆、ただいま」


【ノア様! おかえりなさい!】


 居住地に戻ると、子供達全員が笑顔で出迎えてくれていた。


「メシアさんもお帰りなさい!」

「エレノアちゃんも! 怪我はなかった?」


 女子達はメシア達の元へ駆け寄り、思い思いに抱き着いている。


「ただいま、いい子にしていたかしら」

「ノア様とメシア様も一緒でしたから、大丈夫ですよスピカ」


 メシアは一人一人の頭を順に撫でていき、エレノアはスピカと手を取り合っていた。


「ノア様、ヨハネってどんな奴でしたか?」

「形態って、あと何個あるんですか?」


 アッシュら男子はノアを囲むように集まり、次々に質問をぶつけてくれる。この二日間で打ち解けたこともあり、ノアは気軽に声をかけてくれるのが心から嬉しかった。


「形態は全部で十だよ。全員を助けられたら、全て解放できると思う」


 自然と声が弾むが、


「ヨハネ・ケトラルヒは……王という役割をこなしているだけの人間、っていう印象かな。一国を管理することだけに囚われていて、あれは、理想の王ではないよ」


 奴について語る時だけは、トーンが落ちていた。


「あの……勝てそう、ですか?」


 アッシュがおずおずと手を挙げている。

 呟くように小さく吐かれた疑問だったが、全員の意識を貫いたかのように空気が凍り付いていた。


「何を言っているのですかアッシュ!?」


「ご、ごめんエレノア……でもちょっと不安になって」


「謝るのはわたしじゃなくて、ノア様に――」


「――大丈夫だよ、二人とも」


 この場にいる全員が今日一日に起きたことを、つまりはノアがヨハネに成す術がなかったことを知っている。


 いくら子供達を、国民を助けようが奴に勝てなければ意味がない。

 エレノアに怒られうなだれているが、アッシュの不安は当然のものだ。


「奴の力はまだ、底が知れないからね……もちろん勝つつもりで闘うけど、絶対に勝てるよとは言い切れない」


 勝つよ、と断言した方が皆の不安を取り除けるだろうが……ノアは子供達に、嘘をつくことだけはしたくなった。


「そう、ですか……」


 アッシュの表情に表情が落ちる。

 ノアは彼の両手を強く握り、


「だから、皆の力が必要なんだ。皆で一緒に、力を合わせてヨハネ・ケトラルヒに勝つよ」


 今日一日で、ノアは痛いほど実感していた。


 ヨハネの時間稼ぎに成功したのはメシアのおかげ。

 支配の粒子を浄化できたのはエレノアと、メシア、支配に抗った人々のおかげ。

 処刑を阻止できたのはアッシュ達みんなのおかげ。


 ノア一人では何も成しえることはできず、協力し合うということがどれほど大切なことなのかを。

 それにそもそもが、ノアの『生命の鍵』は信仰心を得るほど力を増す性質を持つ。


 ――皆で一緒に。この一言で、アッシュの表情が華やいだ。


【はい!】


 気付けば彼だけでなく、ここにいる全員が声を合わせていた。


「よし、それじゃあまずは皆で一緒に――夜ご飯を食べよう。さっきからいい匂いが漂ってきて、お腹が空いて仕方ないんだよね」


 ただ肉を焼いただけではない。香辛料か、調味料なのか、空腹を更に刺激する匂いが生活拠点中に漂っているのだ。


「あ、ああの、ノア様、どうぞこちらに」


 ユリエルが椅子を引いてノアを導く。


「え、えへへ。腕によりをかけて作りました」


「今日の料理長は君なんだね、ユリエル。ありがたく、ご相伴にあずからせてもらうよ」


 案内された上座につくと、向かって一番右にメシア、左にエレノアと続々に着席していった。

 大きな名が机の上には、野菜と果物を添えたサラダに魚を丸ごと焼いた料理、中央には肉をメインに様々な具材が入っている大鍋が置かれていた。


「この、机やら椅子やら、食器類はどうしたの?」


 今朝まではなかった色々に驚いていると、森の中から男性の声が響いた。


「私がご用意させていただきました」


 現れたのは、白髪を後ろに束ねた壮年の男性。


「貴方は確か、ユリエルの……」


「はい。ユリエル・ダリアンの父、ユースティス・ダリアンと申します。ノア殿、本日は私と娘を助けていただき、感謝申し上げます」


 ユースティスは深々と頭を下げる。


「頭を上げて、ユースティスさん。僕達は僕達の成すべきことをしただけだから」


「ノア殿……重ねて感謝を。今後は、何か必要な物がありましたら、遠慮なく私にお申し付けください。私は、他国との貿易業の責任者を任されておりまして、それなりに蓄えておりますので」


「本当に? じゃあ、雨風が凌げる様に、簡易的なテントを――」


「もう、二人とも、そういった話は後回しにして早くご飯を食べましょう? 折角ユリエルが作ってくれたのに冷めちゃうわよ?」


 待ち切れないと言ったように、ノアの唇に手を当てて遮るメシア。そうだね、とノアは呟いた。


「ユースティスさん、この続きは食事でもしながら」


「そうですねノア殿……娘が腕によりをかけた料理を冷ましてしまったら、父親として失格になるところでした」


 ユースティスはノアから見て右側、十三番目の席に腰かける。

 全員揃ったかな、と見回し、皆頷いたことを確認すると両手を合わせた。


「いただきます」

【いただきます】

 

 ――とても幸せな夜だった。

 皆で一緒になってご飯を食べる。たわいもない雑談を交わして、笑いあう。こんな日がずっと続けばいいと願うほどの、とても幸せな夜だった。


 この時のノアはつゆにも思わなかった。

 まさかこの夜が、王冠で皆と一緒に過ごす――最後の夜になることなど。

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