第1話 罪の男(シナーマン)/06
『ハァッ!』
それまで無言だったナッシュが、鋭い掛け声と共に動いた。
錨そのもののような巨大な槍を振りかざし、真っ直ぐに突っ込んで来る。
そのフォーティーエイトの背後を、左右にステップするように、ホールのスーパーデュークが追随する。
――その時だ。
ヘロンの背後、砂嵐のカーテンが破れた。
一機のCFが、砂を裂いて飛び出してくる。
そいつは、ヘロンの真横をかすめるように通過した。
ほんの一瞬――。
カメラアイ同士が、確かに合った…… そんな気がした。
蜂が羽ばたくような甲高い、2行程処理型コード・ユニットの駆動音。
青と白のアーマーカウル。
両肩に赤で描かれたロゴ。
トリコロールカラーの機体。
(こいつ…… 確か?)
俺を追い抜いたその機体には、見覚えがあった。
そいつは減速することなく、一直線に、フェデレーションの二機へ突っ込んでいく。
何もこんな鉄火場のど真ん中に飛び出すこともあるまいに――。
(……運がねぇな。 巻き込まれか)
そんな、間の悪い予想もしていなかった乱入者にフォーティーエイトは即応して見せた。
さすがにボンバー・ナッシュと呼ばれるだけのことはある。
錨のような巨大な穂先が、突き刺すというより、叩き潰す軌道で突き出される。
普通なら、あんな塊が迫ってきた時点で、一瞬、身体が止まる。
しかも、トリコロールの機体はスピードに乗りすぎている。
今さら減速したところで、自分から槍に突っ込むようなものだ。
――終わったな。
そう思い、「恨むんじゃねぇぞ」と、心の中で呟いた、その瞬間。
目の前で、想像とはまるで違う光景が展開した。
乱入者は、減速しなかった。
一瞬、機体の右脚が沈む。
次の瞬間、突き出された槍の穂先を踏み台にするように、機体が側転しながら捻れる。
太い槍の柄の上へ、左脚で、ほんの一瞬だけ着地。
そこから―― 機体は竜巻のように、左へと回転した。
右脚の踵が、フォーティーエイトの頭部を正確に蹴り抜く。
(ろ…… ローリングソバット?)
横薙ぎに蹴り飛ばされたフォーティーエイトが、自分の半分ほどの大きさの機体に、派手に吹き飛ばされた。
回転を殺さないまま、今度はホールのスーパーデュークへ向けて両手のサブマシンガンが火を噴く。
弾幕を嫌って、スーパーデュークは、フォーティーエイトが吹き飛んだ反対側へ後退した。
そのままトリコロールの機体は、現れた時と同じように、砂嵐の壁の中へ飛び込み、姿を消した。
俺は、反射的にヘロンを加速させていた。
ヤツが消えた、その方向へ。
『あぁ!? シナーマン! テメェ! 待ちやがれ!』
チャンネルを開きっぱなしにしていた通信から、ホールの怒声が響く。
――知るか。
フェデレーションの連中への興味は、完全に失せた。
今は、それどころじゃない。
あのトリコロールの機体だ。
俺は通信を切り、即座にトニーを呼び出した。
『トラブルですか?』
「おい、トニー! 青・白・赤のトリコロールで、2行程処理型のCFだ! 今すぐ情報を寄越せ!」
砂嵐の壁を抜ける。
視界が開け、武弾の斜めに突き出した、巨大なオーシャンライナーの船尾が見えてきた。
『ヘッド。 機体名はγです――。 古いモデルですね。 その割に、今のところかなり上位に食い込んでます』
「所属は?」
『……アルマナックです』
昨日のバーで見た、柳橋―― 殲滅明王のなれの果てが脳裏をよぎる。
γ。
そうだ、あいつだ。
スーパーマン飛びで飛んでいた、あのど素人。
意味がわからない。
なんで、あの時の素人が、殲滅明王のギルドにいる?
――いや。
やっぱり、偶然じゃなかった。
俺のスーパースレッジを、スーパーマン飛びで二度もかわしたのは、偶然じゃない。
さっき見た動きで、確信した。
頭が追いつかねぇ。
どう考えても出力差のある機体で、なぜ、フォーティーエイトを吹き飛ばせる?
それに、動きが、あの時とはまるで別物だ。
もう、素人じゃない。
フェデレーションの始末屋相手に見せたあの動き―― あれは、完全に狙ってやっている。
今の俺は、トランシスコ・ベイ近くのエリアの時とまったく同じ衝動に支配されていた。
むしろ、あの時よりもさらに強く――。
――試してみたい。
邪魔するやつは、片端から掃除する。
そして、ヤツを試す。
その気持ちを、もう、抑えきれなかった。
【Present Day】
ヘロンのパイロットシートで機体のステータスとレスポンスを確認しながら、ウーはシージン・マーチでの思わぬ再会を思い出し、思わず口元を緩めた。
そういえば、あの時、武弾で見た殲滅明王の背中を思い出すたびに、違和感がよぎる。
かつて闘神のカラーズを背負っていた頃の殲滅明王の映像を見たことがあった。
どこかの、スポットでの出来事の様子だが、ウーのように誰かが話しかけた直後に問答無用で叩きのめす姿が映っていた。
周りには他に闘神のメンバーもいたが誰も何もしない。
冷たい目で、圧倒的な暴力を浴びせかける…… そんな映像だった。
顔は確かに、その時の殲滅明王そのままだが、あの時、武弾で話した柳橋という男には、映像の中からでも感じることができた、刺し貫くような雰囲気は消え去っていた。
拍子抜けを通り越え、落胆すらした。
――だが、それとは別に、あのγがいた。
レイザー・ホールとボンバー・ナッシュ。
あの頃は、せいぜい噂で名前を聞く程度の存在だった。
今なら、連中の立ち位置も、その裏側もよく分かる。
連盟は、単なるギルド同士の互助組織などではない。
その源流にあるのは、アウトロー・モーターサイクル・クラブの流儀。
表も裏も、古い掟と恐怖で縛り上げる文化を、この仮想現実世界に持ち込むために、ビッグ・マクマホンが組み上げた歪な集団だ。
当然、その裏には役割がある。
組織の面子と威圧を保つための、壊し屋ども。
マクマホンの側近の中でも、Crashと呼ばれる連中がいる。
ホールとナッシュは、そのクラッシュの中でも札付きの二人。
そんな手練れを、かつて見かけたスーパーマン飛びのど素人が、まとめて手玉に取った。
――笑わない方がどうかしている。
そして、あの時のシージン・マーチは、ここ数年の中でも最も盛り上がった大会だったと言われている。
皮肉なことに、その熱狂が罪の男というコード・ライダーの名を、一気に定着させた。
あのシージン・マーチを制したのは、ウーだった。
もっとも、結果だけを見れば制したという表現すら生温い。
あの年のシージン・マーチに、二位や三位は存在しない。
ゴールに辿り着いたのは、ウーただ一人だった。
シージン・マーチの勝利条件は二つ。
日没までに最も周回を重ね、ゴールをすること。
または、最後の一機として生き残ること……。
ウーの後方には、参加者たちのCFの残骸が積み上がっていた。
結果として、全ての参加者を破壊し尽くして、最後の一機となる。
シージン・マーチの歴史上、その形式での優勝者は罪の男、唯一人だ。




