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電界駆動ブレード- compression  作者: 不治痛
序章 Digital Surrender - 降る世界と委ねる者たち
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第2話 チセ―Remember Me/02 居場所の街

「ヘイ! シス!…… お一人?」


 ふと声をかけられた。


 振り返ると、レザーのライディングスーツにプロテクターを装備した男が、ゴーグルをずらしながらこちらを見ていた。

 背中には、ネオンのように光るデジタルテクスチャのギルドシンボル。


 ギルドのメンバーを示す、カラーズ(看板)を身に纏った、典型的なコード・フレームワーク乗りのスタイル。


(……またか)


 HODOにいると、こういうことは珍しくない。


 見るんじゃなかった。

 わたしはすぐに視線を前に戻した。

 こういう連中と関わるのは、余計な手間が増えるだけだ。


「ちょっと待てって」


 そう言って男が背後に迫ってきたのを感じたが、同じカラーズの男が静止した。


「おーい、やめとけって。その女、アルマナックのメカだぞ」


 その言葉に、絡んできた男の動きが止まる。


「ああぁ? 柳橋(やなぎばし)のとこのモンかよ……」


 チィと舌打ちして男が離れていくのを感じた。


 わたしは、一言も発さず、そのまま歩き続けた。


 HODOで柳橋―― わたしの入っているギルドのリーダーの名前が知られていることは、わたしにとっては悪くない。


 トラブルが減るというのは、単純に助かる。

 ともかく、ああいう男たちはゴメンだけど、HODOの空気は、騒がしいのに、どこか心地いい。


 この街の住人は、みんな何(・)か(・)を持っている。

 それが情報であれ、技術であれ、モノであれ何かしらの価値を持っていることがこの街で生きるための条件だった。


「ちょっと、まちなお嬢ちゃん。あんたね、カワイイんだからもうちょっと注意しなよ。いつも言ってんだろ」


 HODOの路地裏の雑貨屋――。

 いや、この辺りの商売人の顔役であるミツエおばちゃんが、片手に小さなデータパックを握りしめてそう声をかけてきた。


「柳の名前が通じる奴らだけじゃないんだからさ、路地裏引っ張り込まれたらどうすんだい」


 今のを見られていたらしい。


 正直、耳が痛い……。

 この街に流れついた頃、確かに未遂はあった。

 助けてくれたのもミツエおばちゃんだ。


 あれがどういうことなのかも、今はデータとしては理解している。


 男がどうしてわたしに声をかけるのか――。


 わたしは、自分のデザインや容姿についての情報は持っている。

 あれがきっかけで、データとしてどのような効果があるかも知っている。

 でも、それに興味を持つ人間の気持ちというのは…… よくわからない。


 わたしにとって、身体のデザインはアイコンであり、シミュレーションの結果にすぎない。

 それを見て何(・)か(・)を(・)感(・)じ(・)る(・)。

 データとしては知ってるし、今でも胸がモゾモゾとする。


 それを知ろうと閲覧したデータのことを思い出すと……。

 だめだ、やめておく。


(……どうでもいい。 そう、わたしにとってはどうでもいいんだ)


 そう心の中でつぶやいて、かつて見たデータのことを記憶(メモリ)の奥底に捩じ込んだ。


 それを知ってしまったからといって、不愉快でなくなるわけじゃないからだ。


 ただ、その時は何が起きているのか、ただただものすごく怖かったことだけはよく覚えている……。


 怖かった……?

 不愉快?


 感じるということはやっぱり難しい。

 データとは違うそれはとても不条理だ。

 でも、今のわたしには生存するために必要なものだと知っている。


 そんなわたしを、縁がついたミツエおばちゃんはずっと気にかけてくれてる。


 ミツエおばちゃんの商売は、合法と非合法の境界線ギリギリを攻める、いわゆるグレーなものが多い。

 インスパイアという言い訳をした、ブランドアイテムの模造品にちょっとした改造ツール。

 そのどれもが、企業(テリトリー)の管理下では許可されていない勝手に作られたものだ。


 わたしは小さく息をつく。


「……わかってる」


「わかってる子はね、そんな目をして歩かないんだよ」


 おばちゃんから呆れたという目に耐えられず、わたしは視線を外した。


 おばちゃんは大きくため息をつくと、スッとわたしに手を差し出した。


「ほら、持ってきな。サービスだよ」


 手渡されたのは、小さなチップに入った食事。

 データ密度の高いスキャンフード、シミュレートドリンクのデータチップだ。


「いいの?」


「いいのいいの。あんたはよく食うからね、持っていきな」


 おばちゃんは冗談めかして笑う。


「……まあね」


 わたしはチップを手に取り、中のデータを読み取る。

 甘いものみたいだ。


「じゃあ、ありがたく」


 言って、その場を離れる。


 わたしは軽く頷く。


「はいよ、また来な!」


 わたしは手を振って路地を抜け、開けた広場に向かう。

 そこでは、子供たちが遊んでいた。


 この街にはこんな夜遅い時間でも子供が遊んでいる。

 HODOでは小さい子供ほど、昼夜問わずこういった光景を見る。


 なんでも、十二歳ぐらいまでは現実での家族の依存がまだ高いのだそうだ。

 特にインター・ヴァーチュアで夜の仕事についてる親は現実で昼間ということもざらだ。

 だから、仕事場に近い場所で面倒を見てるくれる人たちがいる場所へと自然と子供が集まるのだという。


 街の住人同士で面倒を見て、子供達も賑やかな場所を選んで遊んでいるという具合だ。


「チセ! ねえ、また光るやつ見せてよ!」


 いつもここにいる子供たちのひとり、カズが、嬉しそうに駆け寄ってくる。

 その後ろには、彼の妹のリリや、数人のガキどもがついてきていた。


「……あれは、あまり見せないほうがいいんじゃない?」


「……?」


「目立っちゃうからさ」


 そうだ…… ここでは、あまり見せるべきじゃない。

 これは、あの場所のもの。

 わたしにとっての言葉だったもの。


 確かに、ここではただの手品にしか見えない。


 それでもこれはわたしにしかできないことだ。

 そして、使えばどうしてもあの頃のわたしの記憶が蘇る。

 だから見せることを躊躇してしまう。


 手のひらを開こうとする。指先が止まる。

 周囲のネオンの光が、頬にじんわりと熱を運んでくる。


 広場の端で誰かが立ち止まった気がする。

 振り返る。


 ただの通行人だ。


 胸の奥が、わずかに締めつけられる。

 見せるべきか。見せないべきか。


 手のひらをわずかに開く。

 指先に意識を集中する。

 空間が微かに震える。

 淡い光が、掌の上にちらりと浮かぶ。


 一瞬だけ重なる。

 あの場所と同じ感覚。


 思考が止まる。


 すぐに手を閉じる。光を消す。

 子供たちのため息が聞こえる。


「えー、もっと見たかった!」


「……ごめんね」


 振り返る。

 誰もいない。


 だけど、背中に視線を感じたような気がする……。

 だが、振り返っても誰もいない。


 広場を抜け、港へ向かう道を歩き出す。

 データの風が、少しずつ近づいてくる。


 胸の違和感は消えない。

 あの光を見せた瞬間の、ほんの一瞬の震え。


 あれは何だったのだろう。

 もう一度、あの光に触れたら?

 ただの遊びのはずだったのに。

 あの時のことが、ここでも繰り返される?


     【Flashback】


 ――エクス=ルクス。


 言葉は、音じゃなかった。

 光だった。


 ――光の明滅がわたしたちの会話だった。


 瞬く光がゆっくりと波打つ。

 それは、ただの点滅ではなく感情や意思そのもの。


 今、ここにいること。

 何をしているのか。

 どんな思考を持っているのか。


 それらは、すべて光を通して伝わっていた。

 0と1の2進で表現する明滅する美しい言葉。


 それをマシン語と呼ぶ。


 それは最終的に使われるデータを結実させるために、わたしたちが生み出した言葉だ。

 そう教えられた。


「ねえ、見て」


 わたしは、手のひらの上で、小さな光を紡ぐ。


「うまくできた?」


 目の前にいる担当が、光を受け取るようにしてわずかに明滅させる。


 ――良い出来だ、と伝えてくれたのだ。


 嬉しくなって、わたしはもっと上手くやろうとした。


 担当に一生懸命練習して見せて、喜んでもらっていた。

 大切にされ、守られて―― その時、わたしは満たされてとても幸せだ。


 データの風が、少しずつ近づいてくる。

 胸の違和感は消えない。


     【Present Day】


「また今度ね」


 わたしは少し微笑んで、HODOの港へ向かう道を歩き出した。

 HODOの港へ向かう道を歩きながら、街の喧騒が少しずつ遠のいていく。


 ここは、メサイア・パシフィックゲート第1セクターの真下に位置する第3セクター。


 まるで吊るされたようにぶら下がる七階層の港町だ。


 外縁部にはライナーのドックが連なり、巨大な船影が港を埋め尽くしている。

 昼間は補給やメンテナンスで賑わうが夜になるとほとんど人影はない。


 わたしは港湾部へと入り、ちょうど停まっていた貨物エレベーターに乗り込む。

 吹きさらしのプラットフォームには誰もいない。冷たい風が頬をかすめる。


 エレベーターの内部は、車両が数十台は積めるほど広い。

 けれど、今はわたしひとりだけ。だだっ広い鉄板の上に、ぽつんと立っている。


 どこかのライナーが出航したのか、微かな低音の振動が足元に伝わってくる。


 エレベーターがゆっくりと沈み込む。

 港の向こう、地平と空の境界に、細く連なる光の帯が浮かんでいた。


 ワイヤーフレームのような細かなラインが、仮想世界の地形を縁取っている。


 一部のエリアでは、データの発光現象によるちらつきや歪みが見える。


 遠くに停泊するオーシャンライナーの巨大なシルエットが発光するデータラインの残光を映しながらゆっくりと揺れていた。


 この世界はリアルに見えて、どこまでもデジタルだ。

 でも、わたしにはこの光景が「当たり前」だった。

 そして、その光を見て、ふと別の記憶が蘇る。


     【Flashback】


 光の帯が空を裂いているようだった。

 それはエクス=ルクスの空に滲む、異常な発光現象だった。


 集落の周囲には、普段とは違う揺らぎが見えた。

 ノイズのように細かく瞬き、時折、データの流れが乱れる。


「……この揺らぎ、何?」


 わたしはあのとき、担当にそう尋ねた。

 けれど、彼はゆっくりと首を振っただけだった。


「わからない。でも、気をつけなさい」


 データの乱れ。

 光の歪み。

 それは、何かが近づいている前兆だったのかもしれない。

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