第1話 罪の男(シナーマン)/07
罪の男が他の参加者、全てを叩き潰し、最後の一機となって優勝……。
この一件で、連盟の態度も目に見えて変わった。
ギルド業界全体に名が知れ渡り、露骨な排除はさすがにやりづらくなったらしい。
ビッグ・マクマホン本人は、最後まで罪の男を潰したがっていた――。
そんな噂も耳には入っている。
だが、ジュニアを含む数人の側近が、それを強く諌めたとも聞いた。
要するに、組織の面子を優先し、実力を認め、声をかけたという体裁を選んだ、というわけだ。
もっとも、ウーに最初から馴れ合う気などない。
連盟への参加要請は、きっぱりと断った。
もっとも、トニーの進言もあって、
「恐れ多くて、若輩者にはとてもとても――」
そんな芝居を打ち、最低限の面子だけは立ててやった。
その甲斐あってか、かつては孫請けの、使いっ走りだったギルドが、今では頭目であるビッグ・マクマホン自身が、直接仕事を回してくる立場になった。
内容はと言えば、嫌がらせ半分の無茶振りばかりだが――。
成功させた時に浮かぶあの老害の苦虫を噛み潰したような顔を見るのは、ウーにとっては、いつの間にか半分ゲームのような楽しみになっていた。
真実を言えば――。
ウーが優勝したのは、たまたまに過ぎない。
例のγを追い、邪魔者を潰しながら走った。
結果として、優勝がついてきた―― それだけの話だ。
それに、最後の最後。
もしγを墜とせず、そのまま奴がゴールしていれば、ウーの優勝はなかった。
γにはそれは可能だったはずだ。
ヘロンのパイロットシートの上で、グリップの感触を確かめていたウーの顔から、さっきまで浮かんでいた笑みが、すっと消えた。
ヘロンにも、クラッシュの二人のCFにも、機体性能の明確なアドバンテージがあった。
にもかかわらず――。
形はどうあれ、あのγのライダーは、あの機体と奴なりのやり方で、本気で勝ちを狙っていた。
おかしな話だが、別に楽しめればよく、優勝までは狙っていなかったシージン・マーチで、ウーはムキになったのだ。
それは、武弾のピットで補給を受けていた時だった。
トニーにγの追加情報を求めた時、ウーははっきりと理解した。
フェデレーションの刺客と戦うために足を止めたかどうかに関係なく、あの型落ちのCFはすでに、周回という一点ではウーを上回っていたのだ。
一点だが、それはこのシージン・マーチを制するための、明確な勝利条件だ。
γのコード・ライダーは、それをストイックに突き詰めている。
あの、いつかのど素人が純粋に勝利だけを欲し、このレースのルールに対して、最短で最適な方法を選択している――。
ウーはそう直感した。
殲滅明王の言葉が、再び脳裏をよぎる。
「うちらのライダーは出るからよ。 奴らに勝ったら、お前の勝ちってことでいいわ」
その瞬間、ウーの頭に血が上った。
毒が抜けたと感じていた柳橋という男の言葉が本気だったと気づいたからだ。
――アルマナックは、勝ちに来ている。
ここまでのシージン・マーチの経過ログを確認し、ウーは確信した。
エントリーしているのは三人。
どいつも上位に食い込んでいたが、γは明らかに群を抜いていた。
そして、ホールとナッシュを相手に足を止めたことで、γとの周回差がさらに開いていくのは明白だった。
トップスピードや出力だけを見れば、γはシージン・マーチ出場機の中でも中の下に過ぎない。
それでも、周回ごとに着実に順位を上げている。
撃墜数が突出して多いわけではない。
だが、周回ごとに、増える撃墜数に同期して順位が上がっていく。
常に、自分より前を走る相手だけを確実に仕留めている――。
それが何よりの証拠だった。
むしろ、残る二機が、露骨にγをアシストしているようにさえ見えた。
その瞬間、ウーにとって連盟など、どうでもよくなった。
今この段階で、γのコード・ライダーにとっては、ウーもまた、フェデレーションの二人と同じく、眼中にない存在だと突きつけられた。
――そしてこの後、ウーの猛追が始まった。
γの周回に追いつくための走りへ切り替え、チャンスがあれば直接潰す。
目に入る機体は、可能な限りスーパースレッジの餌食にしながら、ウーは走った。
結果として、アルマナックのホークとエリミネーターも叩き潰し、途中でホールにナッシュ、γとも、何度もニアミスを繰り返した。
どうやら、コケにされたホールとナッシュは、γもターゲットに定めたようだった。
だが、周回数として話にならない連盟の二人を、γはまともに相手にはしなかった。
結果、γを追うウーも、二の次であるクラッシュの二人をあしらい続けた。
一方のγも、ヘロンとの直接対決を避けるかのように、いなし続けた。
完全な膠着状態だ。
そしてレース終盤、何度目かのピットインの際、トニーから驚くべき報告を受けた。
『ヘッド。 あのγが、ホールとナッシュをヤリました』
この時点で、残ったCFは十機を割っていた。
シージン・マーチ始まって以来の混戦の末、γは、もはや走りの邪魔にしかならないクラッシュの二人を排除したらしい。
中古のγがエース二人を破ったという事実は、連盟にとっても、相当に都合が悪かったのだろう。
罪の男に便宜を図った理由の一つは、優勝したウーに注目を集め、この件を有耶無耶にしたかった――。
そう考えるのが自然だった。
かくして、日没を迎える最終ラップ。
残った機体は、ウーのヘロンと、アルマナックのγだけになった。
しかも、周回数は、わずかに一周、γが上回っている。
逃げ切れば、γが優勝。
γを叩き潰せば、ウーが優勝。
辺りは、砂漠地帯に映える、オレンジ色の照明のような色に包まれていたのが印象的だった。
先行するγをパワーとトップスピードで凌駕するヘロンでも、届くかどうかはギリギリだった。
西燼の砂塵舞う、最後の直線。
あの時の高揚を、ウーはいまだに言葉にできない。
あのγは、罪の男のヘロンとの対決を選択した。
決着までの時間は、さしてかからなかったはずだ。
最初に戦った時は、二回かわされた。
仕留めるまでに、数にして四手。
だが、あのシージン・マーチ最後の戦いでは、トドメの三発以外、正確な攻撃回数を思い出せない。
あの軽い、2行程処理型――。
機体のサイズは、ヘロンの半分ほどの大きさにすぎない。
それでもγは、ヘロンの両手のスーパースレッジの猛攻をかわし、捌いた。
だからこそ、明確に格下の相手に、ウーは決め技を使った。
ただの鉄槌の連続ではない。
二つの槌のコード・ベースを最大出力にし、光を纏った二つの円が、スピードと共にトリコロールの機体を蹂躙した。
肩口を引き裂き、頭を薙ぎ、足を吹き飛ばす。
技を使ったのは、最後の二機という状況で、γが腕の勝負を挑んできたことへの、敬意だ。
しかし、腕だけで、勝利はできない。
それが、ウー・シェイフー、罪の男と呼ばれるコード・ライダーの鉄則だった。
浪漫では、生き残れない。
それでも――。
あのγは、勝ちにこだわるストイックさを持っていた。
だが、圧倒的に有利な状況だったにも関わらず、最後の最後で、迷いなくヘロンとの直接対決を選んだ。
「馬鹿ってやつは、結構好きだぜ――」
ウーは再び笑みを浮かべ、愛機の具合を確かめる。
ウー・シェイフーにとっては相手を上回る強力なパワーと、それを操る強さ。
それが、CFを駆るということだ。
今でもそれは変わらない。
だが、あのシージン・マーチでちょっとした例外に遭遇した。
価値観を揺さぶるような絶対なものではない。
勝ちは当たり前のものだった。
だが、ウーの絶対の常識と価値観に、アレは面白いと思わせるだけの何かがあった。
パンドラ・グローブまで、あと十五時間。
もし、パンドラ・グローブで再びヤツに会ったら、今度はレースではない。
(次は、どう驚かしてくれる?)
そして、こうも考える。
もしやつが、自分に見合うコード・フレームワークに乗っていれば――。
きっと面白いことになるだろうと、罪の男と呼ばれる男は密かな期待に胸を躍らせていた。




