第1話 九能 悠の時間―春夏秋冬/05 アルマナック
【Present Day】
二つめの折り返しを曲がりながら、通路の黒い壁があの時、俺がビビったあのシミュレーションのワイルドコードゾーンの岸壁を思い起こさせた。
俺とは逆にライノは軽々と、壁とγの間に機体を捻りこみ、遠慮なく、キッチリと俺にショットガンを三発叩きこんだ。
当然、γは手足がバラバラになり地面に叩きつけられ、俺も回転するコクピットの中で死ぬかと思うような目にあったのだ。
その後、この模擬戦は俺をアルマナックへと引き入れるために、仕組まれたものだったことを知った。
【Flashback】
(なんでこうなった……)
俺は今、深い後悔の渦に飲み込まれていた。
いつになくズタボロになったγと高いエントリー代で、俺はオケラになった。
「悪いようにはしないって! だからお願い、1回だけでいいから、話を聞いてくれ、頼む!」
と、この後悔を作った張本人は、自分のギルドのリーダーに会ってくれと、なぜか負け犬の俺に懇願した。
それにギルドのメカニックがγの修理をしてくれると言い出したのだ。
こいつは、文無しの俺の目の前に、見事にニンジンをぶら下げてきた。
そうやって、俺は模擬戦をし掛けた時と全く同じ調子でつけ込まれた。
まんまと口車に乗せられた俺は、このCF乗りのスポットの上空にいたジクサーという名のライナーに連れ込まれたというわけだ。
手際よく壊れたγもこのライナーのクルーがCFハンガーに積みこむのを見て俺は、初めて違和感を感じた。
あまりに手際が良かったのだ。
まるでこの作業が最初から決まっていたように感じた。
そしてブリッジに通された俺はレトロでやたらゴツイ、縦に二眼の頭を持つロボットアバターのAIを後に控えさせた、このアルマナックのリーダーと対面することになった。
ブリッジのど真ん中に堂々と置かれたベンチのようなキャプテンシートに座り、足を組んでふんぞり返る男――。
ライノと同じギルドシンボルが入ったカラーズを羽織り、バトルスーツに、デニムとレザーチャプスを合わせた格好だった。
首あたりまであるウェーブがかった茶がかった髪、少しこけた頬と、シャープに尖った顎。
ライノのように分厚い体ではないが、細身の体から何やらただならぬオーラを感じた。
そして何よりも目だ、目がヤバイ。
眉の間に皺を寄せ、空いてるんだか、空いてないんだがわからない細い目……。
というよりただめちゃくちゃ目つきが悪い。
メンチを切っているとかそういうレベルではない。
空気だけでわかる、これは絶対に目を合わせてはいけないタイプの人だ。
ここでようやく、俺は仕組まれたことを確信した。
ライノは俺をここに連れて来るために模擬戦を挑んできたのだ。
自分のCFはそもそもぶっ壊れて動かない。
事実上、俺の全財産だ。
それがシレッと積み込まれてしまっている。
精神的にも、物理的にも完全に拉致されたも同然だ、逃げ場が無い。
沈黙に耐えられなくなった俺は俯いて、目を合わせないようにしながらとりあえず名乗った。
「えっ、えっと…… 九能 悠っす」
「あっ……」
顎をしゃくって出来てきた返事はそれだけだった。
えっ、何いまの?
すっごい怖いんだけど……。
連れてこられて名乗ったのに「あっ……」って、この人おかしいよ――。
そして今、諸悪の根源は俺の横で完全にそっぽ向いてすっとぼけていた。
そのデカいチャラ男の首を引っ掴み、小さな声に怒りを乗せた。
「お前さぁ…… 何なのこれ、どういうこと……? この人さ、ヤバいよね?」
「えっとね。 こちらうちのリーダー」
「ああ、知ってるよ、さっきお前から聞いた」
涙目でライノを問い詰めていると、『ドコンッ!』っと突然、強烈な金属音が響いた。
振り向くとそのリーダーの後ろに控えていた、デカいAIがブリッジの壁をぶん殴りへこませていた。
「……小僧ども、キャプテンの話を聞けや……」
えらく低く、ドスの効いたマシンボイスだった。
なぜか俺とライノは無言で直立不動になっていた。
そしてふんぞり返った姿勢のままアルマナックのリーダーは気だるげな声を発した。
「……柳橋だ、よろしくなぁ」
どうしていいかわからなくなっていた。
その時―― 再び『ドコンッ!』っと強烈な金属音が響いた。
あのAIの無機質なカメラアイが、じっーと、こちらを見つめていた。
「……よろしくお願いします……」
絞り出すように返事をした。
「おい、ライノ。で、どうだ、こいつ?」
「はい、腕はまずまずですね。 でもコーナーびびってるんで、そのへんはオイオイっすかね」
一体なんの話だ。まったく見えてこない。
「おーそうか。 んじゃ悠とかいったなおまえ」
「はい」
もう何の気力も湧かず、力なく返事をすることしかできなかった。
「おまえ、今日からアルマナックに入れや。 なぁ――」
「はぁ……?」
とっさのことに思わず反射的にそう答えて首を傾げてしまった。
ついでにアルマナックのリーダー、この柳橋という男と目を合わせてしまった。
「おい…… 嫌なのかよ、テメェ?」
鋭い眼光が俺を射抜いた。
(やっちまったぁ……)
あわてて目を逸らすがもう遅い。
柳橋の後ろのAIはこれみよがしに左拳を作り、関節からゴリゴリと音を鳴らしている。
チラリと隣のライノを見上げると奴は遠い目をしながらブリッジの向こうの空を見つめていた。
このヤロウ…… 完全にハメやがったな……。
俺はこの時、諦めという悟りを知った。
「……お世話になります、キャプテン」
まるで精気が抜けた目で挨拶すると柳橋の顔は上機嫌な様子になった。
俺はブリッジの壁に浮かぶニキシー管時計の光を、ただぼんやりと見つめるしかなかった。
【Present Day】
こうして俺は、ギルド、アルマナックの一員になった。
最後の折り返しを曲がりながら、アルマナックのカラーズを背負うことになった出来事を思い出していた。
そんな昔話を思い出しているうちに、俺は抜け道の坂を下りきった。
その先のトンネルの出口の向こうからはもうHODOのネオンの光が見えている。
よく見るとトンネルの出口に見知った顔がこちらを見つけ大きく手を振った。
ライノだった。
「オッせーよ悠!」
「悪りぃ、今日はルーティン日だったわ」
この一つ年上のこのマッチョとは、あれ以来の腐れ縁になっていた。
思えば、学校が形骸化し、CFにはまり込んでから、歳の近い友人はこいつだけだ。
こいつがいれば今日の仕事もうまくいきそうな気がする。
俺たちは連れ立って、俺たちアルマナックの母艦である、ジクサーの停泊する港湾部に向かって歩き始めた。




