第11話 春のからっ風/04 風は、まだ静かだ
【Present Day】
これが事の顛末だ。
あの後も、ケイトにとってはなかなかに楽しいことになった。
ぐったり動かなくなった悠は、滝沢医師とフォンに担がれるようにして医務室へ運ばれた。
強制排出寸前だったらしく、そのまま丸三日、治療漬けになった。
チセはアジエにこっぴどく叱られ、しょんぼりしていた。
そこへ声をかけたのがケイトだ。
それ以来、同じギルドの女仲間として話すようになった、という流れである。
以後、ケイトはチセに対して、人として、CFを預けるメカニックとして、そして何より同じ女として、一定の敬意を払っている。
ただし、ママ・アジエからは「大切な娘に悪影響を与える年上のタチの悪い先輩」として警戒されている。
世間知らずのチセに、わざと少しだけオイタな言葉を教えてアジエの反応を見るのも楽しい。
それに、チセを介して、アルマナックの他の女性メンバーとも前より距離が縮まった気がする。
この、ケイト曰く「鉄拳事件」の後のことだ。
回復した悠と、なぜかライノまで正座させられ、アジエから「お触り禁止」が言い渡された。
遠回しだが、どうやらギルド内恋愛禁止、ということらしい。
おままごともいいところだ。
アルマナックはギルドであって、会社でも学校でもない。
それでも皆、なんとなく「まあ仕方ないか」と、そのルールに乗っかっている。
悠にチセが加わって、アルマナックは確実に変わった。
いつからかといえば、鉄拳事件の後、はっきりと潮目が変わった―― と、ケイトは見ている。
何がどう変わったのかは、正直、本人にもよくわからない。
ただ、リーダーも、アジエも、ライノも、他のみんなも、人間ですらないスミーでさえ、仕事以外では、この若い二人の動向が気になって仕方がない、という具合だ。
あれから現実時間で半年、仮想現実の体感時間にして、一年。
だからといって、二人に目に見える進展は何一つない。
今やアルマナックには、大きく三つの派閥があると、ケイトは分析している。
アジエやライノのように、若い二人を見守り、時に導く―― 保護者派。
柳橋やスミーのように、必要な注意だけ払って、あとは当人たちに任せる―― 観察派。
そして――。
「うぃーす! チセー、どーしたぁ? まーたアオハル坊主がオッパイに顔挟んだんかー?」
ウッシッシと下卑た笑みを浮かべ、ケイトは挨拶代わりにそう放り込む。
悠は真っ青になり、チセは頭から煙が出そうな勢いで真っ赤になる。
ライノとアジエは天を仰ぎ、「余計なことを言うな」とでも言いたげな視線を、ケイトに向けた。
最後の一派は、膠着状態に我慢できず、「さっさとヤルことヤれ」と内心で思っている―― 過激派だ。
ケイトは、その急先鋒。
というより、状況に火薬を放り込んで楽しみたいだけ、と言った方が正しい。
アルマナックとは、そういう場所だ。
それぞれが思惑と居心地の良さで居着き、それなりに楽しんで生きている。
お気楽と言えば、それまで。
元武闘派ギルドの生き残りが、道楽で始めたギルド。
周囲からも、仲間内からも、そう思われている。
――
ジクサーはまもなく、次の宝探しのため港を出る。
この船に集う者たちにも、それぞれ過去や秘密がある。
アルマナックとは、過去にケリをつけたい柳橋と、真実を知りたいアジエが、手段として作ったギルドだ。
その手段が、たまたま宝探しだった――。
ただそれだけの話。
その事実を、他のメンバーは知らない。
そんなこととは無縁のまま、成り行きでギルドに入り、意図せずその中心に立っている最年少の二人。
一人は、コード・フレームワークに病的な執着を抱く、才能を持て余した少年。
一人は、故郷を失い、人ではない秘密を抱えながら、居場所を探す少女。
二人は互いに惹かれている。
それを、本人たちよりも周囲の方が、よほどよく知っている。
他のメンバーもまた、大なり小なり過去や秘密を抱え、それが隣人に知られていることもある。
そんな場所が、アルマナックだ。
人類が逃げ込んだ、この仮想の現実で、もがくように生きる者たちの集まり。
彼らを乗せて、ジクサーはまもなく港を出る。
アルマナックが、インター・ヴァーチュアという世界の秘密へ――。
意図せず踏み込むまで、あと少し。
少年と少女が、白銀の運命に出会うまで、あと少し。
風は、まだ静かだ。
けれどこの航海は、確かに―― もう始まっている。




