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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅱ

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〈2〉騒がしくも平穏な


 秋は過ぎ、冬を越す。

 言葉にしてしまえばそれだけのことだ。あっけなく時が経ったのもうなずける。

 春とはいうけれど、まだ寒さも残る。そんな日の昼下がり。



 ケープのすそからはみ出した両腕を、頭上で組んで伸びをする。木々の間から見える空は薄青く、雲も透けるように広がっていた。

 それをぼんやりと眺めていたら、首が痛くなってしまった。ゆっくりと正面に戻したけれど、少しだけ視界がくらりとする。

 けれど、たったそれだけのことで気分が落ち着いたように思う。やっぱり、外の空気を吸うのは気持ちがいい。


 活動的なショートパンツと厚手のタイツ、生成りのケープという出で立ちの彼女は、レヴィシアといった。

 レヴィシアは軽くかぶりを振ると、柔らかな赤土の上を軽やかに駆け出す。後頭部でまとめられた栗色の髪が、生き物のように元気に跳ねた。

 華奢な体付きでありながらも、溌剌と生命力にあふれた彼女は、ごく普通の元気な少女として周囲の目には映るだろう。それは間違いではないけれど、それだけでもない。




 そこは、シェンテルという名の、土の匂いと共にある、のどかな農村だった。

 五ヶ月前、彼女はルイレイルという町に滞在していたのだが、その地で領主が殺害されるという事件があった。多少の関わりのある彼女たちは、それから逃れるようにして渡り歩き、今はこの村に滞在している。

 犯人である『彼』も捕まることなく、探索の手も弱まりつつあるのだった。




 レヴィシアは、結果として鶏を蹴散らしながら走り抜け、その一軒家の戸をそっと開く。ノックはしない。

 こっそりと抜け出したつもりだったが、気付かれたらしい。中で慌しい音がした。

 すぐに駆け寄って来た人物に、レヴィシアはおずおずと言う。


「た、ただいま、プレナ」

「ただいまじゃないでしょ! 勝手に出歩いたら駄目だって言ってるのに!」


 プレナと呼ばれた、柔らかな淡い茶色の髪を短く切りそろえている女性は、整った顔をしかめてみせた。


「ごめん。けど、ここは平和な村だし、ちょっとだけだもん。現に平気だったじゃない?」

「そういう問題じゃありません」


 ぴしゃりと叱られた。プレナは普段、叱られたレヴィシアを慰めてくれる存在なのだが、こういう時には逆に怒られる。心配性な面のある、姉のような人だ。

 だから、レヴィシアは彼女には弱い。しょんぼりと肩を落とす。

 プレナはそっとため息をついた。


「何かあってからじゃ遅いんだからね」

「うん……」


 反省の色が見えると、プレナはそれ以上うるさいことは言わなかった。


「外、寒かったでしょ? お茶でもいれるから、座って」


 レヴィシアはケープを脱いで壁にかけ、言われるがままに飾り気のない木製の椅子に腰かけた。

 すると、奥の方から一人、眼鏡をかけた痩身の青年が姿を現す。微かに色付いたグレーの髪を揺らし、彼はそのまま、レヴィシアの正面の椅子に座り込んだ。


「ザルツ、具合はどう?」

「少し風邪気味だっただけで、もう平気だ。大げさな……」


 彼もまた、レヴィシアの兄のような存在だ。冷静で頭の切れる彼に、いつも頼ってばかりいる。

 外出したことはザルツにはばれていないようなので、内緒にしておくことにした。

 プレナはレヴィシアとザルツの前に紅茶を差し出すと、自分の分を持ってレヴィシアの隣の椅子に落ち着く。そのカップの数を見て、レヴィシアは顔をしかめた。


「ユイとルテアは、まだ帰ってないの?」

「帰ったわ。でも、もう一度、レヴィシアを探しに出かけたのよ」


 プレナの一言に、レヴィシアは言葉に詰まる。ザルツはレヴィシアが抜け出したことなどお見通しだったらしく、静かに言った。


「あれはレヴィシアが悪い」

「え? なんで? どこが?」


 静かに紅茶に口を付けたザルツに、レヴィシアはふくれっ面を向ける。彼は眼鏡を光らせ、あきれたような冷めた視線を投げかける。


「自分でわからないのか?」

「わかんないよ! あたしはただ、あたしと動きが似てるルテアに稽古に付き合ってほしかっただけだもん。そしたら、ルテアが嫌だって……。自分はユイに指南してもらってるくせに、ずるい」


 そうして、すねていたのだった。部屋に閉じこもった振りをして、窓から外へ出た。

 そんないざこざがあり、思い出してぷりぷりと憤るレヴィシアに、プレナは苦笑した。ザルツはわざと深くため息をつく。


「それが悪いと言っているんだ。ルテアは真剣なんだ。足を引っ張るな」


 カチン、と来た。


「あたしだって真剣だもん」

「そうだとしても、お前以上に真剣だ。ルテアが強くなりたいと思う気持ちは、お前の比じゃない。だから、ユイにも頭を下げて頼んだ。わかってやれ」


 そこで素直にうなずきたくなかった。無言のまま、少し冷めた紅茶をがぶりと飲む。

 その時、ダンダン、と荒っぽいノックの音がした。鍵はかかっておらず、二人の人間が中に入って来る。


「どこにもいない。……まだ帰って来ていないのか?」

「あ、うん、帰ってるよ」


 当の本人に軽く答えられ、二人は呆然と立ち尽くす。

 一人は長身に青みを帯びた長髪の青年だ。顔立ちは端整で、落ち着いた雰囲気をしていた。

 もう一人は、不ぞろいの金髪を襟足部分だけ編み込んで垂らしている、線の細い少年だった。少女と間違われるような、優しい容貌である。

 扉の鍵をかけると、長身の青年は安堵のため息をもらした。


「あんまり心配させないでくれ……」

「ごめんね、ユイ」


 本名をユイトルという彼は、レヴィシアにとって、少しばかり複雑な相手である。

 弓と剣の名手であり、レヴィシアを守ることを自分に課しているのだが、その理由を知る者は時折見ていて苦しくなる。レヴィシアにとって、因縁と好意のある特別な存在だった。


「――そっちには謝るけど?」


 ムス、とレヴィシアをにらんだ少年に、レヴィシアは思わず立ち上がり、同じ表情で返す。


「探してほしくて出て行ったわけじゃないもん」


 聞こえないように、ルテアの馬鹿、とつぶやく。

 彼とレヴィシアの父親は親友同士だった。その上、同い年ということもあり、遠慮のない間柄である。

 幼い頃に遊んだ記憶はあるものの、再会したのは半年前程度だというのに、ずっと一緒にいたかのような気安さだった。


「なんか言ったか?」


 耳ざとくルテアが拾うので、レヴィシアは大声で繰り返してやろうかと思った。けれど、ザルツがいい加減にしろというような視線を向けて来たので、諦める。

 せめて最後にもう一度睨み返してやったところ、レヴィシアは思わず声をもらした。


「あ!」


 ルテアは驚いて身構える。


「な、なんだよ?」


 レヴィシアは自分の頭上に手を当て、そこから水平にルテアの方に手を動かす。その手はルテアの眉間に勢いよくぶつかった。


「いって……」

「ルテア、背が伸びてる! 前はあたしとほとんど変わらなかったのに!」


 毎日顔を合わせているので、その変化に全然気が付かなかった。あんぐりと口を開けたレヴィシアに、ザルツは呆れたと言わんばかりの声を投げた。


「だから、ルテアはすでにお前が思うような弟分ではないんだ」


 嬉しそうに表情を緩めたルテアに、レヴィシアは残酷だった。


「やだ。そんなの、かわいくない」


 その凍り付いた空気の中、何も知らずに起き出して来た、色黒で垂れ目の青年、サマルはへらへらと室内に入って来た。


「う~、起き抜けは寒いねぇ。昨日は遅くまでかかったから、朝がつらいよ。あ、プレナ、お兄ちゃんにもあったかい飲み物くれない?」


 けれど、無視された。今はそれどころではない。



 こんな青少年の集まりは、傍目には気楽に思われるかも知れない。

 けれど、その実態は、国を相手に戦うレジスタンス組織『フルムーン』の主要メンバーである。

 そして、レヴィシアこそがそのリーダーだった。


 仕切り直したかったので、説明っぽい部分を多く含みます。

 第一章から続けて読まれた方には無駄な部分かも知れません(汗)

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