第1話 九能 悠の時間―春夏秋冬/04 撃墜される側
ログインした俺は学校に指定された自室に向かっていた。
学生は申請すれば、所属テリトリーの好きな区画で部屋が借りられる。
俺の部屋は、第1セクターの工業区の外縁部にある。
学校からはかなり遠い。
良く言えばダウンタウン、悪く言えばただの倉庫地帯だ。
高校を卒業すれば自分で空間使用料を払う必要があるがそれまではインター・ヴァーチュアの生活空間は無償だ。
両親には「なんでそんなところ」と眉を顰められたが「広い場所が欲しかった」と誤魔化した。
実際、住めば都というやつだ。
好きなだけ趣味の内装にできたし、夜の眺めは最高だった。
振り返ればテリトリーの摩天楼の夜景。
前を向けば、インター・ヴァーチュアの地平線。
景観は棚ぼたというやつだ。
ここに棲家を構えた本当の目的は、この場所の真下に広がる第3セクター――正確には、HODOに最も近い場所だからだ。
テリトリーからコミュニティに行く制限はないが、直通の道はない。俺はこの場所に、HODOへ続く抜け道を見つけていた。
部屋に着いた俺は、シャッタータイプの入り口を開けカバンをベッドに放り投げる。
学生服を脱ぎ、ハンガーに吊るしたCFのライディングウェアへ着替える。
レザーパンツを履き、リングバックルのベルトを締める。
手に取るのは、ずっと愛用している厚手の肩パッドが入ったシングルタイプのレザージャケット。
今では、そのジャケットの背中にはギルド、アルマナックのネオンブルーのギルドシンボルが浮かんでいる。
じっと、その背中にあるシンボルテクスチャを見つめた。
このギルドカラーズを背負うようになって、現実ではまだ一年。
インター・ヴァーチュアでは、二年になろうとしている。
コード・フレームワーク乗り、いわゆるコード・ライダーになってからこっちでは四年くらいだ。
(どうしてこうなったかなぁ……)
俺はふと思い出す、コード・フレームワークを求めたその源の記憶を……。
【Flashback】
――気づけば、俺は小さな体で古いスクリーンの前に座っていた。
アニメの映画だった。
巨大なモニターに映る、鮮烈な映像。
白・青・赤のトリコロールカラーの機体。
機体が流れるように翻る。
四方八方から浴びせられる光の砲弾をすり抜け、一瞬で間合いを詰める。
まるで舞うような軌跡。
敵機は反応できず、次々と撃ち落とされていく。
最後の敵機を追い詰める、放たれる決定的な一撃――。
光の奔流が画面を埋め尽くし、静寂。
幼い俺は、スクリーンに釘付けになっていた。
「……すごい、かっこいい……これが、戦いなのか? 俺も、あんなふうに動けたら……」
それから、俺はスクリーンの中のそれを真似し始めた。
おもちゃの機体を動かし、身体で覚える。
あの『軌跡』を必死に再現しようとするが当然できるわけがない。
それでも何度も、何度も試した。
数年後、俺は初めて実物のコード・フレームワークを見た。
1回目のre:Virtuaエキスポで行われたラリー・ゴールドマンの伝説のプレゼンだ。
「ようこそ、メサイアの時代へ!」
巨大なホログラムスクリーンに映る最新鋭の機体、ハマー。
戦闘デモンストレーションが始まり、観客が沸き立つ。
コード・フレームワークが、秩序を守るための「力」として宣言される瞬間だった。
俺はただ、目の前の光景に圧倒されていた。
まさに子供の頃に見たあのアニメに登場したロボットそのものだった。
整然と並ぶハマーの軍列。
デモンストレーションの模擬戦も見た。
響く重低音。巨大な黒い機体が地上と空中でドッグファイトを繰り広げる。
(すごい、すごい、本物だ)
その鮮烈さに感動したが、同時に感じた。
(でも、あれは……違う)
そのとき俺は、戦場やロボットではなくあの美しい軌跡にこそ憧れたのだと気づいた。
誰もやらない動き。
誰も想定していない回避、突撃、翻り。
それを自分がやってみたい。
テリトリーでは、コード・フレームワークは軍人やブルーワーカーの乗り物だ。
アウトローやハマって乗る奴もいるが、真っ当な市民からすると異質な存在。
職業でもないのに強制排出のリスクが高い機体を危険な操縦で乗り回すのは、普通の市民には理解できない。
コード・フレームワークに乗る奴なんて、どこかおかしいって思われてる。
だが、それでも乗る奴らがいる。
俺は乗りたかった。
どうしても乗りたかった。
だがいくら憧れても、手にいれるには莫大な資金が必要だった。
個人で手にいれるのは敷居が高い。
それでも諦められない俺は、中学二年になる頃には毎日どうやってコード・フレームワークを手に入れるかだけを考えていた。
どんな機体がある?
どこに行けば手に入る?
どのくらいかかる?
自由な時間を、俺は実に有意義に――周りの人間からすれば無駄なことに――費やしたのだ。
綿密に計画を立て、高校に上がると迷わず行動を開始した。
探し当てた抜け道の最寄りに住み、授業がある時以外はコミュニティに入り浸った。
金を稼ぐためにデータサルベージを繰り返し違法な取引に足を踏み入れ、流れてくる情報をかき集めた。
そして、ついに――中古のコード・フレームワークを手に入れた。
その瞬間の記憶は鮮明だった。
「これが…… 俺の機体……」
γ。
安物の中古。
パワーなんて出ない、とにかく手に入れたくて買った機体だ。
他にも同じ価格帯なら選択肢があったがこの機体を選んだのは白・青・赤のトリコロールカラーだったからだ。
【Present Day】
HODOへ向かうため、俺はメサイア・パシフィックゲートの第三区画へと続く古い搬入通路を歩いていた。
かつては資材運搬用だったが、今では放棄され、ほとんど使われていない抜け道だ。
壁には崩れかけたホログラムの案内表示が浮かび、インフラの欠損した部分が黒く沈んでいた。
散らばるジャンクデータがかつての賑わいをかすかに物語っていた。
薄暗い坂道をくだりながら、γに乗ってしばらくのことを思い出していた。
最初はひどいモノだった。
【Flashback】
「グゥえぇぇええ!」
まるでカエルが潰れたような情けない悲鳴を上げながら、俺は高速回転するミキサー車の中に放り込まれたような衝撃と揺れの中でハンドルを握っていた。
最後にズドンと何かにぶつかった瞬間、身体が放り出されそうになり、必死でパイロットシートにしがみついた。
赤い警告灯だけが点滅している、モニターは消えて真っ黒だ。
完全にやっちまった。
やっと静かになったコクピットの中でグッタリとしていたが「はぁ〜」とため息をつき、ヨロヨロと立ち上がって緊急開閉レバーでコクピットハッチを開け、這い出るようにγの外へ出た。
強烈な光に照らされ、思わず顔を覆った。
高音質な駆動音を響かせながら、俺の頭上をCFが旋回していた。
さっきまで武器無しの賭けレースでやり合っていた相手だ。
コクピットハッチを開け、俺の様子をうかがっていた。
髭面の男がおもしろそうにこっちを見下ろしていた。
「ハハハっ――。 生きてっか」
ギロリと睨みつけた。
「おいおい、僕ちゃんよ、無理して地面に貼りついたのは自分だべ? 恨みっこなしだぜ」
くそったれ……。
そう思ったが、この男の言うとおりだ。
ミスって地面に突っ込んだのは俺だ……。
こいつのCFをパスしようと低空に捩じ込んで上昇を仕掛けようとしてオーバースピードで突っ込んだ。
無理した小僧がしくじったという典型的なパターンだ。
「まあ、ケガも無さそうだし、それだけやって満足に歩いてるんだから大したもんだ。 んじゃ毎度あり」
そういうと髭面の男はコクピットの中に引っ込み、わざとらしく一噴かしすると全開であっという間に飛び去った。
灯りを失いあたりは一気に暗くなった。
「はぁ〜」
無様に頭から地面に突き刺さったγを見て俺はもう一度深いため息をついた。
直したばかりの機体がもうぐちゃぐちゃだ。
エントリーに突っ込んだデータもパァ。
レッカー依頼、パーツ補充、修理…… 出費を考えると頭が痛い。
俺は地面にへたり込んで、天を仰いだ。
【Present Day】
なだらかなスロープ状の通路を下りながら、苦い思い出に顔をしかめた。
最初の頃はそんな有様だ。
とにかく機体に慣れようとγを飛ばしていたらどこかのギルド連中に面白半分で散々追い回され、挙句の果てに撃墜されたのが最初だった。
γを手に入れて二週間もしない頃の話だ。
一ヶ月かけて修理してからはとにかく飛ばして動かすことを目的に腕試しや情報の交換、パーツの売買などでCF乗りが集まるスポットへ出向くようになった。
模擬戦や賭けレースなんかもそんなスポットで行われる。
最初は武器無しでのレースならと甘い気持ちで望んだが、下手くそが分をわきまえなければ手痛いしっぺ返しを喰う。
オーバースピードや体当たり、蹴りで弾き飛ばされ、地面に突っ込み、崖に激突した。
壊しては直し、壊しては直しの繰り返しだった。
肝が冷える思いを何度もしたが、致命傷にまでは至らなかった。
そんな俺を何度ポンコツを壊しても懲りないガキと他のCF乗りには呆れられたが俺には関係なかった。
γを飛ばし、試し、修理してメンテして学校に登校する以外、俺はCFに注ぎ込んだ。
半年が過ぎる頃には、自滅することもなくなり武器を使った戦闘もこなすようになっていた。
γは軽量で取り回しがよく、一定のパワーバンドで加速する。
パワーバンドより低ければ失速し、越えれば伸びない。
逆にそれがわかれば操りやすいことがわかった。
それに俺は旋回やトリッキーな動きがイマイチ下手だった。
はっきり言うと、ビビってしまう。
情けない話だが危ないと思うと、無駄な躊躇や動きが入る。
そんな俺はいっそのこと相手に突っ込むことにした。
【Flashback】
蜂の羽音のような甲高い駆動音をγが発する。
加速のためにこの音を維持する。
相手が散発的にライフルを打ち込んでくる。
威嚇目的だろうが、俺はスピードを維持して大きく弧を描く。
距離をとって大きく回りこむ分にはどうってことはない。
連発の効かない武器を使った相手は全開でこっちを追ってはこない。
充分に間合いをとった俺は敵を正面に捉えると、そのまま突っ込む。
正面から飛んでくるライフルの弾道を細かく捌く。
右、上、左、下――。
決して速度を落とさない、止まらない。
両手に装備したサブマシンガンを構え、90ミリ弾を惜しみなくばら撒く。
相手の機体の足が止まる。
もう遅い、後退も離脱もさせない。
サブマシンガンを叩き込みながら突っ込む。
沈むように崩れ落ちる相手を確認しながら掠めるようにすれ違った。
減速して機体を戻す。模擬戦のルールなのでコクピットは狙っていないが、様子を見るのは一応の礼儀だ。
「なんなんだテメェ! イカれてるぞ!」
残骸になった機体から髭面の男が転がり出て叫んでいた。
よく見ればいつぞやの男だった。無事だったようだ。
相手の頭上でホバリングしながら俺はコクピットハッチを開けた。
「怪我ないよな! 悪いが恨みっこ無しだ。 毎度あり!」
ちょっと調子に乗ってみた。
俺は鼻歌まじりにアクセルを開き、気持ちよくγの音を響かせてその場を離れた。
【Present Day】
この搬入路は三つのつづら折りになっている。
かつての、気持ちの良い勝利の思い出に浸りながらやっと一本目を折り返した。
だが、いつでも勝てる…… というわけではなかった。
実際、強制排出寸前の重症も二回ほど負った。
かなり痛かったし、恐怖も味わった。それでも、降りようとは思わなかった。
そういった痛みも経験になり、かけた時間だけ上達はする。
CFに注ぎ込んだことが無駄にならなかったと実感できた時は嬉しかった。
そう…… 経緯はどうあれ、俺は生き残れるだけの技術を手に入れていた。
いつの間にか俺は「何度ポンコツを壊しても懲りないガキ」から「チキンレースを仕掛けるイカれたガキ」と呼ばれるようになっていた。
そんな感じで俺のリアルの一年、インター・ヴァーチュアの二年が過ぎていった。
俺はどこのギルドにも入らず一匹狼を続けた。
……違う、そうじゃない。
誰も俺を誘いたがらなかっただけだ。
顔見知りも増えたし、世間話ぐらいはするがアブない乗り方をするガキはどこも願い下げだったのだろう。
俺自身、好きにやっていたかったから……。
と言うよりはただ思い返せばトンガってカッコつけていただけだ。
……いやだな、羞恥心で顔が熱くなる……。
まあ、そんな忘れたい黒歴史もあり、成り行きで一人でやってた。
変に自信をつけて調子づいていた頃にこっぴどく負けた。
【Flashback】
その日、俺はいつものスポットで模擬戦を仕掛けられた。
俺より頭一つでかい、ごっつい奴が絡んできたのだ。
見かけない顔だった。
歳は俺とそう変わらないようだ。
青い目にブロンドの髪を前方に尖らせた、リーゼント風の髪型。
タッパもあり、体も分厚い。
いかにも鍛えているといったそいつはプロテクター付きのライディングスーツ、いわゆるバトルスーツを着込んでいた。
背中には、ボンヤリと光るネオンブルーのギルドシンボル。
シンボルのトップロッカーにはALMANACというギルド名が書かれている。
知らない名前のギルドだった。
意味は確か、日本でいうところの暦のことだったような気がする。
いかにもマッチョがゴテゴテしたいかついスーツを着ているのは威圧的だったが、それに反して顔はやけに人懐っこいベビーフェイスだ。
それにやけにニヤけた顔と、ウヒャヒャヒャと言うやけに耳に付く笑い方と、馴れ馴れしいペースにすっかり乗せられた。
「一つ、お願いしますよ。 ね? 一回でいいからさぁ、ちょこっとだけ。 ね、お願い!」
……いったい何のお願いをしているんだこいつは……。
めんどくさくなった俺は、「やってやるよ」と凄んで見せた。
「へっへっー、お手柔らかにー」
そう言うとやつはさっさとマッチメイカーのとこに行き段取りを始めた。
「でさ、君は何かプレイのシチュエーションご希望あり?」
「なんでもいいよ、好きにしてくれ」
わざと卑猥な言い回しを入れてくるチャラい大男に俺はぶっきらぼうに返した。
「あっそう。じゃあ遠慮なく。適当にきめちゃうわね」
模擬戦やレースバトルのエントリーはやりあう個人なり、チームなりが合意したらマッチメーカーに仕切りを頼む。
その時、対戦者はマッチメーカーにギミックを要求できる。
例えば市街戦を要求すれば擬似的な市街地を準備する。
障害物だけでなく、極端な局地でなければインター・ヴァーチュアの危険地帯の再現も可能だ。
横流しの大規模な軍用のシミュレーションで即席のコロシアムを用意するというわけだ。
こういったもろもろの準備の手数料として対戦相手同士はマッチメーカーにエントリー料金を納める。
クレジットでもデータの現物でもなんでもいい。
勝てば戻るし、負ければマッチメーカーにもってかれる。
マッチメーカーは胴元になって賭けを主催する。
勝者には賭け金の総額に応じたファイトマネーが払われる。
負ければ壊れたCF以外、何も残らない。
俺はギミックの内容は聞かずに、そこそこ高いエントリー料として手持ちの弾薬やパーツデータをマッチメーカーにデータパッド経由で引き渡すとγに乗り込み試合開始を待った。
パイロットシートに跨り、モニタと計器をチェックする。
ハンドルグリップやフットレバーの動きを確認しながら合図を待つ。
やがて、モニターに模擬戦の準備ができたことを表すオッズと、賭けの締めと試合開始までのカウントダウンが表示された。
ここで俺は初めて相手の名前とCFを確認した。
(ウィリアム・ライノ・高田……?)
ライノねぇ。通り名か?
あのガタイだ、ライノと呼ばれるのもわかるが、自称じゃないのか。
(CFは――ELM―TypeB……)
エリミネーターか。
『排除装置』の異名を持つCFだ。メサイアのハマーと同じ重装甲のCFだ。
確か、中長距離射撃の武装が特徴だったはずだ。TypeBということは突撃制圧仕様のはずだ。
(なんだ、カモじゃないか)
戦うのも見るのも初めての機体だが、装甲頼りでぶっ放してくるタイプのCFだ。
しかも制圧掃射しながら突っ込むことを目的にした仕様ときてる。
俺とγにはおあつらえ向きだ。
(ギミックは……ワイルドコードゾーン……)
……やられたと俺は舌打ちをした。
データの集積が何層にも沈殿し、絡み合い樹木のようなものを作る。
そして高層ビルの残骸のような不気味な構造の山が突き出す―― インター・ヴァーチュアのジャングルだ。
これから戦う場所は直径八キロメートル四方の至るところに隠れる場所だらけの密林ということだ。
だが勝手に決めろと言ったのはこっちだ、引き下がるわけにはいかない。
オッズは俺が4、高田が6だ。
ギミックを考えれば妥当なところだがまあ見てろだ。
オッズが締め切られ、戦闘開始のカウントダウンが進行する。
5、4、3、2、1
開始と同時に俺は戦闘空間に飛び出した。
上空に躍り出た俺は、駆動音を抑えながら左手に張り出した山を背に哨戒する。
本物のワイルドコードゾーンはデータサルベージやサンプル採取の仕事で何度か行ったが、この山はまさに廃墟化したビルそのものだし、腐ったデータでできた微かに発光する密林を見てみるとまるで森に飲み込まれた遺跡にも見える。こいつはシミュレーションだがやはり不思議な気持ちになる。
右手に警告音!
(ヤッベ!)
いきなり俺は油断していたらしい。
俺は焦らずじっくりとパワーバンドまで右ハンドルのスロットルを開けていく。
目視で確認。グレネードが四発、白い煙を引きながらこっちに迫っていた。
パワーバンドに入りγの羽音のような駆動音か響くと加速が伸び始める。
同時に左ハンドルのウェッポンスイッチを素早く叩き、右腕の90ミリマシンガンの迎撃連射のパターンを呼び出す。
俺の思考に呼応してγの腕はスナップショットで砲弾を迎撃する。
さらにシートを全身で右に倒し込み回避を試みる。
二発を撃ち落とし、残り二発は背後の山に命中した。
爆発と衝撃波を受けてγが押し出される。
歯を食いしばりヨーイングで暴れる機体を抑え付け、パワーバンドギリギリまで加速する。
軸の定まらないγに今度は真っ黒な密林から赤い光の筋を引いて、追撃の弾丸が浴びせかけられた。
グレネードは誘いだ。
障害物の無い上空に俺をひっぱりだし、機体が安定しない瞬間を狙ってきた。
本命はこいつだ。
この射速はガトリングだ。
威力はこっちの90ミリ弾が豆鉄砲に思えるほどだ。γの装甲じゃ直撃したらひとたまりもない。
「だけどなぁ、舐めんなよ! そこだ!」
ガトリングの連射はまだ続いているがなんてことはない。
ようはいつもと同じだ。
当たらなきゃいいんだ。
加速で機体が安定した。
ガトリングのおかげで相手の場所は丸わかりだ。
俺はガトリングの弾をかいくぐって高速で高度を下げ突進する。
真っ黒な枝の下で薄く発光するデータの残骸のジャングルの下にやや紫がかったグレーのエリミネーターを視界に捉え両手のマシンガンをセットした。
その瞬間、エリミネーターがこっちを向いたまま後ろにホバリングを開始する。
「逃がすか、このぉ!」
ガトリングと90ミリマシンガンの射線が交差する。
いつもの通り弾を叩きこみ続ける―― がっ、距離がつまらない。
装甲と火力頼りと相手を舐めていた、このエリミネーターは突撃制圧仕様の機体だった。
瞬時の加速が武器だということに気づかされる。
しかもやつはこっちに砲門を向け掃射したまま、不気味なデータ世界の黒い森の中をまるでスケートでもするようにゴリゴリとした太い駆動音を響かせながらバックで全開のホバリングをしていた。
弾は届いているが90ミリ弾はエリミネーターの装甲に傷をつけるだけ、牽制程度にしかなっていない。
だが俺は構わず加速を続ける。
瞬発力とテクニックには驚いたがその機体じゃいつまでも加速は引っ張れないはずだ。
と、思った瞬間に突然、エリミネーターが俺の視界から消えた。
次の瞬間、強烈な振動と不自然な機体の回転で、身体がシートから投げ出されそうになる。
モニタにはγの左足が吹っ飛んだことを示す、警告が表示されている。
「……つ!」
ケツを取られた。
エリミネーターがバックのホバリングから減速旋回したことに被弾して気づいた。
間抜けにも俺は相手を追い抜いてしまったのだ。
今度は後ろからガトリングがγを追ってくる。
被弾の衝撃で縦回転したγの機体を無理矢理引き起こして、相手の銃撃を避けるべくジャングルに潜りこむ。
左右に木々を避けながら必死に距離をとるが、思うように加速できない。
背後に敵の気配を感じる。
木々を薙ぎ倒してガトリングの掃射が襲いかかってくる。
木々が切れ、開けた場所に飛び出した。瞬間、ガトリングの掃射も止んだ。
「弾切れか!」
チャンスだ。
鬱陶しい障害物がなければ一気に加速できる。
チラリと後ろを見るとエリミネーターがガトリングを給弾バックパックごと捨てショットガンらしき武器に持ち替えているのが見えた。
よしと前を向いた瞬間、俺は目を見開いた。
「まずい!」
正面に目を向けるとジャングルの山の麓が近づいていた。
巨大な構造物の壁が迫っている。
この距離では手前でとてもターンはできない。
壁にそって旋回してエリミネーターの頭を抑えるしかない。
全身でありったけの力を込め、向かうべき方向に顔を向け、左に体を振り込んで加速しなければ。
頭ではそう分かっているのに……。
がっ、一瞬、壁を見てしまった。
(まただ)
血の気が下がる。γが壁に吸い込まれるような感覚にスロットルを戻してしまった。
ガクンと機体が減速し、壁から離れた瞬間――。
γと壁の間にグレーの巨体が滑り込んだ。
ショットガンの銃口はしっかりとγを捉えていた。




