〈3〉しばらく待機
そうして、レヴィシアはようやく切り出した。
「ね、ザルツ。次の活動について、そろそろ聴かせてくれる?」
その途端、何故かプレナは複雑な表情を作った。
「そっか。もう次、なのね」
ようやく落ち着いたと思えば、すぐに次だ。彼女たちに休んでいる暇はない。
新生レジスタンス組織を助けてから、五日が過ぎていた。体勢を立て直すには十分な期間だ。
その新生レジスタンス組織は、構成員が連行されるのを助け出せたものの、志が折れてしまい、結局組織は瓦解してしまった。それでも、残ったごく数人の希望者は『フルムーン』として留まっている。
次に向け、覚悟を決めたレヴィシアに、ザルツは意外なことを口にした。
「今回は少し様子を見る」
「え?」
「サマルの調査の具合で、そう判断した」
サマルは芋のスープを顔を赤くしてすすっていたが、そこから口を離してにやりと笑った。
「一筋縄では行かない相手に粘ってるんだ。そのために、少しだけそこで働いて来る。だから、もうちょっと待ってろよ」
普段はうるさいサマルだが、人に警戒心を抱かせない雰囲気で、優秀に情報収集を行う。幾度もその能力に助けられて来た。サマルがそう言うのなら、待つべきなのだろう。
そう感じたくせに、レヴィシアの口は素直ではなかった。
「えー。ちょっとってどれくらいよ?」
「こういうことは、急いたら負けなんだよ」
鼻で笑うサマルに、レヴィシアは再び仏頂面になる。そんな彼女に、ザルツは厳しい一言をくれた。
「わめいてないで、自分にできることを探したらどうだ?」
「う……。戦闘の稽古?」
「他にいくらだってある。自分で考えろ」
いつも、突き放したことを言う。けれど、それが彼の優しさだと、レヴィシアは思う。
うんうんうなりながら、レヴィシアは眉間にしわを寄せた。難しいことを考えると、険しい顔になる。
そうして、答えが出た時、レヴィシアは晴れやかに笑った。
「そうだ、ロイズさんのところに顔出して来る。それから、アーリヒさんたちにも会って、何か変わったことはなかったか訊いて来る」
「ロイズさんたちは今、隣町よね? 危なくない?」
心配性のプレナが言う。
「大丈夫。ユイと行くから」
けれど、それは呆気なく却下された。
「駄目だ。ユイは他にも武術指南してほしいメンバーがいる。連れて行かれては困る」
時々、どちらがリーダーだかわからなくなる。いつも、決定権はなかった。ただ、ザルツの意見は折れることを知らないので、勝てたためしがない。
「そんなぁ。一人で行ったら怒るくせに」
「当たり前だ。向こうに仲間はいるが、道中が不安だ。お前は無鉄砲だからな」
誰も、そんなことないよと否定してくれなかった。
小さく息をつくと、ザルツは言う。
「そうだな、ルテアと行って来い」
「え? ルテアと?」
そんなにも不思議そうに言われるほど頼り甲斐がないのかと、ルテアはひそかに傷付いた。けれど、表には出さずに耐える。
「少なくとも、お前よりは慎重だからな」
「何よ、それ」
レヴィシアはまたしても頬を膨らませたが、次の瞬間には笑っていた。
「ま、いいや。じゃあ、行って来るね。ルテア、行こ」
「って、今すぐか?」
慌てて、ルテアは自分の着ている深緑色のプルオーバーを引っ張った。
「汗かいたから、着替えて来る」
「ほら、急いで急いで」
レヴィシアに急かされ、ルテアが奥へ駆け込むと、朝食を終えたサマルも立ち上がった。
「俺も途中まで一緒に行くよ」
彼の情報収集の場も、隣町なのである。
年少組とサマルが去ったところで、ユイはぽつりと口を開いた。
「――すまない。気を遣わせたか?」
「何に対して?」
ザルツは澄ました顔で紅茶を飲み続ける。ユイは苦笑した。
「色々だ」
レヴィシアは失念しているようだが、隣町に行けば、そこに滞在する仲間の中に、ティーベットという男がいる。彼はレヴィシアの父、レブレムと共に活動をしていた人物だ。
彼とユイとの間には深い溝があり、顔を合わせれば一触即発の危険がある。それを危惧して止めてくれたのだろう。
少し沈んだその場の空気を変えようと、プレナはためらいがちに口を開く。
「それにしても、ルテアは見た目もだけど、中身も落ち着いて来たわね」
「そうだな。鍛錬していても、熱意が伝わって来る」
そう答えたユイに、ザルツはぽつりとつぶやく。
「ラナンさんのこともある。仇を取りたいなんて考えてなければいいんだが……」
ルテアにとって、兄のような父のような存在であった人物が、仲間の裏切りによって命を落とした。それが彼にとって、何かしらのきっかけになったのは間違いのないことだろう。
それに対し、ユイは穏やかに微笑んだ。
「そういった感情から強さを求めているとは思わない。もっとまっすぐな、迷いのない気持ちがあるだけで――」
彼がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。
ザルツとプレナは、ラナンの死に責任がある。少なくとも、二人はそう感じている。
だからこそ、そうであってほしいと願った。




