第1話 罪の男(シナーマン)/04
【Flashback】
罪の男という名は、現実時間で一年前、仮想現実時間では二年前まで、ただのギルド名に過ぎなかった。
それが今では、V5の一角にして事実上の盟主であるメサイア。
その傘下に連なる私掠ギルドの中でも、名を聞けば視線を逸らされる存在になっている。
サルが頭を張っていた頃は、方々に尻尾を振り、フェデレーションの孫請けのような仕事をしていた、ただの使いっ走りギルドだった。
だが今は違う。
規模でこそ連盟には遠く及ばないが、個の戦闘力という一点において、連中ですら俺たちを無視できなくなっている。
俺はサルの時代から、徹底してメサイアの汚れ仕事を請け負ってきた。
払い下げとはいえ、ご禁制のハマーを任されるまでになり、ヘロンへと仕立て上げた後も、その立場は変わらない。
雇い主の邪魔者、裏切り者、失敗作――。
そういう連中を、片端から潰して回った。
最初の頃は、殺し屋だの、壊し屋だの、猟犬だのと呼ばれていた。
だが、ヘロンを手に入れてからは違う。
より強く、より速く、より危険な相手をターゲットにした。
いつの間にか―― 罪の男という名は、ギルドではなく、俺とヘロンそのものを指す呼び名になっていた。
……まあ、要するに。
俺はせっせと、自分の実力を誇示し続けてきたわけだ。
その結果として、少々やりすぎたらしい。
最近になって、めっきり仕事が減った。
そんな時に頼りになるのが、見た目によらず頭の回るトニーだ。
「それじゃ、スポット巡りでもしましょう」
各地のスポットで開かれている模擬戦や大会に出て、ストレスを発散しろというわけだ。
「ヘッド。 仕事じゃありませんから、くれぐれも強制排出は控えてください」
念押しまでつけてくるあたり、さすが副官だ。
これまで散々あくせく働いたんだ。気晴らしくらい、許されるだろう。
運が良ければ、伝説のデットマンと一戦―― なんてことも考えたが、そこまで都合よくはいかなかった。
それでも、それなりには退屈しのぎになった。
連盟所属のギルドを相手にもした。
ロード・ドックス、スモーキーガンズ、ブランド・ニュー・バッド……。
強制排出できないのが残念だったが、病院送りにはしてやった。
半殺し、というやつだ。
その程度で勘弁してやっただけ、慈悲深いというものだ。
そして今、俺たちはここにいる。
霊峰公司支配地域にある自由都市、武弾。
武弾は、西燼と呼ばれる砂漠地帯にほど近い。
荒地と砂しかない場所だが、シビリアン・マイグレーション華やかな大開拓時代には、企業同士の衝突が幾度も繰り返され、ブラックアウトの際にも大規模な戦闘が行われた土地だ。
その結果、拾っても拾いきれないほどのゴミ資源が眠っている。
それを目当てにジャンク屋どもが集まり、船首が砂に突き刺さったエクサバイト級オーシャンライナーの残骸を核に、都市が出来上がった。
廃品パーツ市場の街―― それが武弾だ。
俺がここに来た理由は、二つある。
今は春節の時期だ。
霊峰公司の支配地域ではどこでも、祭り続きだ。
ここ武弾でも、西燼の荒野を使った催しが行われる。
決められたコースを、どれだけ速く周回できるか。
そして最後まで生き残れるかを競う、デスマッチ形式のレース――。
その名も、シージン・マーチ。
理由の一つは、それへの参加だ。
もう一つは、元・闘神のコード・ライダー、殲滅明王が来るという噂を耳にしたからだった。
闘神を知らないコード・ライダーはいない。
すでに解散したという話だが、今なお語り継がれる武闘派ギルド。
そのエースが、殲滅明王。
こいつは、もはや伝説だ。
特に有名なのが、連盟をまとめるビッグ・マクマホンの旗艦――。
大型デジタル空間船マディソン・スクエアを、たった二機のCFで中破、撤退に追い込んだという戦いだ。
群がるフェデレーションのCFを突破しての戦果だ。
以来、その時の二人は殲滅明王と蹂躙天帝と呼ばれるようになった。
後にも先にも、連盟という存在に、明確な土がついたのは、この一件だけだ。
そして、武弾のブッカーたちの賭場兼バーでシージン・マーチのエントリーを済ませた俺の目の前、カウンターにドレッドヘアの女と並んでその殲滅明王が座っていた。
その背中には青い光で浮かび上がるカラーズが光っていた。
エンブレムのトップロッカーにはALMANACというギルド名が浮かんでいた。
【Present Day】
「ネクサス・リンクに入ります。 目的地最寄りのゲートまで約十六時間。 ヨーソロー」
トニーの宣言で、ウーの意識は引き戻された。
窓の外では、星が筋を引くようなネクサス・リンクのトンネルの光景が広がった。
ALMANAC……。
殲滅明王が新たなギルドを作っていたことをあの時に知った。
闘神が消滅したという噂は聞いていた。
そも、ギルドの解散なんてそれぞれだ。
ただ、ギルドが解散してもコード・ライダーはまた集団を求める。
野良犬が群れを求めるようなものだ。
だから、ウーにとってもそれ自体はなんら不思議なことではなかった。
あの時、ウーは、目の前の男に挑戦という直球を投げ込んだ。
「あんたに勝ちたいんだが。 出るのかい?」
殲滅明王相手の挑戦だ。
正直、乱闘の一つや二つは、覚悟していた。
だが、その柳橋という男の反応は、伝え聞いていた殲滅明王からは程遠く感じたことを覚えている。
「悪いな。 俺はしくじってな、もう、乗れねぇんだわ」
不敵な笑いを浮かべそう返して来たのだ。
「うちらのライダーは出るからよ。 奴らに勝ったら、お前の勝ちってことでいいわ」
さらにそう言った時にはウーの顔は見ずに、またあの背中の青いエンブレムを向け、そのあとは隣のアフリカ系のドレッドヘアの女と話込んでいた。
この柳橋という男は、勝ちということに何も執着している様子はなかった。
ネクサス・リンクの光は止まっているようで、高速に進んでもいるような――。
窓の外のそんな光景を見ながら、柳橋との短い邂逅を思い出していたが、その後の出来事に思考が移ると、なんとも尻がむず痒くなってきた。
良い戦いのことを思い出すと、ウズウズとしてなんとも、落ち着かない。
「トニー。 ヘロンを見てくる。 ここは任せる」
そう言い残すと、ウーはブリッジを後にしてCFハンガーへ向かった。
柳橋への挑戦の言葉とその返事にがっかりした後に、再び対決したあのトリコロールのCF。
愛機へと向かうウーの脳裏には、あのシージン・マーチでの出来事の記憶が蘇っていた。




