説得
ナスカたちに送り出され、俺は一人、大仰な扉を開いた。
部屋はかなり広い。
相変わらずの土の床に、四角く模られた大理石のリング。
格闘大会でも開かれそうな舞台には中央に一人のキグルミがいた。
赤い血に塗れたバッタのキグルミ。
顔のリアルさと染み付いた朱が不気味だ。両手に小型のナイフを持ち俯くように立っていた。
ずっと、あの状態で待ってたのかと不安に思う。
一瞬、最悪の結末が見えた気がした。
バッタを前にして、俺は一度立ち止まり、大きく息を吸う。
落ちつけ。俺は勇者。英雄だ。
彼女を助ける為に、まずは言葉の限りを尽くす。
英雄だと思え。物語の主人公を演じろ。そうする努力をしていれば、台詞が自然とでてくれる。
覚悟を決めろ久我山環架。ここが命の張り所だろう?
折角彼女になるって言ってくれた女が目の前に居て、彼女を救うための舞台が整っていて、後は俺が上手くやるだけなんだから。
両手で頬を叩き、気合いを入れなおした俺は、ゆっくりと進み出た。
「バッタ、ようやく会えたな」
声を出しながら戦場の舞台へ上がる。
バッタはキグルミのせいでどこを見ているか分からなかったが、俺が舞台に上がった瞬間ピクリと肩が動いた。
「どうした? そんな着ぐるみ着てちゃ話もできねぇ。いい加減脱いだらどうだよ」
バッタは答えない。でも、ゆっくりと着ぐるみが開き、中にいた人物が姿を現す。
何度も見た少女の姿。
着ぐるみの中は蒸すようで、全身汗だくで、でも、顔は儚げで、死んだような眼をしていた。
「もう、来ないと思ってた……」
バッタは伏せ目がちに、悲しそうな顔をしていた。
まるで、これから気の進まない行為をしなければならないとでもいうような。
しかし、まるで決意を決めたように顔をこちらに向ける。
「何度だって来るさ。お前が戻ってくるまでは」
「何度来たって、もう無駄です。賽はすでに投げられてる」
着ぐるみが持っていたナイフを取り、俺を見る。
「殺すか、殺されるか。もうそれしかないの」
「そんなことあるかよ。皆待ってるんだ。戻ってこい」
「無理よ」
バッタはナイフを構え、悲しそうに俯く。
「私にはもう、後がないの」
「俺たちを殺せば助かるのか?」
俺の言葉にバッタは被りを振う。
「助かったところで次のグループが待ってるだけ、そのうち死ぬわ」
「だったらっ」
「ダメよ。どの道私は先がない。それに、あなたを殺すくらいなら……」
自分が死ぬ。そんな言葉が続きそうで、そのままナイフを自分に付き立てそうで、俺は迷うことなく彼女に向かって走っていた。
走るのに、剣が邪魔だと投げ捨てる。
剣を放り出して向かってくる俺に、さすがにバッタは驚いたらしい。
目を見開いてこちらに視線を向けていた。
とっさのことにナイフを振う事すらできていない。
「俺はお前を殺さない」
「っ!?」
「お前も俺を殺さないなら、こんなこと無意味だ。そうだろ」
何も持たずに彼女の目の前へと近づく。
手にしたナイフを俺に向け、でもバッタはそれ以上動けない。
「言っただろ。一生、離してやらないぞってさ。帰ろうバッタ。皆の処へ」
戸惑うバッタに、俺は手を差し伸べる。
「でも……」
バッタは逡巡し、自らの手に持たれたナイフに気付く。
「無理。ここであなたが私を殺さなきゃ、あなたたちは……」
「別の誰かに殺される? だったら一緒じゃないか。今、お前に殺されるのと、何時かどこかのフィールドで魔物や黒服に殺されんのと、どこが違う?」
「違うわっ。だって、それまでは生きていられるっ」
「だったら、俺はお前と共に生きる道を歩む。どうせ殺される未来なら、最後まで好きな奴と一緒に居たいっ」
もちろん、俺は楽に殺される気なんてなかった。
バッタと共に生き抜く。
自分には力はないかもしれないけど、それでも、バッタを殺してまで生き抜く道を選ぶより、バッタに殺される道を選ぶより、バッタと共に最後まで居られる道がいい。
なおも戸惑うバッタの腕を強引に掴み引き寄せる。
引き寄せた後でナイフの切っ先が当るかとひやっとしたが、バッタは手を引かれた瞬間、ナイフを床に落としていた。
そのまま俺の懐へ収まってくる。
抱きしめた。
強く、何処にも逃げられないくらい強く抱きしめた。
絶対に、もう放さない。バッタを死ぬまで護り切ってやる。
「バッタ。一緒に行こう。最後まで、俺はお前の横に居たい」
バッタは顔を見上げ、視線が交差する。
余りの強引さに慌てているのか、顔が真っ赤だった。
「……わた、私……も、一緒に居たい。けど……」
何か問題があると、浮かない顔を一瞬見せる。
「ゲームの仕様を逸脱したら、制裁が……」
「知るか。そんなもん。どの道ゲームオーバーしかない未来なら制裁なんて怖いもんか」
「それは、そうかもしれないけど……」
「好きなんだよ、お前がっ。殺せるわけがない。そして死んでほしくないんだよっ。だから……一緒に行こう、バッタ」
バッタは、答えなかった。
変わりに、顔を伏せ、ギュッと、抱きしめ返してくる。
それが、彼女の答えだった。
それだけで、彼女の意思が理解できた。
だから、さらに強く抱きしめる。
ずっと、ずっと抱き合っていたくて、でも、それは長く続かなかった。
「なんだ。せっかくお膳立てしたのに自力で解決したのかい」
真後ろから聞こえた声に、バッタの身体が一気に硬直した。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまうって……習わなかったか亨っ!!」
俺は後ろを振り返り様声を荒げる。
さすがに邪魔されて冷静でいられる程、人間ができちゃいなかった。
「僕は邪魔するつもりはなかったんだけどね。そろそろこちらの方が我慢の限界らしいんだ」
こちらの方……?
亨の横に、一人、見覚えのある人物が立っていた。
いや、見覚えはあるが別人だ。
なぜなら。見覚えのある人物の中身は、今俺が抱きしめている。
亨の横に、バッタがいた。
いや、正確にはバッタに似た着ぐるみを着た人物。
「こいつは……」
「本来ならバッタさんがここのボスになるわけだけど、特別にボスを用意したよ。バッタさんに変わり、このイナゴさんが君たちの相手だ。イナゴを殺せたら、このミッションをクリアしたことにしてもいいそうだよ」
バッタもといイナゴの着ぐるみを着たそいつは、ナイフを取り出し不気味に投げ回す。
「当然ながらそちらのバッタさんは手出し無用。その代わり、君が一人でコイツを倒せれば……」
「制裁とやらはないわけか」
「話が早くて助かるよ。どうする?」
どうするも何もない。
やるべきことを提示されたなら、やるしかないではないか。
俺と、バッタが生き残るためになら、相手を倒すことが条件ならば……
「それはよかった。僕も交渉してきた甲斐がある。それじゃ、バッタさんはこっちに、せっかくだから衣装を用意したよ」
「あ、あの、でも……」
「スポンサーの方々もこちらの方が面白いらしいからね、気にする必要は無い。皆英雄譚は好きなんだよ。まぁ同時に、夢の直前で転落する様を見るのも、好きだけどね。この約束だけは確実に守られるよ。イナゴさんを倒せば君たちは自由だ。バッタさんもNPCからPCに格上げさ」
バッタは俺と亨を交互に見て、俺から離れ、亨の元へ去っていく。
亨の元へ辿りつくと俺の方を心配そうに振り返った。
「大丈夫、絶対にお前と帰る。約束だ」
「は、はい……」
バッタが衣装替えのため、亨に連れられて去っていく。
緊迫してたはずの場の雰囲気が急に白けたような気がした。
それでも、先程までバッタのいた場所に、同じ容姿のイナゴの着ぐるみが現れているので、一瞬も気は抜けない。
イナゴの方もこちらに向かってくる気は無いようだが、ナイフを回して暇つぶしをしているようだった。
現実なんてこんなもんだ。
俺みたいなのが必死の思いで説得しても、それを舞台の上として多くの奴らの食い物にされる。
結果、コイツを倒せば娘をやるなんてイベントを司祭者が提示し、ドラマとしてスポンサー達に見られるのだ。
それでも……例えそうだったとしても、これでバッタが帰ってくるのなら……
未来は見えた。
俺は、床に落とした剣を拾い上げる。
やってやるさ、英雄を演じて、グッドエンドを見せてやるっ。
久我山環架
装備:スラッシュソード、厚革の鎧、皮のベルト
所持アイテム:火炎の杖、氷結の杖、雷鳴の杖
魔法:爆裂魔法(手榴弾)× 1
所持金:20L




