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ノアの掲げる理想の世界  作者: 可借夜
序章 理想の国『王冠』編
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序章20話 皆の力で

 まず初めに、ここが現実世界でないというのは一目瞭然だった。

 匂いや温度はなく、漆黒で広大な空間の中に見上げるほど巨大な扉があるのみ。扉にはアルカディア大陸にある十か国と同じ、『王冠』から『王国』へ至るまでのセフィラが描かれていた。


 ここはノアの魔法である『生命の鍵』の根源たる世界、といったところか。


「我ながら、仰々しい世界だよ……神の血を半分継いでいるからかな?」


 最初から答えが頭の中にあるかのように、ここがどこなのかも、なぜここにいるのかも既に理解していた。


 ノアは道を開けると、背後から白色の光が――エレノアが集めてくれた十万と五人の「助けて」の声が、扉へと注がれていった。


「価値なき子の処刑を防ぎ、観客と騎士達から魂の声を聞き出す……ここまではエレノア、君の出番」


 扉に描かれている十個のセフィラだが、初めから使えていた形態王国だけがレモン・オリーブ・小豆・黒の四色から光っていた。


 しかし「助けて」の声が、十万と五人の信仰心が注がれたことにより、新たなセフィラが解放していく。


 形態基礎(モードイェソド)、第九のセフィラが紫色に、

 形態栄光(モードホド)、第八のセフィラが橙色に光を放つ。


 ノアは扉の前に手をかざし第八のセフィラを選択すると、扉全体が橙色と輝き始めていた。


「ここから先は――」


 信仰心はセフィラを解放し、『生命の鍵』はこの扉を開けるためにある。力を満たしたことで扉はゆっくりと開いていき、ノアは扉をくぐって現実世界へと戻っていった。


「――ここから先は、()の出番だ」


 思い描く理想は悪の浄化。第八のセフィラ、形態栄光。


 橙髪、銀白色の瞳が特徴的な聖人は、己が悪と認識した遍くを浄化する。


天浄(ウーラ・カルシス)!!」


 ノアが今回悪と認識したのは、騎士らに植え付けられている支配の粒子。

 雲を突き抜け、天から橙色の光が降り注ぎ闘技場全体を包み込む。「天浄」は騎士や観客の体を通過し、体内にこびりついている粒子だけを浄化しにかかった。


(届け……!)


『王冠』の国民全員に植え付けられている支配の粒子だが、国民は一千万人もいるのだ。一人一人にある粒子は微量で、浄化の光と拮抗していた。


(届け……!!)


 絶え間なく光を浴びせ続け、徐々に徐々に浄化していく。


 ――だが、しかし。


(これでも……これでも駄目なのか!?)


 支配の粒子は最後の足掻きと言わんばかりに、浄化の光さえ支配しようと抗い始める。

 いくら十万と五人の信仰心を集めたとはいえ、いくら個々の粒子が微量だとはいえ、あのヨハネ・ケトラルヒの力の残滓。


 一筋縄ではいかない。ならば信仰心を全て使い切ったとしても、と考えたところで、


「祈りの書記官!!」


「エレノア!?」


「もう一度、皆さんの魂に語りかけてみます! そうすればきっと、わたしたちだけじゃなくて、皆で一緒になって支配と闘えるはずです!!」


 本からは白き光が放たれると浄化の光と混ざり合い、観客と騎士の魂だけを本の中に連れていく。


「なら私は、支配の粒子の時を一瞬だけ止めるわね」


「メシア……!? でも……!!」


「大丈夫、安心してノア。時を止めるのはほんの一瞬だから……エレノアが祈りの書記官を解除して、魂が肉体に戻ったその瞬間に、一瞬だけ」


「……分かった。今度こそ君も、皆で一緒に闘おう!!」


「ええ! そうこなくっちゃ!!」


 二人は拳を突き合わせると、その時はすぐに訪れた。


「メシア様! ノア様!!」 


 エレノアの『祈りの書記官』が解除され、全員の魂が肉体に戻る。


「大人しくしてなさい!!」


 メシアが支配の粒子だけの時を止め、その隙に自由を望む魂が肉体の制御を取り返そうと必死に抵抗する。


天撃(ウーラ・プラージャ)!!」


 ノアは浄化の光の威力を更に上げた。魂と一緒になって、止まった支配の粒子へと襲いかかる。


「届いてください――!」


 エレノアは祈りを捧げ、


「届きなさい――!」


 メシアは心から望み、


「届け――!」


 ノアは支配から助けようと光を放ち続ける。


「「「届けぇぇぇぇえええええ!!!」」」


 三人の雄叫びが重なる。

 そしてノアは確かな手応えを感じていた。浄化の光の中で、支配の粒子が消えていくのを。


 エレノアの『祈りの書記官』、メシアの『時間操作』、ノアの『生命の鍵』。

 三人の力と、魂らの抵抗によってようやく――ついに!


「ああ……私は、やっと、無垢な子を殺さずに済む」


 騎士の体から、喪魂病の浸食が止まる。


「もう明日から、自由に生きていいんだ!」


 観客の中の誰かが、いいや或いは全員が、自由を口々に讃えていた。

 

 ――ヨハネ・ケトラルヒが即位して二十年。

 支配の粒子は完全に消滅し、支配という理想の世界に初めて、風穴が空いた瞬間だった。

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