第10話 翼なき野郎ども/02 一匹狼
【Flashback】
うかつにも、看板が消えていることにまったく気がついていなかった。
インター・ヴァーチュアに戻ってからこっち、あれだけの事があったのに、ギルドのチャンネル経由で何の連絡も来ていないことに気づくべきだった。
普段からほぼシカトしていたのがアダになった。
仕方なく、完全に放置しているあっちのチャンネルを確認すると、通達が定期的に何度も来ていた。
「速やかに報告せよ。 報告無き場合は作戦行動中行方不明とし、以降は――」
ふざけんな、クソが。
どういうことだ――。
曲がりなりにも、あれは完全にマズイしくじりのはずだ。
闘神だけなら、ギルドが紛争介入の傭兵仕事で下手を打って全滅した、で済む話だ。
だが投入していたCFは、見た目はアチャラでも中身は別物の特注品――。
裏の目的は次期主力のトライアウトだったはずだ。
本来なら、何があったのか、相手は何だったのかを詰める。
それが普通だ。
それを、なんだこりゃ……。
無かったことにしてねぇか?
ただ連絡をよこせとぬかす、あっちに戻る気にもなれず、俺は闘神の拠点だったHODOへ向かうことにした。
文無しだったが、親切なヤツがライナーでHODOまで送ってくれた。
交渉の途中、松葉杖で二、三発ぶん殴った気もするが、まあラッキーだった。
HODOに着いて、闘神が本当に跡形もなく消えていることを知った。
停泊していた四隻のライナーは消え、いつの間にか出港していたらしい。
看板屋に話を聞くと、解散については一方的な連絡が来ただけだという。
見せてもらったのは、テキストのみの電子メール。
しかも闘神の看板と同じ、デジタル署名付きだった。
あとはスポットで情報を漁るしかないが、足がない。
仕方なく俺は、唯一のツテとも言えるテキヤの事務所に顔を出した。
顔役のミツエババアは、えらく心配してくれた。
闘神が消滅したことも知っていた。
「アジエはあんたがいるの知ってんのかい?」
なんであいつの名前が出てくんだよ。
そういえば、あいつはババアと気が合うと言ってたな。
だが今回の仕事の前にカルテックとの契約は終わっている。
詳しい話を知っているはずがない。
やつはカタギだ。
あっちに居場所があるなら、こっちに来る必要はねぇ。
「いいから…… スポットまで足かしてくれよババア……」
俺のツラを見て諦めたのか、ババアは足を貸すことを了承した。
ただし、左脚が効かねぇのを理由に、運転手としてテキヤの若いのをつける条件付きだ。
乗り心地がいいとは言えない小型ライナーで、俺はスポットへ向かった。
松葉杖をついて歩く俺に、コード・ライダーたちの奇異な視線が集まる。
「オイ、あれ、殲滅明王だろ……?」
「……闘神の柳橋か?」
看板を背負わず、無様に杖をつく様にイラつき始めた頃、ヒソヒソ声が次第に広がった。
気づけば、誰もが俺から目を背けていた。
鼻を鳴らし、屋台同然のBARのカウンターに腰を下ろす。
その後、手当たり次第に情報を集めたが、予想通りの話ばかりだった。
闘神が消滅したことは知られていても、理由は憶測ばかり。
イースタン・メグアラーヤ近くの紛争地帯の戦闘についても、どこからも話が出てこない。
ああ、意図的だ。
闘神を利用して、跡形もなく隠蔽しやがった。
わかっていた……。
闘神はただの隠れ蓑だ。
俺はCFで暴れたくて、好きにやりたかっただけだ。
いつかは消える集団――。
それも承知していた。
だが、こいつは気に入らねぇ。
俺たちを使っていた連中は、ここに来てハンパに尻尾を巻きやがった。
頭の奥が軋む。
落とし前をつけにゃ気が済まねぇ。
イラつく、イラつく、イラつく。
どうする? そうだ―― CFがいる。
それさえあれば、俺はきっと、何があったか根こそぎ暴けるはずだ……。
ついでに、俺を強制排出した相手ともケリをつけてやる。
そう考えた瞬間、CFという言葉に頭の中がスッと冷えた。
視線が、感覚のない左脚へ落ちる。
まだ戻る気配はない。
あの異常な視界は、あれきりだ。
考えあぐねていると、少し離れたテーブルから、ガタイのいいガキがこちらを窺っていた。
上下ゴリゴリのバトルスーツ。
看板なし。
よし、一匹狼だな。
誰も俺を見ようとしない中で、こっそり視線を向けてくるとは面白い。
「こりゃ、好都合だ――」
この体でCFが使えるかは不安だが、手持ちの機体はない。
ここは、この少年に一つ相談してみるか。
――
記憶と現在がリンクし、意識が浮上する。
スポットで俺を見ていたガキは、ウィリアム・高田という名だった。
そいつのエリミネーターを借り、試しにコースへ出た。
そして今、HODO港湾地区近くの診療所で、天井を眺めている。
再び病院送りになるのに、五分もかからなかった。
市街地を模したコースで、一本目のコーナーを抜けてすぐだ。
突然、視界が潰れた。
虹色の塊が爆発する。
機体をどこかに激突させ、その後は完全にとっ散らかった。
左脚が効かず、体は投げ出され、コクピットの中で跳ね回る。
ボロ雑巾同然の俺は、担ぎ出される際に高田の名を聞いた。
デカい借りだ。
どう返すか……。
そんなことを考えていると、病室のドアが軋みながら開いた。
見知った顔がそこにいた。
「バシ、あんたね…… 何やってんのよ?」
アジエ・ジンガノ。
猫のような目が、まっすぐこちらを射抜く。
「よぉ―― オマエ、どこまで聞いてる?」
「何も知らないわよ!」
壁に拳を叩きつけて怒鳴る。
「全滅したって聞かされただけよ! それ以外は契約切れだってこれっぽっちも……」
何も言えねぇ。
「あんたねぇ、帰って来たんなら言いなさいよ! こっちの気も知らずに――」
泣かれちまうと、もうどうしようもない。
「このバカ……」
両手を握り、肩を震わせるこのおせっかいな女を見ながら、俺は困っていた。
アジエがひとしきり涙を流し、落ち着くまで、俺は沈黙するしかなかった。
ダサい話だが、昔から泣いた女は苦手だ。
どうしていいか見当もつかず、ただ固まってしまう。
女に興味がないわけでも、拒んでいるわけでもない。
むしろ好みだ。
現実の昔、まだバイクで走っていた頃――。
夜な夜な乗り回していたガキの時分は、ゆきずりなんて珍しくもなかった。
たまに、妙に長続きする相手もいた。
で、調子に乗ると、決まって事故っちまう。
あの頃にも、こうして病院の天井を眺めた記憶がある。
「……なんで? どうして降りてくれないの……?」
長続きした相手にそう泣かれた時、俺はいつも黙り込んでいた。
退院する頃には、相手はいなくなる。
呆れた奴、怒った奴、泣き続けて、やがて声が消えた奴。
自覚はある――。
卑怯な男だ。
結論を口にせず、相手が察して諦めるのを待つ。
そうやって逃げてきた。
インター・ヴァーチュアに移っても、その癖は変わらない。
とはいえ、アジエ・ジンガノと俺は、そういう関係じゃない。
いい女だとは思うが、寝たことはない。
出会いは闘神が作られた頃だ。
カルテックとの契約で、アジエはメカニックのチーフとして来た。
それから、三年ほどの付き合いになる。
第一印象が「いいカラダしてんな」だったのは否定しない。
だが、この女はとにかくキツい。
闘神は掃き溜めの集団だ。
放っておけばアウトローに落ちる連中をまとめ、ギルドの看板を付けて放し飼いにしただけの集団。
装備と暴れる場所という餌を与えられた、戦うことしか能のない駄犬の群れだ。
そんな野良犬どもの前でも、アジエ・ジンガノは一歩も引かなかった。
学者気取りだと思っていたが、この女は本物のメカニックだった。
能書きも講釈もなしに、コード・ライダーと同じ視点で話を聞き、ぶつかり合い、数値よりも音とリズムで最適解を叩き出す。
気づけば、闘神はアジエを軸にまとまりを持ち始めていた。
掃き溜めであることに変わりはないが、コード・フレームワークを通じて、無敵の戦闘集団になった。
俺とアジエの関係も、CF越しの関係だ。
いい感じになりかけたことも、なくはなかったが……。
もう一人、男がいて、女が一人。
ズルズル時間だけが過ぎて、腐れ縁。
人生、そんなもんだ。
いまさら色気も何もない。
そもそも、向こうはカタギのエリートで、こっちはただの、チンピラ。
本来は、そういう関係のはずだ――。




