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電界駆動ブレード- compression  作者: 不治痛
序章 Digital Surrender - 降る世界と委ねる者たち
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第10話 翼なき野郎ども/01 死に損ない

    【Present Day】


 ブリッジの天井から、無音の光が降っていた。


 宙空に浮かぶ大きめのディスプレイに、古びた映像が静かに映し出されている。

 ざらついた粒子と、静かなシーンにもかかわらず耳の奥にジリジリと残る感覚。

 そんな、古い映画だ。


 そこに映るのは、右手を失った男がバイクをねだる異様な場面だった。


「……おい、バイクだ。 バイク、持ってこい」


 荒い息をつきバイクに跨り、失った手の代わりに包帯で腕をアクセルにくくりつけている。

 そんな男を見つめる、目の下に深い隈を刻んだ少年は戸惑っていた。


「その体で、乗れるわけねぇだろ」


 ミラー越しに、男は若者を見る。


「止まるときは、どうすんだよ?」


 答えは返らない――。

 ただ、ニヤリと笑った。


 キックが入り、エンジンが爆音を上げる。

 男は破滅へと向かって走り出す――。


 画面の中で疾走するバイクを、柳橋は腕を組んで見ていた。

 静かに、スクリーンを睨んでいる。


 やがて、噴煙を上げる山のシルエット。

 そして歌が流れる――。

 しゃがれた声のロックが、山の稜線に重なる。


 山をバックにクレジットが流れる―― そんなエンディングだ。


 柳橋は目を細めたまま、しばし動かない。

 やがて、チィと舌打ちした後、吐き捨てるように呟いた。


「くそっ、やっぱり嫌な映画だぜ」


 柳橋は再生を止めた。

 ディスプレイがふっと消滅する。

 静寂に包まれた薄暗いブリッジで、壁に埋め込まれたニキシー管時計に目をやる。


 まだ少し、予定までは時間がある。

 ブリッジ中央に鎮座するキャプテンシートの肘掛けに手を置き、頬杖をついた。


 ふと、嫌(・)い(・)だ(・)と嘯いたあの映画の、バイクで去っていった男のことを思い返す。


 無軌道な抗争の末に仲間を失い、制裁として右手と右足のつま先をチェーンソーで切り落とされた。


 バイクに乗れなくなり、堕ちるところまで堕ちていく。


 やがて憎悪を燃やし、大量の武器を手に入れ、全ての敵を皆殺しにするための復讐を始める。


 屍の山を築き、復讐を遂げた男は、再びバイクに乗って去っていく。


 決して停まることはできない。

 満足と破滅を背負い、男は走り続ける。


 最後に映し出される、噴煙を上らせる山――。

 あれは黄泉平坂(よもつひらさか)だ。


(俺も、やつも死に損ないってやつだ)


 死に損ないは現所(うつしょ)と隠所(かくりょ)の両方に足を置いている。

 あの男は、バイクで隠所(かくりょ)へ辿り着いたのだろうか。


(さて、俺は今―― どちらに居るんだろうな)


 少し考えてから、柳橋はその問い自体が誤りだと気づいた。


(違うな……

 そもそも俺は、堕ちてる真っ最中なのか。

 それとも武器を欲しがっているのか?)


 いつものことだ。

 この映画を見るたび、思考はこうしてループする。


(そもそも俺は、何がしてぇんだろな)


 体の中心から苦々しい感情が全身へ巡る。

 同時に左脚に電流のような痺れが走り、視界をコード・ベースの干渉光のような極彩が侵食した。


(まただ、クソッタレ。

 だからこの映画は嫌いなんだ)


 それでも大きな仕事の前には、つい見てしまう。

 そして、いつも同じ問いを繰り返す。

 同じ感覚を、呼び起こす。


 我々はどこから来たのか。

 我々は何者か。

 我々はどこへ行くのか。


 死に損ないの自分は、果たしてどこで、何をしたいのだろうか。


 そして記憶は、おせっかいな女との再会へと結びついていく。

 これは柳橋が、仕事の前に自らへ課しているルーティンだ。


    【Flashback】


 担ぎ込まれた診療所の硬いパイプベッドの上で、身体の至るところが痛む――。

 こりゃ、あっちこっちが、ヤバい折れ方してるなぁ。


 ところどころ灰色の汚れが浮くシーツから、微かに動く腕を持ち上げ、腫れ上がった手を眺める。

 赤黒く膨れたそれは、まるで猫型ロボットの手みたいな塊で、指も掌も区別がつかない。


「あー、完全脱臼、粉砕骨折、ついでに関節嚢もブッ壊れてるな……」


 どうせなら骨が外に飛び出してくれた方が、さっさと治療してもらえるんだがなぁ。

 これなら放っておいても、すぐに死亡判定は出ない。


 まあ、現実でもそんなもんだが、ことインター・ヴァーチュアだとさらにおざなりだ。

 死亡じゃなくて、死亡判定だからな――。


 閾値がはっきりしてやがるから、それを超えそうになけりゃ、重症でも順番待ちだ。


 激痛で気絶できればどんなに楽か――。

 だが逆に、頭だけが冴えていく。

 ガキの頃からそうだが、こういう時、下手に頑丈な身体ってのは損だ。


 紛い物の世界のくせして、なんで「治す」ってことがゲームみたいにリセットや課金で一瞬で済まねぇんだか。


 結局、怪我すりゃ医者に担ぎ込まれて治療を受けにゃならん。

 そりゃ現実よりは遥かに早く、確実に治るんだが――。


 しかたねぇ……。

 こんな時は、他のことを考えてやり過ごすに限る。


 薄汚い診療所の天井を眺めながら、俺はここしばらくのことを思い返した。


――


 ログインした途端、地べたに無様にぶっ倒れた。

 膝から下の左脚の感覚が、まるでなかった――。


 それだけじゃない。

 目の前の景色も、万華鏡みたいな極彩色の蛍光ペンキをぶちまけたような、わけのわからん視界に支配されていた。


 頭に割れるような激痛が走り、そのまま意識を失った。


 強制排出(イジェクト)を喰らった地点からほど近い、企業都市国家(テリトリー)イースタン・メグアラーヤのターミナルでの事だ。


 実際、どれだけ現実の病院にいたのかは定かじゃない。


 とりあえず五体満足を確認して、俺は自主的に退院した。

 二人ばかりぶん殴った気もするが、家に辿り着くとすぐにログイン。

 そして秒で、インター・ヴァーチュアの病院に逆戻りだ。


 といっても、今俺が天井を見ているここじゃない。

 これは、インター・ヴァーチュアで二週間ほど前の話だ。


 意識が戻ったのは、ターミナルで倒れてから三日後。

 視界は戻ったが、左脚の感覚は戻らなかった。


 医者は強制排出によくある症状だとか、表面上は異常がないだとか、好き勝手言いやがった。

 すぐログアウトして現実の病院に行け、とも。


 めんどくさくなって、おもいっきりどついた気もするが、左脚がどうにもならない。

 震え上がった看護師から松葉杖をもらい、ここも自主的に退院した。


――


 急患だろうか?

 病室の外の廊下から、男の悲鳴と何人かが走る音に引き戻される。


 鎖骨と肋骨の上あたりにズドンと痛みが走ったが、下っ腹に力を入れて押し込めた。


 窓際に引っ掛けられたGベスト付きのバトルスーツが目に入る。

 その背中に、カラーズ(看板)は無い。


 イースタン・メグアラーヤの病院を出てから、闘神のメンバーに連絡を入れた。

 だが、誰一人として反応はない。

 繋がるチャンネルすら無かった。


 そこでようやく、看板(カラーズ)が背中から消えていることに気づいた。


 ギルドの看板は、現実に存在していたアウトロー・モーターサイクルクラブが源流だ。

 揃いのチームロゴを背中に背負う。


 現実では刺繍、インター・ヴァーチュアではデジタルテクスチャ。


 それはギルドメンバーである証であり、共有データだ。

 暗黙の了解とはいえ、そこには多くの掟がある。


 盗用なんてする命知らずはいないし、メンバー以外に貸すのも御法度。

 看板屋も、ギルドが続く限りデータを守り続ける。


 それが消える――。

 つまり、ギルドの消滅宣言だ。


 俺が現実で病院に押し込まれている間に、闘神は消えていたらしい。


 だが、あ(・)れ(・)に参加していたのは、闘神の全員じゃなかった。

 全滅していたとしても、ごく一部のはずだ。


 それに強制排出されたって、現実では死んでない奴も他にいたはずだ。


 それでも、ギルドは解散している。

 要するに―― 上(・)は(・)、用済みの判断を下したってことだ。


 ふざけやがって――。


 イライラすると、またアチコチがズキズキしてくる。

 俺はもう一度、意識を過去へと集中させた。

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