第11話 春のからっ風/03 鉄拳事件
【Flashback】
青と白に赤文字でγのロゴを入れたあのCFが、スクラップから蘇ったあの日から、うちの緩い宅配業も終わりを告げた。
というか、どうせ直るわけがないと高を括って、まともに気にも留めていなかったのだ。
毎日戻ってきて、足元を通り過ぎていくその機体が、少しずつ形を取り戻していたことに、うちは、まるで気づいていなかった。
今思えば、ずいぶんマヌケな話だ。
昨日だって、うちが戻ってきたときには、贋作ちゃんは確かにそこにいたはずだ。
ホークで戻ってきたことに気づかないはずがないし、ほぼ毎日、同じ時間に帰ってきていた。
となれば、これまでも何度も顔を合わせていたはずなのだ。
お互い様とはいえ、ぽっと出のメカニック見習いに挨拶ひとつされず、完全にガン無視され続けていたことになる。
この時もそうだ。
γのチェックに夢中でうちが横を通っても、まるで存在していないかのような態度。
昨日もずっと、その調子だった。
内心、贋作ちゃんのギブアップに賭けていた。
諦めたらスクラップをハンガーから蹴り落として、悠の顔を拝んでやろう―― なんて、ろくでもないことまで考えていたのに。
結果は踏んだり蹴ったりだ。
そんなこっちの苛立ちなど知りもしない澄ました横顔が、やたらと癇に障った。
ムカムカしたまま部屋に戻り、気づけばいつものようにいかがわしい安物コピーのレ・ザミューズ・グールをラッパ飲みして空けていた。
そのままボトルを抱えて寝落ちし、次に目を覚ましたのはライノのコールだった。
枕元に転がったニキシー管時計は、とっくに15:00を回っている。
リーダーの招集だという。
うちは泣く泣く、お迎えモード二日酔いの重たい頭を抱えて、ジクサーへと向かった。
CFハンガーに着いた頃には、うち以外のメンバーはすでに揃っていた。
人の壁の向こうで、リーダーとアジエが並んでγを見上げている。
その隣には、例の贋作ちゃん。
やれやれ……。
直るわけないと思ってたスクラップが動き出した途端、総出で集合かよ。
パサついた寝癖頭をボリボリ掻きながら、後方にいた見慣れたデカいガタイの横へと、前から居ましたよ風にさりげなく滑り込む。
「ふぁ〜い…… うっぷっ―― ふぅ〜。 おいっす、どうなってんのよ?」
「おいっすじゃねーよ。 今来たろ、おせーわ」
ライノはそう言って数秒うちを見たあと、露骨に顔をしかめた。
「うわっ―― 酒くさ……。 テメェ、飲みたてじゃねーか」
「だってリーダーの招集だっつーからさ。 慌てて来たし」
「この酒カスめ。 身体の反応は服の汚れみたいにリセットできねーんだぞ、少しは気使え」
「ほっとけ。 オメェはうちのオカンですか? で、何なのよコレ?」
「ああ、見りゃわかんだろ。 γ、直ったんだよ」
ライノは腕を組み、復活した機体へ顎をしゃくった。
「明日から本業再開。 それと、チセちゃんな、正式にメカニックのCF担当だってよ」
「はぁ。 くだらね――。 で、悠のやつは?」
「さっき、目の色変えてコクピットに上がっていった」
その直後だった。
昨日と同じ、銃声みたいな轟音が鳴り、軽快なアイドリングが回り始める。
「おおっー」
どよめきが広がる。
音が、明らかにクリアだった。
大穴が開く前、アジエが面倒を見ていた頃より、はっきりと調子がいい。
アジエを見ると、嬉しそうな顔で、嫌がる贋作ちゃんの頭をワシワシ撫でている。
オイオイ……。
いつの間にそんな距離感になってんのよ。
なんか、ムカつく。
甲高い2行程処理型の音が二日酔いの頭に突き刺さり、こめかみがピクピクする。
すると今度は、γの音が「バリリィン! バリリィン!」と激しく跳ね上がった。
背中のチャンバー型エグゾーストから、濃い干渉光が溢れ出す。
2行程処理型は、ほんと無駄に眩しい。
悠のやつ、コンディションがいいからって調子に乗りやがって。
「チィ!」
頭二つ分ほど上から、大きな舌打ちが落ちてきた。
見上げると、ライノが珍しく顔を歪めている。
猫かぶってナンパしてるこいつが、こんな顔するのは滅多にない。
一昨日あたりにHODOに戻ってきたはずだが、何かあったのか?
ついでにリーダーを見る。
「うわぁ……」
ライノとは比べものにならない、ヤバい顔だ。
マジで、何があった?
「オイ! くぉらぁ! チョンコづいて吹かしてんじゃねぇ! さっさと降りてこい!」
2行程処理型の爆音すら掻き消す、リーダーの怒号。
バスンッ! とコード・ベースが停止し、巨大な翅虫が羽ばたくような音が、ぴたりと止んだ。
うちはまた贋作ちゃんの顔を見た。
「なんかさ、CFみたいな眼してんよなぁ……」
やっぱり、無愛想で無表情。
なんか作りものっぽい顔だ。
特に眼なんだよなぁ。
CFの眼は人間と同じ眼球状になっている。
ブレインテック・インターフェイスに連動して動かすので、人体構造に近づけているとかいう話だ。
透明なカバーの奥を覗き込むと、鉄の板がいくつも重なったような構造の絞り機構と、軟質レンズが収まっている。
起動中はセンサー類が発する光に内部から照らされる。
うちには、そんなCFの眼を連想させる。
そんなことを考えているうちに、悠のやつが下に降りてきていた。
ダッシュしてきたのか、肩で息をしている。
贋作ちゃんは相変わらず、お面でも被ってるみたいだ。
「ねぇ、あんた。 この子は慣らしもしてないの。 急に回さないでくれる」
まあ、ごもっとも。
他のパーツならともかく、コード・ベースを収めるコード・ヘッドは丸ごと交換しているはずだ。
データの塊でも、負荷を段階的に上げて擦り合わせる期間が必要なのは、CF乗りの常識だ。
そんな当たり前を指摘された悠だが――。
息が整ったかと思うと、突然、贋作ちゃんの肩を両手でガシッと掴んだ。
「君すげぇよ! こいつ、買った時よりいい音してる! マジですげぇ!」
おお―― 近い、近い。
悠は完全にオタクモードだ。
CFの話になると、こうやってスイッチが入り、人の話を聞かずに喋り倒す。
贋作ちゃんは突然肩を掴まれ、ガンギマリの眼で、あの明るい緑の瞳を覗き込まれる形になって固まっていた。
そりゃ引く。
リーダーもアジエも引いてる。
うへへ、ご愁傷…… って、ん?
なんかおかしい。
固まって口をパクパクさせてるのは確かだが、眼がウルウルしてる。
泣きそう、とは違う。
怖がってる感じでもない――?
え、嘘でしょ。
もしかして…… ちょっと喜んでない?
わからん!
うちが宅配してた間に、アルマナックで何があったんだ?
「ありがとぉ! 俺、感動したぁ!」
感極まった顔の悠は、とうとう贋作ちゃんを抱きしめた。
そのまま腰のあたりから抱え上げ、グルグルと振り回し始める。
顔がちょうど胸に埋もれる体勢だ。
「ちょ、悠――!」
誰かが止めるより早く、悠の口が先に動いた。
「うわ…… すげ…… やっば……」
完全に無自覚な声だ。
感想として最悪だろ、それ。
ライノを含め、周りは一瞬だけ間が空き、次いで指笛や囃し立てが遅れて追いつく。
そのズレが、空気の悪さを物語っていた。
贋作ちゃんは、バンザイみたいな体勢のまま完全に固まっている。
ああ、なるほど。
ハプニング耐性ゼロだ。
「ふニャァぁぁぁぁ!」
少し遅れて、変な小動物をひねったみたいな悲鳴。
顔は真っ赤で、緑の瞳が全開で泳いでいた。
「……あっ…… ご、ごめん!」
珍妙な姿勢と悲鳴で、悠はようやく我に返ったらしい。
慌ててストンと降ろした。
贋作ちゃんはプルプル震えながら、胸元を隠すように二の腕を掴む。
うんうん、わかる、わかる。
あれだけ顔をうずめられたんだ、あの感触がしばらく谷間に残るよねー。
こんだけの衆人環視は、さすがにキツい。
「あの、ホントに―― ごめんなさい」
なんだその謝り方。
うちは吹き出しそうになった。
俯いて震える銀髪緑眼の女の子に、悠は完全に困惑している。
周りが見えてない童貞くん、いい気味だ。
さて、能面貼り付けてた贋作ちゃんはどうなる?
作り物みたいな皮が剥けたら、どんな顔が出るのやら――。
……と思った瞬間、ピクッと空気が変わった。
次の瞬間、キッと悠を睨み、右拳を腰だめに引く。
一瞬、世界がスローモーションになった。
そして拳が悠の顔面を捉えた。
その場の全員が息を飲む。
小柄な身体から放たれた拳は、叩き落とすように振り抜かれ、悠の体は空中で弾かれ、頭から床に激突した。
手足がだらりと伸び、動かない。
「フザケンナ! 勝手に人のオッパイに顔挟んで! 許されるわけないだろぉ!」
涙を浮かべたまま、叫び、渾身の一撃を叩き込んだその子。
気づけば、うちはもう「贋作ちゃん」と呼んでいなかった。
肩で息をし、拳を振り抜いた姿勢のまま立つその子の眼には、確かな命が宿っていた。
しかもセリフが最高だ。
チセ―― チセね。
この子、最高に面白い。
全員が唖然とする中で、うちはただ一人、腹を抱えて爆笑していた。




